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8.二回戦『異世界編』 完全試合


 二回戦の相手、それは獰猛な虎に見えた。

 しかし、厳密には虎に似た何かだ。


 間違いなく、地球に存在しない種だろう。


 子供の頃に見た動物番組で、世界で一番大きな虎を見たことはあるが、その二倍以上の体躯はある。もはや、虎とは呼べない化け物だ。目が六つあって、尾が二本あるので、化け物と呼ぶことにする。


 体重60キロほどの人間では、絶対に勝てない存在。それを一目で理解する。


 理解した次の瞬間、俺は逃げるために走った。


 周囲の情報を拾いながら、敵から距離を取ろうとする。

 ディノの宣言通り、ステージは俺の家のすぐ傍だ。


 とにかく、家の中に避難しようと走る。


 当然、突如現れた餌を見て、化け物は追いかけてくる。


 恐ろしい加速。およそ、人間では再現できない『速さアジリティ』。『魂の金貨ライフ』によって得たスピードかと思って、すぐに思いなおす。野生の動物ならば、このくらいのスピードが当たり前だ。


「――っ!」


 それに対し、俺は冷静だった。


 一週間かけて作り上げた心構えは、別の意味で俺を落ち着かせていた。

 俺の持つ『悪いところ』が、身体を的確に動かす。


 ゆえに、俺は迷いなく戦うことが出来た。


 極めて冷静に照準を合わせる。そして、手に持ったナイフを乱れなく放る。

 そして、『狙いエイムレベルⅠ』の発動条件が満たされる。


 俺が取った距離から化け物が詰めた距離を引く、――十メートルもあるはずがなかった。


 放られたナイフは吸い込まれるように、化け物の目の一つに刺さる。


 多くの運が重なった結果だった。これが逃げる相手だったならば、絶対に当たらない。しかし、直線上であったこと、そして、化け物も最短距離を走っていたことが成功率を高めてくれた。

 不意打ちに近い形で、攻撃に成功する。


「グァアァガアアア!!」


 獣とは程遠い声をあげ、化け物は怯む。

 もちろん、その怯みは長くない。


 長くない時間だが――、それでも、俺が自宅へと逃げる時間はあった。


 家の中へ入り、鍵を閉める。そして、すぐさま二階へ駆け上がり、自室にある安物の本棚を倒す。本のなくなった棚を、階段に落とす。二階にあるテレビも落とす。手当たり次第に物を落として落として、積み上げ、階段を塞ぐ。


 そして、俺は乱れた息を整えるため、壁に背中を預けた。


「――っふぅ、これでよし」


 階下から音が聞こえる。

 鉄と肉のぶつかる音だ。おそらく、化け物が玄関のドアを破壊しようとしている音だろう。


 冷静に考える時間を得て、俺は答えを出す。


「もう、十中八九、俺の勝ちだなこれ……」


 間違いない。

 俺の負ける可能性。そのほとんどが、開始直後の数秒に集約されていた。


 面と向かい合って殺しあえば、俺に勝機はない。しかし、それだけだ。そこを乗り越えてしまえば、

いくらでも勝機を見出せる。

 ステージが現代の住宅街という贔屓をもらっている以上、獣に負けるわけにはいかない。


 言わば、この街全体が俺の武器だ。そして、獣はそれを使えない。

 『魂の金貨ライフ』で考えれば、数百枚分のアドバンテージがあるのと同じだ。ただ、逆に肉体のスペック差が数百枚以上あるのも確かだ。


 俺は油断なく、あの化け物の息の根を止める方法を探す。


 まず、最初に思い至ったのは火器だ。近くに現代武器が手に入るところがないか思い描く。途中、薬局を思いつき、薬品の利用を思いつく。確か、身近なところであれば、漂白剤と酸性の洗剤を混ぜることで手軽な毒になるらしい。


 密閉空間で調合し、そこにおびき出せば、それなりの効果があるかもしれない。


 さらに、密閉空間という言葉から、粉塵爆発という単語を思い出す。確か、それなりの火力が、片手間で再現できた気がする。現代人が主人公のゲームならば、よくある手法だ。よく見るからこそ、再現も簡単な可能性は高い。たぶん……。


 考えれば考えるほど、手段は思いつく。


 二階を物色しながら、考えていると、俺の部屋から手作り爆弾用材料の残りものが出てくる。他にも、それなりに危険なものがある。ナインに没収されたフル装備の余り物だ。


 俺は階下の音が激しくなったのを感じ、二階にあるベランダへと出る。

 敵が侵入していれば、お隣さんへと飛び移ると決めている。そうでなければ、作戦続行だ。俺はベランダから、外の様子を伺う。


 そこにはへしゃげた扉を睨む化け物がいた。


 現代日本の建築物の堅牢さに、心の中で拍手を送る。


 俺は安心する。あの鉄の扉を破るのに時間がかかるのならば、化け物は詰んだと言っても差し支えないからだ。


 隙を見て上から何か投げつけようかと、俺が思ったとき――


 化け物は大きく息を吸い込んだ。


 そして、法螺貝でも鳴らしたかのような音の後、化け物は口から炎を吐いた。

 

