2-7
俺は今、天国と地獄と言う言葉をその身に味わっていた。
「ほうら、カズキ。次はこの肉だ。どうだ? 食べたかろう? ならば服従したの印に懇願しながら口を開けるがいい」
「こ、この女……っ!」
あの悪夢のような世界から脱出後、俺達は一度街で休息を取る事にした。他の連中も解放されており、捕らわれていた市民や兵士達もいつもの生活に戻っている。但し、一定時間の記憶が無い事と、一部の兵士が何故か黒焦げになっていた事に首を傾げる者も居たが俺とフェノンは何も知らない振りをした。
そして怪我をした俺とフェノンはその治療をして、疲れをとる為にも食事と休養を取ろうと言う事で街の宿を借りたのだが……
「どうしたカズキ? その腕では物ももてまい。だからこの私が食べさせてやっているのだ。ありがたく思え。だから口を開けろ。こう、餌を求め尻尾を振る飼い犬の様に」
「フェノン、一つ言いたいんだけどな……何で俺の腕をちゃんと治療しないんだよ!?」
そう、そこなのだ。フェノンは自分の怪我はあっさりと治した癖に俺の怪我は完全に治してくれなかったのだ。故に痛みは無いけどまともに動かす事が出来ない。なにこれ虐め?
「お前の腕を下手に直すとまたあの怪しげな銃をブチかましかねないからな。しばらく反省しろ」
「反省ってあの時は仕方なかったじゃん! 俺頑張ったじゃん!?」
「ああ、頑張ったな。だからその褒美に、腕がまともに動かせないお前に私が直々に食べさせてやっているんだ。有難く思え」
「何でお前の方が偉そうなの!? あと次はその魚下さい!」
「文句言いつつ飼いならされるぞお前」
いやだってお腹は空いてるんだもん。それに美女に俗に言う『あーん』をさせてもらっていると思えばある意味天国なのかもしれない。
「この魚か? どれ、ではまた口を開けろ。いずれ喰われる事を知らずにピーピーと無く鴨の様に無様になぁ?」
「だから何でいちいちそういう事言うかなぁ!?」
訂正、こいつはやっぱり悪魔だ。食べさせてもらう度に自分がどんどん屈服させられている気がしてなら無い! けど口は開ける!
「っむぐ……。やっぱ美味いなここの料理。けどいい加減マジで治して欲しんだけど。嬉しさ半分、恥ずかしさマックスで色々俺の精神がアレな感じになる前に」
「そこまで言うなら自分で治したらどうだ?」
フェノンは適当に料理をつつきつつ自分も食べている。勿論俺に食べさせたフォークとは別のフォークでだ。ちっ。
「いや、俺ぶっちゃけ回復魔術ってあんま覚えてないんだよなあ」
「成程。覚えているのは痛い攻撃魔術とか恥ずかしい攻撃魔術とか正気とは思えない設定ばかりか」
「言うな……っ!?」
「泣くな。泣くとお前の額で爛々と怪しげに輝く第三の眼から炎が漏れて敵わん」
「言うなぁぁっぁぁぁぁあ!?」
腕が封じられているのだから当然ながら第三の眼とか腕に書き込んだ雰囲気紋様も消せない。もうやだ部屋に引きこもりたい。だって俺の姿を見る度に街の人達は『あ、あれは……なんて禍々しい光!?』とか『あれが伝説の……』とか呟いてるし! 兵士に至っては『遂に邪炎王が!?』とか『俺達に出来る事は……』とかなんかトリップしてるし!
