3-6
魔法少女。
その単語を聞いて俺が思うのは昔とずいぶん変わったよなあ、という事だ。
いつの日だったか、姉と一緒に見てたセーラー服の少女たちも広い目で見れば魔法少女だし、日曜朝にやってた音楽系魔女っ娘たちも同じく魔法少女と言えるだろう。少なくとも昔の俺はそれが普通だと思ってた。そして彼女たちは大なり小なり形は違えど、ファンシーというかファンタジックに技を使い敵と戦ったり奇跡を起こしていた。ところがどっこい時代は変わる。
最近ではサブミッション仕掛ける魔法少女が居たかと思えばオーバーキルが三度の飯より好きそうな白い悪魔達が活躍するSFチックなのが出てきたり首を千切られたり何か歌ってたりレズってたり。明らかに子供向けじゃねえだろお前らだけど大好きです的なのが増えてきた。最初は唖然としたけれとそれにも大分慣れてきたのは日本人の業だろう。クールジャパン!
けど、けどさ。やっぱり魔法少女の原点はあれだと思うだ。愛とか勇気とか友情とか希望とかそんな感じのアレ。最近ではそんな事いうと『ダッさいなあ』とか思われがちだけど基本はそこにあるはずなんだよ。
「フェノン! 遂にその姿になって下さいましたのね! いつ見ても美しく格好よくそれでいて可愛らしいですわ!」
愛はあった。ピュアホワイトチューリップのあの喜びようは愛ゆえだろう。それほどまでにフェノン……いや、ピュアブラックリリーの登場を望んでいたのだろう。
「ああ、やってやるさ! カズキにあそこまでやらせたのだからな!」
勇気もあった。あれほどまで嫌がっていたフェノンがピュアブラックリリーになったのは勇気の賜物だろう。その勇気に一役買えたのならうれしいと思う。これは本当だ。
「≪ホワイト・リリック! ピュアシャイニージェノサイド≫!」
「≪ブラック・リリック! ピュアシャドウキリング≫!」
ピュアホワイトチューリップが喜びながら杖をクルクルと回し何やらポーズを決めると、杖の先から眩い光が放たれ、なんだかファンシーな効果音を乗せて星形の白い光がフェノンに襲い掛かる。
それに対してフェノンがとった行動はピュアホワイトチューリップに向けた箒を下段に構える事だった。そしてその箒の先から黒い光が溢れ、何だか禍々しい雰囲気を乗せて放たれた三日月形の光が星形の光とぶつかり合い爆発した。お前ら魔法少女としてその技名はどうなんだ。
けどきっと、あの攻撃もフェノンとマリアンヌさんの生み出した過去の遺産であり、ある意味友情の証なのかもしれない。フェノンが聞いたら怒りそうだけど。
じゃあ最後の希望はどこだろう?
「……」
俺は視線をフェノン達から外す。街中でこれだけ騒いでいるのだ。当然ながら住民達が何事かと集まってきている。そして彼彼女らは騒動の中心に居る二人に驚き、何が起きているのか疑問に思い誰か聞く人を探し――――俺と目があった。
「……(にこっ)」
「ひぃっ!? 変態!?」
俺はとても友好的に挨拶したのに何故だろうか。俺と目があった人々は一斉に顔を引きつらせ、大人は目を逸らし子供は泣き叫び犬はキャンキャンと吠え何故かカラスだけは俺に集ってきていた。
「すいません、騒がしいですよね? けどもうちょっと我慢していただけると助かるんですが……」
「変態っ! 変態よ!」
「ママァァァァァァァァッ!?」
「おい誰か騎士団呼んで来い! あと聖水だ! きっとあれは悪魔に違いない!」
「吐き気が……」
「ワンッ! ワンッ!」
俺は両手で顔を覆って蹲った。そんな俺の周りではカラス達だけがまるで『なんかキラキラ光ってるし持って帰ろうぜ?』『けどコイツ重そうだしなんだか気味悪いんだけど』『こいつ食えるかな? どう思う?』的な様子で仲間同士でカーカーと鳴いていた。
だがそんな間にも魔法魔女の戦闘は続く。
「うふふふふ! 流石フェノン! わが友にしてライバルですわ! ですが!」
「くっ、無駄に成長している!?」
どうやらフェノンが押されているらしい。二人は駆け回りつつ次々に呪文らしきものを唱えて攻撃しあっているが、フェノンの表情が硬い。だが二人は動くたびにフリルやリボンが揺れて何とも可愛らしいので俺としては目の保養であり荒みそうな心を癒してくれている。年齢とかなんとかは気にしない方向で。
「フェノンと別れて数年! 研鑽に研鑽を積んだわたくしの力をご覧あれ!」
ピュアホワイトチューリップが背後に飛び、着地するとその手でまたハート形を作り出した。そして、
「第・二・形・態!」
「ま、マリアンヌ! それだけはやめろっ!?」
魔法少女に第二変身はお約束だけど本当にやるのか!? というか第二形態に対してフェノンがビビってるけど何が起きるの?
