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生きるために必要なのは何か? 俺はずっと考えていた。
「破限魔術師殿! 次は私の魔術を見て下さい!」
「おい割り込みするな! 破限魔術師殿、是非私のを!」
「魔縛教典作者殿! 是非我らにご教授を!!」
金か? 食事か? 住居か? 確かにどれも必要だけど俺が言いたいことはそうじゃない。もっと根本的なものなんだ。
「君臨せよ魔を制する番人! 契約に記されし我が名に従い無慈悲な雷を罪人に落とせ! 《ネオ・ワランティ》!」
「彼方より来たりしその力は炎。祖は力、祖は荒ぶり、その起源を我が前に具現せよ! 《ネオ・インフェクション》! 」
「喰らいつけ地獄の番犬! 鎮魂の遠吠えを鳴らし堕天せよ! 《ネオ・インセンシティブ》!」
答えは単純。きっと安らぎだと思うんだ。心に安らぎやゆとりが無ければきっと人は潰れてしまう。それを避ける為にも必要なのは心の安寧なのだ。
だから決して、今俺の目の前で展開されている光景、何処からか雷が降って来たかと思えば今度は炎が広がり最後は何か真っ黒に光る謎のワンコがそこに飛び込んでキャンキャン吠えている状況では無い。これは安らぎじゃあない。忌まわしき過去の産物だ。なら生きるために、明日を勝ち取るためににはどうすればいいのだろう?
「貴様! 私の邪魔をするのか!」
「ふん、お前の魔術を見せるなんて見苦しい! 魔縛教典作者殿に失礼だとは思わないのか!?」
「愚か者め。私の生み出した魔犬が最強だ!」
「何を!?」
「聞き捨てならんな!?」
「文句があるのか!?」
『…………』
俺の目の前で言い合っていた三人が睨み合い、そして一斉にこっちを見た。それと同時に俺も結論を出す。
『魔縛教典作者殿はどう思いますか!?』
「みんなーしねばいいのにー」
「生きるための自問自答が一気にダークサイドに堕ちたか」
背後で同じものを見ていたフェノンの一言で俺はその場に崩れ落ちた。
何て事をしてくれたんだ過去の俺。ネオ付ければ何でも許される訳じゃねえぞ過去の俺。あと地獄の番犬が鈍感ってどうなのよちゃんと意味を調べろ過去の俺。
「因みに呪文はどれも大差なく酷いな」
その一言をトドメに俺は咽び泣いた。
今一番欲しいのは自分が埋まれる深さの穴です。
「そうだ、旅に出よう」
「いきなり何だ」
異世界に飛ばされてから四日目の朝。俺は宛がわれた部屋のベッドから出るなりそう決めた。そんな俺にいつの間にか部屋に入ってきていたフェノンが首を傾げている。というか本当にいつ入ったの? 毎日気が付いたら近くにいるよね? あと俺鍵閉めたよね?
「お前が過去の自分の過ちを悔いている姿を朝一番で見たいのでやってきた」
「良い性格してますねえ!?」
俺の叫びにもフェノンは相変わらずの笑みを浮かべるばかり。何なんだこの女は。初めて会った時は凄い清純そうなメイドに見えたのに! 期待したのに! 俺の感動返せ!
「で、結局どういう意味なんだ?」
「……これ以上あいつらの相手したくない。だから逃げる」
「逃げると言っても何処にだ? 金も行先も無いままでは野垂れ死ぬか、捕まって今度こそ本気で魔術ぶち込まれて素直な良い子になってしまうかもしれんぞ?」
「なんでそう言う所ばかりシビアなんだよ……っ」
そうなのだ。逃げた所で行き場所は無いのでフェノンの言う通り。けどだからと言っていい加減毎日やってくる自称魔術師たちによる俺の黒歴史披露ショーは見ていたくない。これ以上続いたら狂う。いやマジで。
「結局旅立つしか無いじゃん……どちらにしろこのままここに居たって何も変わらないし……」
「つまり魔縛教典を取り返すという奴らの願いを聞くのか?」
「いや……」
俺は目を瞑り考える。このイカれた世界に来て早三日。その三日間で俺は地獄を見た。主に精神的に。
「思えば最初のあの時叫んで居なければもっと状況は変わったのだろうか……。というか先に気づくべきだったんだよ。よくよく思い出せば破限魔術師だの平面結界だのもあのノートに書いてた内容じゃねえか……っ」
「どちらにしろお前の黒歴史ノートが痛い事は変わらないがな」
「言うなよ! 俺だって分かってるからお願いだから言わないでぇ!」
あの時、あの魔導書(黒歴史ノート)の作者が俺と言う事が判明した途端会議室は大騒ぎになった。やれ救世主だの、魔術の王だのとそりゃもう大層に持ち上げられまくった。いや、それはまだいい。それより耐えきれなかったのはこの世界の魔術とやらを知ってからだ。
何をトチ狂ったのか、この世界の魔術とやらは俺の黒歴史ノートを元にしていると言う。つまり俺が小学性の頃から高校三年までに溜め込んだ妄想の数々が実現しているというのだ。これが悪夢以外のなんというのか。だってあれだぞ? 大昔に自分が考えた痛々しい名前と設定の技を大真面目に目の前で使われてみろ。どんな羞恥プレイだ。
お蔭であの連中、俺が作者だと知った途端目を輝かせて自分の魔術を見てくれと揃いもそろってそれを披露し始めた。その度に俺は過去の黒歴史を抉られ悶え、頭を掻き毟り遂には悟りすら開きかけた。主にダーク方面に。
そして最終的には宛がわれた部屋に籠り布団を被って震え続けた。これは夢だと。早く覚めてくれと。しかし現実は非情であり、俺を観客にした黒歴史実現ショーは三日間続いた。もはや拷問だ。
だからこそ俺は四日目の今日、覚悟した。
「フェノン、俺は決めたぞ。俺を苦しめる元凶を、つまりその魔縛教典とやらを必ず奪い返して…………今度こそ完全にこの世から消滅させる!」
「つまり証拠隠滅か。発想レベルはノートを捨てた時と変わってないぞ」
うるさいやい!