「あの、フェノン? マジでいつになったら治してくれんの?」
「そうだなあ、それは―――」
「はっ!? ちょっと待てよ……? 動かない間俺の世話をフェノンがしてくれると言う事はつまり風呂なんかも……!? よしフェノン! 俺はこのままでもいいぞぉ!」
「そうか。因みにこれから私は出かける用事があるから後の事は兵士の中から選び抜いた屈強で汗臭い男達に任せるとしよう。きっとやつらも喜ぶ」
「ごめんなさい冗談ですからマジで許してください!?」
恐ろしすぎるその提案に俺はマジ泣きして懇願しながら立ち上がった。が、
「うおっ!?」
「馬鹿!」
テーブルに手をつこうとしたが力が入らないのだ。結果。すぐに支えをなくしてしまい、その勢いのまま倒れてしまう。フェノンがあわてて立ち上がり俺を支えようとするが、一歩遅かった。
「うおおおお!?」
「痛っ」
フェノンに覆いかぶさるように倒れ込んでしまった。
「痛……うわっ、すまんフェノン! すぐに退くか…………ら?」
「…………おい」
フェノンを下敷きに倒れ込んだ俺たち。そして自由の利かない俺の手は横たわるように倒れたフェノンのある部分、尻の上にあった。
「こ、これは伝説のラッキースケベ!? とらぶってもらぶひなってもないのにこんな事が許されていいのか!?」
というかこの感触。どこかで覚えがあるような。そう、確か《魅幻陣》に取り込まれたときに最初―――
「あと3秒以内に立ち上がらなければ、お前の世話はゲイ士たちに任せるぞ」
「ごめんなさい今すぐに!」
恐ろしいフェノンの提案に俺は全身全霊を持って体を動かし立ち上がった。フェノンはそんな俺をしり目に『ふん』と顔をそらしつつ埃を払っている。うーむ、悪いことをした。
「フェノン様」
「ん?」
「……誰?」
そこで突然の新たな声。振り向いたらいつの間にか食堂に少女が立っていた。フェノンに良く似た法衣を来たその少女のお辞儀に俺も一応頭を下げつつ聞いてみる。
「私の部下……弟子みたいなものだ。それでククス、見つけたのか?」
「はい」
少女が頷くとフェノンは立ち上がる。
「そういう訳だ。少し出てくる。行くぞ、ククス」
「はい」
「え? ちょっと待って、俺まだ飯食い終わって無いんだけど? というか風呂は!? あと便所とかは!? まさか本当に屈強なゲイ士達が来るの!? ねえ教えてくれフェノン! そこは凄い重要なんだけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
俺の叫びに対し、食堂を出て行くフェノンは少し振り返り、
「ふっ」
と小さく笑って去っていった。
え? マジなの? 俺の後ろの貞操の危機?
「フェノン様、良かったんですか? 破限魔術師様……カズキ様ガチでビビってましたけど」
「ちょっとした冗談だ。帰ったらすぐに治してやるさ。その為のこれだからな」
「そうなんですけどねー」
私たちは今街の外に出ている。少し小高い丘の頂上に立ち、眼下には森が見える。そして背後が街だ。
「あいつの事だ。下手に治すと直ぐに忘れて本気でまたあの銃を使いかねないからな。敵もまだ一人残っているし後はこちらの仕事だろう」
「それをちゃんと説明してあげればいいじゃないですか」
「弄るのは楽しいからな」
「うわあ」
ククスがビビっているがそれは無視だ。
実際、カズキは頑張った。怪我を承知の上で、そして私が怪我をしている事に怒ってあそこまでしてくれた事は素直に嬉しく思う。だからこそ、後始末は私がやるべきだろう。
「また怪我でもされたら敵わん。だからこそだ」
「そんな事いってまた無茶しないか心配なんですねー? やっぱり素直じゃないですねえ。さっきの事だってそれほど怒ってないくせに。けどそんなフェノン様も可愛い~」
「…………おや? こんな所に鞭と蝋燭が」
「何であるんですか!?」
黙れ、成長しない奴め。ビビって縮こまっているククスをどうしてやろうかと考えていると、前方の森で何かが動いた。ようやく来たか。
「はあ、はあ、っ……!? だ、誰だ!?」
その動きの正体は人間だ。30代半ば程のローブを着た男が息を切らして飛び出してきた。だが前方に居るこちらの姿に気づいたのか顔を強張らせた。
「ま、まさか魔女!? 何故ここに!?」
「知る必要はない。それで貴様が最後の全裸か」
「フェノン様、全裸じゃくて法魔四天王シルフェル配下の魔盾七塵将カビル直下の幻魔三魔人の一人ですよ」
「知らん、全裸で十分だ」
ククスの言葉を無視して私は一歩進むと最後の全裸が後ずさった。
「あの《魅幻陣》だったか? 術者が二人倒れると維持は出来なかった様だな。そして不利を悟って逃げたか。だが逃がしはしない」
「くっ……」
最後の全裸が悔しげに歯噛みする。ふん、良い光景だ。
「お前の仲間はもう捕らえた。後はお前だけだな。また奇妙な空間をつくられてカズキがフィーバーしては困るのでな、とっとと跪いて泣いて許しを請え。そうしたら多少は穏便になるかもなあ?」
「ふ、ふざけるなよ魔女! 例え一人になろうとも私は諦めな―――ひっ!?」
「そうか安心した」
言うが否や、全裸の足下に弓矢が突き刺さった。そして全裸を囲うようにゆらり、と黒の法衣を来た部下達が現れる。その光景に全裸の顔が青くなっていく。
「こ、こいつらは!?」
「フェノン様の部下ですよー。まあ元は魔女の称号を狙って決闘挑んだら返り討ちにされて3日ほど吊るされて改心したり、魔女暗殺を目論んだらやっぱり返り討ちにされて水責めかまされて素直な良い子になった人達とかですけどねー」
ククスが楽しそうに語っているが一部の部下達が何故か顔を青くしている。ああ、本当に何故だろうなあ?
