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それは突然やってきた。
「あの、お客様ですが」
「客?」
あの地獄の大会の翌日。茶を飲みつつ次の町へ向かうルートを話していた俺とフェノンだが、宿の外を警備していた兵士の言葉に顔を見合わせた。
「はい、フェノン様にと」
「私だと? いったい誰だ?」
「ええっと……マリアンヌ様というお方なのですが――」
ぱりーん、と食堂に音が響いた。
「うお!? どうしたフェノン……フェノン?」
突然ティーカップを取り落したフェノンだが、当の本人は目を大きく見開きティーカップを落としたままのその姿勢で硬直してる。なんだか珍しい光景だ。
「なん……だと……?」
カタカタ、とフェノンが震えだす。何だ? そのマリアンヌさんとやらが何か問題なのか?
そんなフェノンの様子に兵士も驚いた様だがこのままでは埒が明かないと思ったのだろう。俺に助けを求めるように視線を向けてきたので頷いてやった。
「とりあえずフェノンも知ってるようだし入れてやればいいんじゃない――」
「カズキ」
「ぬうおお!?」
がしぃっ、とフェノンが両肩をつかんで顔を寄せてきた。その顔は今まで見たことも無いほど真剣だ。
「いいかカズキ。奴は危険だ。世界中の何よりも。だから可及的速やかに私たちはここを脱出しなければならない」
「痛い痛い痛い!? 力強すぎだぞフェノン!? つーかなんだよいきなり!?」
「あのー、それで私はどうすれば……」
伝えに来た兵士が困ってるが当然だろう。だがその後ろから何やら声が聞こえた。
『こちらにいらっしゃるのね? だとしたら通らせて頂きます』
『え? ちょっと、待って下さい!?』
何やら客とやらが無理やり通ろうとして兵士がそれを止めているらしい。その声を聞くが否やフェノンの顔に焦りが濃くなっていく。
「くっ、遅かったか!?」
フェノンは凄まじい速さで身を翻すと入り口とは逆方向、つまりは裏口の方へと消えていった。
「……なんだったんだ?」
意味が分からん。だが客人の相手であるフェノンがあの様子なのでお引き取り頂くしかないだろう。そんな事を思ってい矢先、兵士の制止を振り切ったらしい客人が扉をあけ放った。
「ここですの! …………あら?」
「えーと」
現れたのは金髪の女性だ。金の長髪をくるくると巻いており、絵本でよく見た典型的なお姫様の様な髪形である。白を基調としたドレスのような服にはフリルがふんだんに使われているために尚更だ。そして顔もまた、白い肌に煌めく碧眼。高い鼻と整った顔立ち。つまりはかなりの美人さんだった。歳も俺やフェノンと同じくらいに思える。と、言っても実はフェノンの正確な年齢知らないけど。
「あー、すいません。フェノンに用事があったんですよね?」
無理やり入ってきたとはいえフェノンも知っている風だったし一応話しかけてみる。というか簡単に入られてる時点で外の兵士の意味がまるでない気がしたが、彼らが役に立たないのはもう身に染みているので気にしない。
そしてその金髪の女性のマリアンヌさんとやらはこちらの様子を見るとはあ、とため息をついた。
「ええ。その通りでしたがまた嫌われてしまったのでですね」
「また?」
はい、と意気消沈したマリアンヌさん。なんだか気の毒に思えたのでとりあえず席を進めると『ありがとうございますわ』と優雅に微笑み俺の正面に座った。
「えーと、それでだ。結局どちらさんで?」
「わたくしですか? わたくしはマリアンヌ・マジルハンド。旅の魔術師ですの」
「ま、魔術師か……」
そうかー魔術師かー。ということはこの綺麗なマリアンヌさんもあの脳ミソが沸いてるとしか思えない呪文を叫んでヒャーハーする側の人かー。
「どうしましたの? 陸に打ち上げられてもう海に戻れない瀕死の魚の様な目で外を見つめて」
「そこには触れないでください」
とりあえず嫌なことはシャットアウトしつつマリアンヌさんの様子を見る。彼女はきょとん、とした顔で首を傾げているが、その様子もどこか優雅さを兼ね備えていて絵になるなあ、と思わずうなずいてしまった。しかしどこか危険なんだろうか? フェノンはすごいビビってたけど。
「それでフェノンとはどういったご関係で?」
「ふふふ、その聞き方ですとまるでフェノンの親か恋人の様ですわよ?」
「え、マジで!? そうだと嬉しいなぁ、とか思ったりするけど俺は生憎違うんだが」
「ええ、知っておりますわ。破限魔術師様、ですわよね?」
あれ? なんで知ってんの?