と、言う事でその旨を伝えるとアテン同盟諸国とやらのお偉いさん共は万歳しつつ、護衛部隊とやらを俺に付け盛大に送り出してくれました。因みに最終的に魔縛教典(この名で呼びたくない)を抹消する点は秘密である。
そして何故かフェノンも俺に付いて来ている。旅は道連れとは言うけれどなんだか意外だった。面倒そうな事は嫌いそうなのに。
現在馬車はゆっくりと次の街への街道を進んでいる。その前後には件の護衛部隊の馬車や歩兵が居るのだが、ここまで厳重に守られていると正直落ち着かん。
「というかずっと聞きたかったんだけど何でお前俺の事知ってんの? 俺の世界の事もなんか知ってる感じだけど」
「簡単だ。お前が召喚された際にお前の記憶を覗き同調する魔術を使ったからだ。なので今の私はお前の経歴からお前の世界の事。挙句はお前の性癖まである程度は把握している」
「プライバシーは!? ねえ俺のプライバシーは!?」
「異世界に何を期待している。所でお前が引き出しの奥底に大事にしまっていたエロ本だがコスプレ物がばかりだったな?」
「殺せーーー! いっそ殺せーーーーーー!?」
今すぐ馬車の窓から飛び出そうとする俺の服をフェノンが掴んで離さない。もうやめて! 面と向かって女に指摘されるとか悪夢以外の何物でも無いから!
「まあそう嘆くな。それに私だって見るべきでは無かったと思っている……」
どこか後悔する様なフェノンの様子にあれ? と首を傾げる。このドSで良い性格をした女でも流石に人の記憶を覗いた事を後悔してるのだろうか。いやあ、何だかんだでやっぱりそうだよなあ。けどまあ見られた恥ずかしい記憶は……山ほどあるけどお蔭で前の世界の事を話せる相手が居る事だし少し位なら、ねえ? よし、優しい俺が慰めて――
「お前の記憶を覗いて……今まで私たちが使っていた魔術がとてつもなく痛い事を理解してしまった……っ! その瞬間の私の気持ちが分かるか!? 恥ずかしすぎて死にたくなったんだぞどうしてくれる!」
「知らねえよ!? むしろそれ今の俺の状況だよ! つーか後悔ってそれの事かよ期待した俺が馬鹿だった!」
「くっ……まさか感性までお前の世界に引かれるとは予想外だった……。お蔭で魔術を使う気になれん」
だから俺にやらせたのかこの女は……。どうしよう殴りたい。
「とにかく、あの忌々しい魔導書をこの世から抹消する事は賛成だ。アレを消し去ってもっとまともな魔術継体を確立させる必要がある……!」
「お前がついてきたのはそう言う理由か」
まあいいや。何だかんだで気軽に話せる相手が居るのはいい事だ。当初は美人っぷりに気が引けていたが、最初の三日間、散々弄られたお蔭でもう慣れた。それに目的が同じ仲間が居るのはやっぱり心強い物だ。うん、そういう事にしておこう。
俺が必死に現状を受け入れようとしていると、フェノンが「そういえば」と質問してきた。
「何故お前はその服装をしているんだ? 痛々しいのは嫌なんじゃないのか?」
「う……」
そう、今の俺の恰好は中々に酷い。黒のコートは所かしこに用途不明のベルトが巻き付きシルバーアクセサリーらしきものを垂れ下げている。手には当然の如く皮の指無しグローブを嵌め挙句の果てにはサングラスだ。一昔前のRPGの主人公の様な出で立ちである。俺だって当然この恰好が中々に痛々しい事は理解している。理解しているけど、
「考えても見ろ……素面であんな呪文叫んでいられるか……っ!」
「成程、つまりあえてそういう格好をする事で逆に恥ずかしさを誤魔化していた訳か。しかしそれはお前の世界で俗に言うコスプレだろう?」
「言うな……っ!」
つまりはそういう事である。本当なら酒でも飲んでなきゃやってられない事この上無い。だが流石に戦闘中にそれはまずいと言う事でこういう格好をして『状況に酔う』事で必死に羞恥心を忘れていたのだ。俺の自尊心を全力で殺しにかかってくる世界に対してのせめての反抗である。