「そういう事だ。それにしても安心したぞ全裸。お前が素直に言う事を聞いたらどうしようかと思っていたからな。だが反抗してくれたおかげで心置きなくミンチに出来る」
「ま、まって……!」
笑いながら手を上げると、全裸が慌てて何かを言おうとした。だが無視だ無視。ああ、だけど一つだけ言いたいことがあった。
「一つだけ褒めてやる。お前らの創り出した世界。内容はともかく造形だけは良い物だった」
私は知っている。あの世界に来た当初、カズキがどこか懐かしげに頬を緩ませていたのを。少しだけ安寧を感じていた事を。それだけは褒めてやってもいいだろう。強制的に孤独にさせられた少年の心を少しでも癒してくれたのだから。だけど、
「私達に喧嘩を売った事は許さん。アイツに害なす事もな。だから存分に味わえ」
そして私は手を振り下ろした。それが合図となって部下達が一斉に全裸に襲い掛かった。
「あああああああああああああああああ!?」
全裸が悲鳴を上げるがもはや興味は無い。それよりも目的は達した事だしそろそろカズキを治してやらねば。
「フェノン様、フェノン様! 私も行っていいですか!?」
「好きにしろ」
「わーい、この釘バッドって武器試してみたかったんですよ!」
適当に答えてやると楽しげに武器を語るククスを無視して私は宿に帰る事にした。
「消えないな…………」
手鏡を覗いて俺はため息をついた。そんな鏡には未だ消えぬ俺の額の第三の眼が爛々と光っている姿が映っている。
あれから一夜経って、俺達はまた移動を開始した。例の如く馬車の中であり、その周囲を兵士達が護衛している。と言ってもこいつ等本当に役に立たないけど。
因みに腕はフェノンが昨日の内に治してくれた。出かけた時はガチで貞操の危機では無いかとガクブルしていたが、フェノンは戻ってきたらすぐに治してくれた。『もう用事はすんだから』とか言っていたけど何のこっちゃい?
「あれだけしっかり書き込んだんだ。そう簡単に消える訳無いだろう」
「知ってるよ! 知ってたけど……けどなんとかしたじゃない!」
俺の正面でフェノンは相変わらず面白そうに笑いつつこちらを見ている。くそっ、怒ってやりたいけど組んだ足の奥でみえそうで見えないアレとか微妙に前かがみになってるせいで胸部のソレがアレで調子が出ない! 自分でも何言ってるのかわからなくなってきたし。
「とにかく地道に消していくしかないか……そういや幻魔三魔人の最後の一人、捕まったんだって?」
「ああ、今朝方に街の外の木に全裸で落書きされた状態で吊るされて瀕死状態だったのを発見された。野生の魔物にでも襲われたのだろうな。外は怖いなあ?」
こ、この世界の魔物ってそこまでやるの……? どうしよう、今度から一人でトイレに行けなくなってしまう。
「ま、まあこれで敵は倒した訳だし心置きなく移動できるよな。それに俺やフェノンの傷も治った事だし!」
「そうだな。油性ペンの成果は消えないけどな」
「言うなあああああああああ!?」
「そう泣くな。頑張れよ、闇夜に紛れる邪炎の執行人」
「だから言うなって言ってんだろうがああああああああああああああああああああああ!?」
いつも通りと言えば何時ものやり取りだ。だけどだからって何時までも俺が何もしないと思うなよ!? 意地があるのですよオトコノコにも!