そんな俺の疑問に答えるようにピュアホワイトチューリップの姿が再度光に包まれる。光は徐々に膨らんでいきそして最初の変身の時の様に服を形作っていく。そして徐々に露わになっていくその姿に俺は戦慄した。
昔、俺は黒歴史ノートに色々と書き綴っていた。その中には設定らしい設定は無いけど『こんなネタはどうだろう?』的なネタ帳的なものも多分に含まれていた。
いつだったか戦国物を書こうと思った時がある。ちょんまげとか刀とかが活躍するそれだが日本史の成績が壊滅的だったためにすぐに諦めた。
またいつの日かは相撲を題材にしたラブコメディを書こうと思った時もある。その名も『どす恋っ』。しかし対して詳しくないのでネタに行き詰まりやっぱり途中で辞めたりもした。他にもサッカーだとか野球だとか色々な物を考えては諦めつつ自分にかける物を探していった。
そんな、そんな形にもなっていないしょうも無いネタも黒歴史ノートには記され、そしてこの世界に渡った。そしてそれを読んだ人達はどう思ったのだろう? その答えの一つがそこにあった。
「うふふふふ、これで私は……無敵!」
美しい金髪。それが無残なまでに刈り上げられその頂上には凛々しいまげがそびえ立つ。その姿はまさに魔法武士。まげの天辺には大きなリボンも忘れない。
先ほどまでの杖は姿を変え、何故かバッドになっていた。しかし何故か赤く汚れている上に何やら宝石が埋め込まれ光っているせいで、その姿は魔法ヤンキーにしか見えない。
可愛らしかったお嬢様風の衣装はその体積を増やしその姿はまるで肉達磨。背中には何の意味かは聞かなくてもわかる背番号10番。魔法世界のストライカーは己の身体を球にかえるというのか。
そして、そしてだ。何よりも目を引くのはスカートの上から回された見事な―――ふんどし。どすこい魔法は物理が命。
「これぞ魔女の真骨頂。防御と攻撃を兼ね備えたた超・ヘビーフォームですわ!」
「いやいやちょっと待て! もうちょっと自分を大事にしようか!?」
どう見ても俺の黒歴史ノートが原因なその姿に凄まじい罪悪感を感じてしまう。なにこれ? これやっぱり俺のせいなの!?
