3-5
「変態、か……」
俺はその言葉を深く噛みしめていた。
風になびかぬ乙女の秘密の鉄壁。その下部から侵入する風にスースーとする下半身となびくすね毛。いや、ここはもう脛ではないから太もも毛とでもいうのだろうか?
服の各所の乙女の衣装、鋼鉄のフリルも風に揺れることなくお天道様の光を反射し自己を主張する。そう、乙女にとって戦場とは自己を主張するステージなのだから。そして首に負担を与えるレベルの乙女のファンシー帽子は血に飢えた鈍い煌めきを兼ねている。
そんな己の姿に俺は頷く。ああ、間違いない。間違いなくこれは―――変態だ。その事実に。そしてマリアンヌさんの罵倒に、俺は悲しみや怒りより先に安堵を覚えていた。
だってそうだろ? この世界の連中頭おかしいもん。もし、この格好で人の前に出て『カッコいい!』とか『素敵!』だなんて呼ばれたら今度こそ俺は狂ってそのまま魔法少将の道を突き進みシニカルクリティカルな力を持って暴れていたかもしれない。
だけどこの世界の住人であるマリアンヌさんは俺を変態といった。つまりこの世界の感性で言っても今の俺の格好は正しく変態であったわけだ。どうしよう、フェノン以外に初めてまともな指摘をされた事に俺は感動してしまっている。そう、今の俺は間違いなく感動しているのだ。変態と呼ばれて安心して感動している自分。それはもうきっと戻れない所まで来てしまった証拠でもあるのかもしれんが。
「か、カズキ……? いったい何を……?」
「またせたなフェノン。変身グッズを再現するのに少々時間がかかった。少将だけに」
「いや聞きたいのはそこじゃないんだが」
そう、俺はフェノンと別れた後に店を回り魔甲少将に変身するための道具を集めていたのだ。変身に必要なのはウーパールーパーが描かれた手のひらサイズのどピンクの金槌。それを店を回って材料を集め、そして再現した。服まで再現する必要はない。変身のキーアイテムさえあればあとはこの世界のイカれた世界観でカバーしてくれるだろうことは予想していた。そしてそれは正しかった。今も俺の手に握られるピンクと黒が入り混じった金槌にはデカデカと、手足の生えた死んだ目をした人面魚……じゃなくてウーパールーパーのベンゾウ君が描かれている。
「な、なんて格好をしているのですか!? この変態っ!」
「違う。魔甲少将クリティカルあげはだ」
「ふざけないで下さい! 破限魔術師様がそんな変態だとは思いませんだわ!」
「ふざけてなどいない!」
そう、俺はふざけてなどいない。覚悟をもって今この場でこの姿でやってきた。
「一つ言っておく。今の俺の姿を上っ面だけと思うな」
「な、なんですって? どういう意味ですの!」
その質問にふっ、と俺は笑いながら宣言した。
「スカートの下も肉体以外は魔甲少将仕様だ」
「………………本気の変態ですのねっ!?」
とってもスースーしますけど中身は見ていません。パンチラでもしようものなら死ねるから!
「こ、こんな変態がフェノンの傍に居たなんて……! 耐え難いですわ! はっ!? もしやフェノンが変身してくれないのもあなたの仕業ですわね!?」
「一応そういう事になるのか?」
まあ俺と同調したせいでこうなったわけだしなあ? そんな俺の態度にマリアンヌさんの目じりが上がっていく。
「許せませんわ! 私たちの友情を邪魔するのならたとえ破限魔術師様……いえ! 変態でも容赦しませんことよ!」
「むしろまず変態に反応しようか!?」
くそっ、やはりこいつらはレベルが高い! そんな事実に冷や汗を流す間にマリアンヌさんがお星様のステッキを俺に向けてきた。まずい! 俺も慌ててピンクの巨大金槌を向けた。
「≪ホワイト・リリック・メモリーオブホワイト≫!」
「≪クリティカル・シェル・乙女の閃き≫!」
マリアンヌさんことピュアホワイトチューリップが全身のフリルを魅せつける様に躍動感あふれる動きを交えて俺に光を放つ! だが俺はその一撃を、武器である巨大金槌から突如生えたスラスターを点火させ一気に加速することで避けることに成功した。そしてすかさずその金槌をマリアンヌさん、いや、ピュアホワイトチューリップに向ける!
「≪クリティカルパーセンテージ・EIGHTY≫!」
再び金槌のスラスターに火が灯る。それは乙女の大胆告白。気になるあの子へ気持ちを伝えるダイレクトアタック(物理)!
「≪シェルバレッドぉぉぉぉぉ≫!」
ずごん、ととてもいい音をまき散らしつつ俺の視界が加速する。だがピュアホワイトチューリップも俺に負けじと再度杖を構えている。
「その程度ですの!? ≪ジェノサイド・ホワイトスワン≫!」
ピュアホワイトチューリップの杖から再度光が放たれそれは巨大な鳥の姿へと変化した。そう、それはまさに白鳥の姿だった。何故か所々傷つき、返り血を浴び、目が荒みきってターミネーターの如く無感動であっても確かにそれは白鳥だった。…………白鳥、だよね?