「よーし、フェノンそこを動くな。今度こそ俺の力を見せて……あれ?」
「む」
二人同時に首を傾げる。何故なら馬車が突然止まったからだ。
なんだろう、毎回このパターンだけどそうなると嫌な予感しかしないんだけど。しかしそれにしては周りが静かだ。
「なんだ一体?」
「出てみればわかるだろう」
と、言う事で扉を開けて馬車から降りてみる。やはり馬車を始めとして、兵士達も足を止め厳しい眼で前方を睨んでいる。その視線の先を追っていき、そして俺は顔を盛大に引き攣らせた。
そこに居たのは剣や槍を構えた男達。それはいい。いや、あんま良くないけどまだいいのだ。恐らく山賊か何かだろう。それも別にいい。いいんだけどさ、何でみんなハチマキしてるの? ぼく、とってもいやなよかんがするや。
「そこの馬車、金目のものを今すぐに出しな」
「兵士が居ようと関係ないぜ? 俺達に敵う訳がないからな」
「そうだ、何故ならば―――!」
ばっ! と山賊たちが一斉にハチマキを取った。放り捨てられたハチマキがひらひらと舞っていく中、山賊たちが笑みを浮かべる。そしてその額には!
「俺達には第三の眼があるからなあ!」
「ふははははは! 邪炎王の力、思い知れ!」
「力が……力がみなぎってきた!」
ギラギラ光って黒い炎を撒き散らす第三の眼がしっかりと書き込まれていた!
「何でだあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「ふむ……。恐らくカズキの姿を街で見て真似したのでは無いか?」
フェノンが冷静に答えてくれたけどそういう意味じゃくて!
「ご安心ください、破限魔術師殿」
頭を抱える俺の前にいつかの三人の兵士が立ちはだかった。そして柔らかい笑みを浮かべる。
「前回は負けてしまいましたが今回はそうはいきません」
「そうです。今度こそ私達が力になる番です」
「こんどこそカズキ殿を苦しみから救って見せます!」
「お、お前達…………!」
涙目で見上げる俺の顔に、兵士達が頷く。ああ、やっぱりこいつら良い奴だ……。こんな俺を慰めてくれるなんて――――
『そう、この新たなる力、邪炎の力で!』
「待てコラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
兵士達が一斉に兜を脱ぎ捨てる! すると全員の額に黒くギラギラ光る第三の眼が書き込まれていた!
「行くぞ皆の衆! 眼には眼を! 邪炎には邪炎を! カズキ殿より受け継がれしこの力の力を見せてやれ!」
『うおおおおおおおおおおおおおお!』
掛け声と共に兵士達が黒い炎を纏って突撃していく。兵士の背中から邪炎の翼が生まれ空を羽ばたいたかと思えば、別の兵士は邪炎を剣の形にして振り回している。山賊は何やら黒い炎の竜を解き放ち、兵士は負けずと黒い獅子を生み出す。そんな光景を俺はもうそれを呆然と見ているしかなかった。
何で? 何でこうなっちゃったの? というかあいつらある意味俺以上に使いこなしてね? 羞恥心? 羞恥心がやっぱ鍵なの? 何なのこれ? どこの小学生だよどこの学級崩壊だよ誰か先生呼んで来て!? 先生、男子がふざけて帰りの会が出来ません!
「邪炎王、獅子召喚!」
「何のっ、邪炎獄縛煉獄衝撃罰刑殺!」
「ふははははは! 邪炎の力を――」
『舐めるなよ!』
「流行ってしまったな」
「ふぇ、フェノン」
呆然としている俺の肩にフェノンが優しく手を置いた。それに縋る様に眼を合わせた俺にフェノンは優しい笑顔を浮かべた。
「おめでとう、トレンドリーダーはお前だ」
「嬉しくない! ちっっっっっとも嬉しくない!」
その言葉をトドメに、俺は顔を覆ってその場に崩れ落ちるのだった。
第一章 導入編
第二章 学園テロリスト編
第三章 遂に彼女の過去が……
そんな予定です。学園テロリストとか言っておいてあんまテロれなかったですね。うーむ