「貴方に言われたくはありませんわ! この変態っ!」
「いや、そうだけど、そうだけどさ!? 髪とかそれマジで刈りあがってんぞ!?」
「ふっ、心配は無用です」
え? そうなの? やっぱりその辺は魔法パワーで元に戻るのか。
「先ほどまでのはカツラでこっちが素ですわ」
「こいつ本気だぁぁぁ!?」
「何を叫んでおりますの? これはあなたの世界での戦装束である事は知ってましてよ? ふふ、この頭のチョンマゲ……まるでわたくしの闘志を燃え上がらせるようですわ。それにこのフンドシというのも身が引き締まる思いです。これを身に着けたわたくしはまさに無敵!」
「ごめんなさいっ、本当にごめんさない!」
おそらくこの世界に来てこれほどまでに罪悪感を感じたことは無い。それほどまでに女を捨てきった上にそれにまったく気づいていない彼女の様子に俺は全力で土下座する他なかった。
「さあいきましてよフェノン!」
「くっ!? ≪ブラック・リリック≫!」
フェノンは咄嗟に箒から砲撃を放つ。だがそれは分厚い肉達磨……じゃなくて魔法魔女の衣装にはじかれ届かない。防御力が異常に上がっているのだ。
「≪ホワイト・リリック! レジェンドオブジャパニーズ≫!」
「俺の故郷に喧嘩売っとんのかああああああああああああ!?」
ピュアホワイトチューリップのまげとふんどしが光輝き、そして振りかぶったバッドから放たれた光球がフェノンに直撃し、凄まじい大爆発に俺も巻き込まれて吹っ飛ばされた。
「きゃあ!?」
「ぬおおおおお!?」
幸いにして俺の今は重装甲故にそれほど飛ばされずに済んだ。だがそんな俺の元にフェノンが可愛い悲鳴を上げて飛ばされてきたので慌ててキャッチする。
「っ、すまない。カズキ」
「お、おう。けどどうしようアレ」
「おーほほほほほほほ! 遂に私はフェノンを超えるのですわ!」
高笑いしつつゆっくりと歩み寄ってくるピュアホワイトチューリップ。というかもうどこにチューリップの要素があるんだろうかとかいろいろツッコミどころが満載過ぎて。
そんな俺の腕の中でフェノンは呻く。
「ここまで来て、負けてしまってはやられ損だ……。私は負ける気は無いぞ」
「いやけど実際どうすんの?」
「…………」
きゅ、と俺の魔甲少将の衣装が掴まれた。驚いて見下ろすがフェノンは顔を下に向けており髪に隠れてその表情は見えない。
「カズキ、頼みがある。あいつを倒す方法はあるがそれにはお前の助けが必要だ」
「助け……?」
フェノンがこういう風に頼ってくることは珍しい。というか初めてじゃないだろうか? どこかしおらしい様子にドギマギしつつ話を促す。
「私とマリアンヌは共にこのふざけた衣装と力を研究して生み出した。つまりあいつが持っている力……変身は私にもある」
「変身って第二形態か!? じゃあそれを使えば!」
「ああ……。可能性はある。だが私は、その……第二形態の姿を他の誰にも見られたくない」
そう言ってちらりとフェノンが顔を向けた方向。そこには住民達が遠巻きにこちらを見ている。それでフェノンの言いたいことっはわかった。けどさ、
「けど誰にもって……。俺も見ちまう気がするんだが」
「いい。お前にそこまでやらせたのだ。そこまで我儘は言えない。だから――――――お前になら、良い」
顔は見えない。だが耳が紅いのはよくわかった。というかフェノンさん! その言葉は色々刺激的すぎてヤバいです。
「わかった。あのギャラリーは俺が何とかする。だからフェノン、お前は友情を果たすんだ」
「……ありがとう」
礼をいうフェノンに笑いかけつつ俺はゆっくりと立ち上がる。そしてこちらを遠巻きに眺めているギャラリー達に告げる。
「ここから離れるんだ。さもないと恐ろしい事が起きる」
これは親切心から告げた言葉だ。だが彼らはそうとらなかった。
「何を言っているんだこの変態め!」
「そうよ! こんな危ない連中放っておけないわ! もうすぐ騎士団も来るし終わりよ!」
「ワンッ! ワンッワンッ!」
「そうか……」
引く気は無いと。それが例え正義感や街の為でも今は、今だけは退場願わなければならない。だから俺はピンクと鉄が入り混じった金槌を天に掲げ、告げる。