そしてその白鳥が『クワァアァ!?』と雄叫びを上げて俺の一撃を受け止めた。
「このぉぉぉ! カモ目カモ科の脊索動物の分際で俺の覚悟を阻むかぁぁぁぁぁぁ!?」
『グガガガガガガァワッ!』
一瞬、その白鳥と目があった。その瞬間、俺たちは確かに言葉を交わした。
『そこをどけ。俺にはやらなければならないことがある』
『笑止! 脊椎動物には負けられぬ』
『貴様とてその一つだろうが!』
『だが某には翼がある!』
『いや某て』
「≪ホワイトスワン・バースト≫!」
ピュアホワイトチューリップが続いて叫んだ呪文。それを合図に俺と拮抗していた白鳥が、爆ぜた。
「ぬおおおおおお!?」
一気に体が炎に包まれる。そして激しい衝撃に俺は見事に吹っ飛ばされた。ずごん、と重量感あふれる音を立て地面に落ちるとごろんごろんと転がっていきやがては近くの建物の壁に叩き付けられた。痛い。
「カズキ!」
慌てたようにフェノンが傍に来てくれて俺を体を抱きかかえる。あーいい匂いが。
「……このまま膝枕を所望したいっ」
「何を言っているのだお前は!? というか大丈夫なのか!? 洒落にならない音を立てて落ちたのだぞ?」
「ああ、乙女のガードは核シェルターより硬いからな…………。ちょっとテンプルにシェーカー決まって吐きそうなだけだ」
「それは大分不味い気がするのだが」
「俺の事は気にするな……。だがやはり俺では無理だった……。どんなに姿を似せても性別の壁を越えられない俺では完全再現は不可能だった……」
「いや超えても困るだろお前」
うん。
「だがフェノン。これでわかっただろ……?」
「な、何をだ?」
疑問と不安に揺れるフェノンの瞳。俺はそんな彼女に語りかける。そもそもなぜ俺がこんな格好で現れたのか。その意味を。
「今の……今の俺を考えてみろ。もうすぐ二十になる男がピンクの鋼鉄乙女の衣装を身に纏っているんだぞ? リボンもついてるんだぞ? 服の下だってガチなんだぞ? どうだ、気持ち悪いだろ? ……はは、ほんと気持ち悪いや……ぐす……」
「な、泣くなカズキ。結局何が言いたいんだ」
ふっ、と俺は涙を流しつつも笑いフェノンの頬に手を触れる。そして伝えた。俺の示したかったこと。それは、
「下には…………下が居るんだっ」
「!?」
フェノンの瞳が、大きく見開かれた。
「もう一度よく見てみろ俺の姿をっ。それに比べれば魔法魔女がなんだっ。フリルがなんだっ。ピュアブラックリリーがなんだっ! 遥かにマシじゃないか! 俺は断言できる。今、この場において俺以下の存在など、居ない!」
「か、カズキ……お前っ」
そう。それこそが俺の伝えたかったこと。フェノンがどんなに恥ずかしがろうとも、それ以上に目も当られない存在だってこの世には居るのだ! たとえば今の俺とか! 俺とか! 俺とかっ! それに比べれば美人のフェノンの魔法魔女姿がなんだ。全然まともじゃないか。むしろ俺は見てみたい!
「ピュアホワイトチューリップを止められるのはピュアブラックリリーしか居ない。なおかつピュアホワイトチューリップとの友情もここで終わらせてはならないんだよフェノン! 友情は尊いものなんだ。だから立ち上がれフェノン! いや、ピュアブラックリリー!」
「――――――――――っ!」
頬に伸ばした俺の手を、フェノンが掴んだ。
「お前は、本当に馬鹿だな」
そしてふっ、と笑うと静かに立ち上がる。懐から指輪を取り出しそれを右手の人差し指に嵌めた。その指の持つ意味。それは現実を導く指。自らの意志で周囲を動かす意思を貫徹することを意味する。
「だが、嫌いじゃない。だから見ていてくれカズキ。お前にそこまでやってもらったのだ。ならば―――――応えなければな」
すっ、とその手を天に掲げフェノンは笑った。
「≪氷結≫」
その瞬間、掲げたフェノンの指を中心に黒い光が溢れた!
その光はピュアホワイトチューリップの時と同じように次第に花の形となっていきフェノンの身体を包み込む。そしてフェノンの衣服が消えるがやはり光が邪魔で肝心な所が見えない! 畜生地上波め!
そして変身は続いていく。やがて光は服を形どっていったのだ。膝上まで伸びるフリッフリのスカートは黒と白。上半身も同じで白と黒を基調としている。ピュアホワイトチューリップかと似ているようでどこか違う。フェノンの衣装には所々に紐や革のベルトがお洒落に着飾られておりどこかダークな雰囲気を醸し出している。そして俺にはそれに見覚えがあった。
ロリータワンピース。ブラックスクエアネック。ドローストリング。ロングスリープ。間違いない、これは!
「ゴスロリ、だと…………!?」
「氷結・完了……」
最後の仕上げとばかりにフェノンの艶やかな長髪がツインテールに変わり、黒のヘッドドレスが装着される。そしてその手には鋼鉄製の箒があり、柄には月が描かれている。そう、間違いなくフェノンの姿はゴシックロリータのあれだった!
「戦場に咲く戦慄の花」
クルクルと手元の箒を華麗に回し、そしてビシッ! と音が出そうなくらい格好よくその箒をピュアホワイトチューリップに向け、叫ぶ。
「魔法魔女ピュアブラックリリー!」
高らかに宣言したフェノン。その顔は耳まで真っ赤だか少し笑ってるようにも見えた。
フェノンさん案外ノリノリっすね。けどぶっちゃけ可愛いと思って興奮しているのは内緒です。ええ。
もう一度言おう。下には下がいるのだ