「は?」


 俺の家に火が着く。

 黒い煙が上がっていくのを、俺は呆然と見る。


 これは『魂の金貨ライフシステム』の恩恵なのだろうか。


 そういった『力』が化け物の魂にあったため、『魂の金貨ライフ』を支払って手に入れたのかもしれない。

 もしくは、あの地球外生物は、最初から火を吹く『生物』だったのかもしれない。

 俺には判断がつかない。


 しかし、このままでは焼き殺されてしまうことは確かだ。思いも知らぬところで制限時間が発生したことに焦る。


 そして、階下の化け物がベランダの俺に気づき、火を吐きながら吼える。

 焼き殺されたくなければ、降りて食われろと言わんばかりの咆哮だ。


 俺は焦りのまま、周囲を見回し、何か打開策はないかと探す。


 そして、ベランダに常備してあるポリタンクを二つ見つける。

 ストーブ用の灯油だ。


「これはひどい……」


 そういえば、置くところがないからと言って、ここに保管するという話を聞いた気がする。


 俺は物は試しで、ポリタンクのキャップを外して、庭にいる化け物目掛けて投げる。化け物は飛来する物体を感じて、それをかわす。しかし、散乱する灯油の一部を浴びた。


 灯油は庭に広がっていく。庭にも火の手が上がっているのだが、まだ着火はしない。灯油は着火しにくいと聞いたことがあるので、そう上手くいかないのかもしれない。


 化け物は灯油のことを理解していない。

 いくらか、付着した液体を匂ったものの、何の問題もないと判断して、また家に火を足そうとしている。


 俺は火を噴く化け物目掛けて、最後の灯油を投げつける。


 噴く火の中に上手くポリタンクが入り、鈍い音をたてて、花火のような焔が咲く。もちろん、その炎は化け物に飛び火し、その身に浴びた灯油も燃やしていく。一瞬のうちに化け物は火達磨となった。ポリタンク二つ分の灯油しかなかったが、うまくいったものだ。


 『狙い』という才能のおかげもあるだろう。十メートル内であれば、狙いを外さないというのは反則だ。


 俺は火達磨になって転がる化け物を見つめ、火を吹くくせに耐性のないやつだと思った。これが自然の生物ならば、もう少し対応力があると思う。その情報から、『魂の金貨ライフ』で火を手に入れた獣だと判断する。


 判断しながら、俺はお隣さんへと飛び移る。距離も近いため、二階から二階へと楽に移動できた。そして、もっと燃えるものを探していると、台所から包丁類を見つける。


 できるだけの凶器を持って、化け物から十メートル以内のポジションへ移る。

 燃え苦しむ化け物に向けて、『狙い』を定める。


 急所、――とりあえずは目を全て潰すつもりで、刃物を投げ続ける。

 化け物は悲鳴をあげて、いくつもの刃物を身に受ける。化け物は動いているため、目に刺さったのは一本だけだった。しかし、それでも十分だ。


 悲鳴をあげて逃げ出そうとする化け物目掛けて、今度は家具を投げる。手頃な椅子を、小さな棚を、固くて重いものを、頭上から遠慮なく投げつける。

 全て十メートル以内だ。『狙い』をつけて、急所を狙った。


 一度でも、頭部に当てて動きを制限できれば終わりだ。動きの鈍った化け物に当てるのは造作もなかった。落下のエネルギーも合わさった、有効な攻撃手段を延々と繰り返すことが出来る。


 『狙い』をつけて、作業のように繰り返す。

 投げて投げて投げる。


 投げるものがなくなれば、別の家に移動して物を探し、また繰り返す。這って逃げる化け物を追いかけ、二階という高さのアドバンテージを絶対に手放さず、延々と繰り返す。


 繰り返し続ける。


 無数の刃物が突き刺さった化け物は、砕けた無数の家具が燃える中で、終には息絶える。


 空から、まばらな拍手と、ブーイングの声が降ってくる。

 どうやら、『やつら』にとってお気に召さない戦いだったようだ。


 次からは、贔屓がなくなるかもしれないと思いながら、俺は口の端を吊り上げる。

 僅かでも『やつら』に仕返しできたことで、少しだけ気が晴れた。


 俺は空に微笑みかけ、出現した扉をくぐった。



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