「第・二・形・態」
「え?」
住民達が呆けた声を出す目前で、俺の身体は光に包まれ、そしてまたしても衣服が弾け飛ぶ。そう、彼女たちの第二形態の元ネタはこの魔甲少将なのだ。
「ひぃぃっ!?」
誰かの叫びが聞こえる。だが俺は構わない。あそこまでフェノンに頼られたのなら、もうどうにでもなるが良い! その想いの下、自らの姿を変化させていく。弾け飛んだ衣装は一つに固まっていきやがては新たな金槌となった。そして両手に握った金槌を俺は振り上げ、高らかに叫ぶ。
「総体重を速度に変えて、届け乙女の真なる想い」
光が晴れていく。そして露わになった俺の姿に住民達の顔が蒼くなっていく。なぜなら今の俺は、その体の肌色を多分に露出しているからだ。
見ろ、これが俺の決意の姿。
鋼鉄のスカートも可愛らしい鉄のフリルも脱ぎ捨てその魔力を新たな武器の生成に利用した。そう、どうしても頑固な相手に乙女は手段を選ばない。
そして残ったのもの。それは際どいカーブを描く鋼鉄のビキニ。そう、ビキニである。スカートすら取り去った故にちょっと人より毛深いらしい俺のすね毛が以前より一層目立つその姿。乙女は手入れを忘れると悲惨な事になるのだ。
そして胸部にも当然の様に鋼鉄のビキニアーマー。中央に添えられたリボンはそのままに妙に刺々しさとピンクを残すその姿に乙女の敵は畏怖を抱く。やはり戦いは先手必勝。
当然ながら胸は無い。だが代わりとばかりに見えるのはその少し上に薄らと見える、胸毛。乙女らしかぬそれはハヤシカズキの成長の証。第二次性徴は上も下もひっそり済ませた。
昔見た某作品。脱げば強くなるというよくわからない理論を取りいれたのがこの姿。魔甲少将はピンチの部下の為なら己の事など顧みず、速度重視で物理で殴る。そう、それこそが、
「魔甲少将クリティカルあげは。クリティカルパーセンテージアンミリテッドフォーム」
持ち上げた金槌がきらりと光る。カラス達が益々群がっていく。住民たちは次々に不調を訴え老人は気を失い子供はチビり犬は逃げ出していく!
「俺のギャランドゥを間近で見たいのは誰だ?」
獰猛な笑みを浮かべた俺の姿に住民たちは一斉に逃げ出した!
「…………」
逃げ去っていく住民たちの姿。それを眺めつつ俺は小さく息をもらした。そして自らの姿を見てうん、と頷く。
「やっぱり死ぬか」
「ちょ、ちょっと待ってくださいカズキ様!?」
渇いた笑いを浮かべていたらいつの間にか近くにやってきていたククスさんに止められた。
「放せ! 俺は、俺は!」
「確かに! 確かにカズキ様の今のお姿は正直キツイですけど! 私やフェノン様は理由を知っていますので我慢できます! というかそれよりフェノン様が!」
「え?」
ククスさんに促されるようにして振り向く。そこでは丁度フェノンが箒を天に掲げた所だった。
「第・二・形・態」
それは俺やマリアンヌさんの時と同じだった。同じように光に包まれそして姿が変わっていく。
ゴスロリな意匠を残しつつ少しずつ変化していく姿。スカートの丈が短くなり、それと同調するように袖も消えていきやがてはノースリーブとなっていく。リボンが更に大きくなり可愛らしさを増していく。ツインテールが高く跳ね、背中からまるで妖精の様に羽が伸びていく。
「お、おお」
その姿をなんと言えばいいのだろう。ただのゴスロリじゃない。どことなくアイドルチックでそれでいてウェディングドレスの様でもあり、そして妖精の様でもある。いや、実際にそうなのだろう。なぜなら最後にフェノンが持っていた箒が姿を変え、まるでブーケの様な形になったからだ。
そしてその姿を見て俺は悟った。今まで気づかなかったフェノンの秘密。普段はクールでドSっぽい彼女が隠していたこと。
「漆黒の花嫁……ウェディングフェアリーフォーム」
短くなったスカートから白くてきめ細やかな太ももを晒しつつ、フェノンが悠然と立ち上がる。その姿を見て俺は。
「フェノンさん、意外に乙女趣味っすね」
ちょっとトキメキを感じました。
女を捨てた(気づいてない)魔女vs乙女全開の魔女(二十歳)
ちょっと長引きすぎたので次回で決着