「こちとら必死にキャラ作って誤魔化してるんだ。だからお前も協力してくれ……。お前だって一刻も早くこの世界からアレを消し去りたいんだろ」
「……まあ、そうだな。多少は考えておく」
「多少かよ……」
はぁ、とため息をつく。なんだかどっと疲れた。次の目的地まで寝ようと思い背もたれに身を預けた、その時だった。
「うわあああああああ!?」
「ぬぉ!?」
突如外から響いた悲鳴と爆音。それに思わず飛び起きる。見れば正面のフェノンも訝しげに外へ視線を向けていた。
「な、何!? 何事!?」
「慌てるな……どうやら敵のようだ」
言うが否や、服を掴まれた。何故? と思った瞬間フェノンが馬車の扉を蹴破り俺を引っ張り馬車の外へと飛び出した。同時に背後からキンッ、と張りつめた様な音が響く。
「ぬおおおおおお!? いきなり何すんだ!?」
「騒ぐな。そして感謝しろ」
「何をぅ!? って……なんだアレ!?」
着地したフェノンに地面に放られ頭をぶつける。それを抗議しようとしたが、馬車の方を見て思わず口をあんぐりと開けてしまう。何故なら先ほどまで乗っていた馬車が―――凍りついていたからだ。まるで氷のオブジェだ。
「……ものすごい嫌な予感がするんだが」
「奇遇だな。私もだ」
嫌な予感を感じていると、凍りついた馬車が突然砕け散った。そしてその向こうから一人の男がゆっくりと歩いてくる。その姿を見て俺は戦慄した。
現れたのは青の甲冑を着こんだ10代半ば程の少年だ。銀の長髪を靡かせ、異常なまでに整った中性的な顔に笑みを浮かべている。瞳は赤と青のオッドアイ。そしてその手に持つ剣は何やらむやみやたらに装飾されており中心には宝玉が埋まっている。
「お、お前は……」
「おい、知っているのか?」
フェノンが聞いてくるが答える余裕が無い。それほどまでにその男の出会いは俺にとって衝撃的だったからだ。だって……だってあの男は……!
「貴様が噂の破限魔術師か。ようやく見つけたぞ」
少年が剣を構える。そして『はぁぁぁ』と何かを溜めこむような仕草をするとその剣を中心に青い光が渦巻いていく。あの姿にあの技、間違いない! アイツは……!
「喰らえ! 《アブソリュートイグニッションゼロッ》!」
「俺の小学生時代の妄想集大成! 法魔四天王の一人イフリル配下の魔剣七塵将ガーディス直下の破軍三鬼衆の一人にして実は七塵将すら上回ると噂される陰の魔剣使い、ゼロス!?」
「長すぎるわ馬鹿が!」
突然の出会いに動きが遅れた俺の首根っこをフェノンが掴み、すかさずゼロスが放った光から逃れた。すぐ横を通り過ぎて言った光はありとあらゆるものを凍らせていき、その光景に思わず顔が引き攣る。見れば俺達の馬車に追随していた護衛部隊も総崩れだ。というかあいつら護衛できてねえ!
「ほう、俺の技を避けるとは流石だな……」
「おい、あのキザったらしい奴もお前の妄想か」
俺を地面に降ろしたフェノンが冷たい眼差しで見下ろしてくるが……答えたくない。だってあれは……あれは……っ!
「答えろ。あれはお前の小学生時代とやらの厨二病の集大成で授業中や休み時間に密かに自由帳に書き綴った妄想と当時やったゲームや見たアニメに影響されて創り出した憧れの集大成だったりした男なんだな?」
「はいそうです! 認めますからそんな細かく言わないで!? 死にたくなってくるからっていうかお前本当に詳しいなオイ!?」
半泣きになりながら俺はフェノンに懇願した。いやもうホント勘弁してください。けどみんな小学生時代に自由帳とかに書いたよね? HPとか攻撃力とか設定して無駄に装飾した剣とか持たせて、友達にキャラ選ばせて対戦とかやったよね? よね!?