「不思議そうな顔をしていますわね。一部では有名ですわよ? 魔女フェノンと共に魔縛教典奪還の為に旅をされている破限魔術師様のお話。それに昨日ミルキ祭りに出ていらっしゃったでしょう? その時の様子と裏の噂で聞いた身体的特徴からあなたが破限魔術師様だとわかったのですわ」
ああ、なるほど。一般人には気づかれなかった所からするに、なんかアングラ的な情報網があるらしい。
「因みにその身体的特徴って?」
「黒髪黒目。特徴が無いようであるようであり、やっぱり特にない顔立ち」
「よくそれでわかったね!?」
「後は体中から溢れる周囲を圧倒するオーラでしょうか」
「んなもん垂れ流した覚えありませんけどね!? というか昨日一般客全然気づいてない時点でそれおかしいだろ!」
「ふふ、わかる人にはわかるのですよ」
なぜだろうか。『馬鹿には見える服』という言葉が頭に浮かんだ。
「と、とりあえずだ。結局フェノンとの関係は?」
「お友達ですわ」
あれ? てっきり宿命のライバルとかでも言われるかと思っていたら思いのほか普通だった。
「フェノンとは幼い頃からお友達でして、いつも一緒に遊んでいたのです」
「へえ~、あいつが無邪気に遊ぶ姿なんて思い浮かばないな……」
「ええ、いつも無邪気に農作物を荒らす魔物を狩っては下僕にし、駆逐しては金に換えては大人たちより稼ぎ、悠々自適に過ごしておりましたわ」
「……無邪気と狂気って紙一重だよね」
そんな子供嫌すぎる。
「そして私たちは共に魔術を学び、競い合い、そして研究を重ねて参りましたの。ですが……」
マリアンヌさんの顔が曇った。
「いつしか、私とフェノンの実力には明確な差がついていったのですわ。私は必死に追いかけましたが、フェノンは常に先に行ってしまう。その内、もしこのまま置いてかれたら、私とフェノンの友人関係もなくなってしまうのではと、私はそんな思いに捕らわれました」
「そういうものなの?」
その辺りの感覚は人それぞれだしなあ。
「そこで私は一度フェノンとは別れ、自身をより今まで以上に鍛えることにしたのです!」
「おお!」
なんか盛り上がってきた!
「町から町へ渡り歩いては犯罪者を見つけ出し、潰し、折り、捻り、吊るし、打ち捨てては別の犯罪者を探す! そんな生活を続け己を磨いていったのです!」
「どこのグラップラーだ貴様」
「そして! 私はついに更なる高みに辿り着きました! なのでフェノンに手紙を出したのですが一向に返事がなく……」
ん、雲行きが怪しくなってきたな。
「直接会いに行っても何故か会わせて貰えず。そんな事をしている内に気が付けばフェノンが旅に出たというではありませんか! なので慌てて追ってきたのです」
「ふうん……ん?」
追ってきた? って事はマリアンヌさんが出発したのもつい最近って事だよな?
「因みにフェノンに手紙出したのっていつくらい?」
「丁度ひと月程前ですわ」
「…………」
それって俺がこの世界に来た位じゃね? つまりフェノンは俺の相手で忙しくて会えなかった? いやだけどさっきはフェノンから逃げてたよな? どういう事だ?
けど一つ分かったのはマリアンヌさんがフェノンに会いたがっているということだ。しかしまだこの人が本当にフェノンの友人だと証明できた訳でもないしなー。
「失礼だとは思うけどさ、なんか証拠みたいのある? フェノンの友人だって言う」
「証拠……。これなんてどうでしょうか?」
そういって差し出されたのは変な水晶だ。何? 占いでもやるの? 俺水瓶座だけどこの世界で通じる?
「これは写見晶ですわ。ここに残しておきたい風景を保存できますの」
「な、なんて都合のいい道具が…………ってそれも俺が作ったやつか畜生っ」
釈然としないが今はいい。なんだかもう状況に慣れつつある。
それよりもその証拠とやらを――――
「マリアンヌゥゥゥゥゥ!」
「へ?」
まるで地の底から響くような声と共に俺の目の前に光が走り、そしてマリアンヌさんが持っていた写見晶にナイフが突き刺さった。危ねえ!?
「フェノン! 会いたかったですわ!」
「……くっ、私としたことが。一人で逃げてもカズキを連れていなければ意味がないことを忘れていた……っ!」
ぜえはあ、と息を切らしながら裏口からフェノンが現れた。
「フェノン!? ずいぶんとお前のキャラとかけ離れた行動が目立つけど色々大丈夫か!?」
「静かにしていろカズキ……。こうなったからには何としてでもマリアンヌには帰って貰わねばならない」
いやだからなんでそんな喧嘩腰なの? どうも敵って感じではないけどフェノンは明らかにマリアンヌさんを警戒してるし。
「ふふ、フェノンわかっていますわ……」
そしてマリアンヌさんも全てを悟ったかのように優雅に立ち上がった。
「そんなツンツンしたこと言っても本当は優しいフェノンだもの。私との再会にちょっとフィーバーしてるだけですわよね? だからさっきのナイフの事は気にしませんわ」
「ちっ、相変わらずハッピー思考な奴め……!」
フェノンさーん、いつものクール系のキャラはどこに行ったのフェノンさーん?
「ふふ、フェノンのいけず。つまりはこういう事ですわね? 望むなら、勝ち取れと!」
「おいどこの中ボスのセリフだそれ!」
「マリアンヌッ!? やめろっ!?」
俺のツッコミとフェノンの悲鳴。それを無視してマリアンヌさんはその白い手を翳し、そして叫んだ!
「≪焼結≫!」
「へ?」
次の瞬間、マリアンヌさんの体が白い炎に包まれた!
その炎はまるで花の様に開いていくとマリアンヌさんの身を包んでいく。そしてそれに応じるようにマリアンヌさんの来ていた服が――――消えた。
「こ、このパターンは!?」
今、俺は感動してる。今確かに俺の目の前で相当な美人さんが全裸になっているのだ! だがくそっ! 微妙に白い光が射していて肝心な所が見えない! おのれ地上波め!
「ぁ、ぁぁっぁあ!?」
何やらフェノンが頭を抱えて呻いている。どうしたフェノン。頭痛か? この世界にもバファ○ンある?
そしてそんな間にもマリアンヌさんの変化、いや、変身は続く。渦巻く炎は次第に新たな服の形となっていく。膝下まで伸びる純白のスカートには花の模様が描かれ、先ほどにもましてフリルが追加されている。上半身はまるでどこかの制服の様にオシャレなジャケットを羽織り、そこにももちろんフリル全開。胸元にはチューリップらしき形の黄色いリボンがついている。
「焼結・完了……」
最後にぱああっ、と白い炎の花が散っていくと片手にピンク色のファンシーな杖(先端には当然お星さま)を手にしたマリアンヌさんの姿があった。
「ま、魔法少女だと!? まさかそれは………………あれ? それ、なんだ?」
いやね? てっきり毎度おなじみ俺への精神攻撃の如く黒歴史ノート由来の何かかと思ったんだ。けど何か違う。俺がノートに書いていたのは、あんなフリル全開の魔法少女じゃない。鋼の魂と肉体をもった少女がライバルたちを一撃滅殺の物理で倒しては出世していく『魔甲少将クリティカルあげは』の筈だ。あ、思い出したら死にたくなってきた。
「これぞ私達の研究の成果……。戦場に咲く博愛の花! 魔法魔女ピュアホワイトチューリップですわ!」
「うわあ」
びしぃぃ、とポーズを決めるマリアンヌさん改め、ピュアホワイトチューリップさん。引くわーマジ引くわー。他人事だから素直に引けるわー。あの歳でピュアホワイトって。しかもチューリップってマジ引くわー。しかもなんだよ魔法魔女って。頭が頭痛とかそんな感じの頭の悪さを感じる。
俺はこみ上げる笑いともなんとも言えぬ感情に顔を引きつらせつつフェノンのほうを見る。あいつもさぞかし引いて、いつものようにキツイ一言を浴びせる事だろう。
「おいフェノン。お前の友達が色々残念な事に…………フェノン?」
あれ? フェノンが頭を抱えて蹲って震えている。もうキャラじゃないとかそういうレベルじゃなくて明らかにおかしい。
「ぁ、ぁぁぁ、ぁぁぁぁぁ」
「お、おいフェノン。ほんとどうしたんだ、よ……?」
ちょっと待て。よく思い出せ。さっきピュアホワイトチューリップさんは何て言った? 『私達の研究の成果』って言ってたような……?
「あの、フェノンさん? つかぬ事をお伺いしますがもしかして……」
え……まさか? いくらなんでもフェノンがそれは……ねえ?
そんな俺の疑問。その答えはすぐに知れた。
「さあフェノン! わたくしの成長した姿を見るためにも貴女も準備してくださいませ! 貴女の真の姿へと!」
「やめろ……それ以上、何も言うな…………」
フェノンの震えが増していく。俺の懸念も増していく中、ピュアホワイトチューリップさんが、そのファンシーな杖をびしっ、と突き付け高らかに叫んだ。
「さあ、行きますわよフェノン、いいえ……戦場に咲く戦慄の花、ピュアブラックリリー!!」
「嫌ぁぁぁぁぁっぁあぁっぁぁぁっぁぁぁっぁ!?」
遂にフェノンが今まで一度も聞いたこと無いような悲鳴を上げた。
「おおおおい!? フェノン! しっかりしろフェノン!? それは俺の役目だろ!? そこは俺のポジションだろ!? だからしっかりするんだフェノン!」
「か、カズキ…………」
俺は完全に崩れ落ちたフェノンを慌てて支えつつ必死に肩をゆする。フェノンは虚ろな瞳で俺に手を伸ばし、
「セーラー服美少女戦士って……自分で名乗る度胸を私は賞賛していた……」
「しっかりしろ!? 現実に戻ってこいフェノン!? 今はそういう話じゃない!」
拝啓、おとうさん、おかあさん。
俺の相棒が元魔法少女ピュアブラックリリーでした。
純粋な黒ってどういう意味なのか僕には深すぎてわかりません。
蒸着じゃないからセーフ