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6.二回戦『異世界編』 塔の探索

「おかえりなさい、ルイさん、って、え、えぇ!?」


 眩い光が包みこんだと思った瞬間、俺は例の宝石の部屋に立ちつくしていた。

 そして、小柄な少女ナインが声をあげて驚いている。


「やあ、久しぶり。どうかした?」

「どうかって! どうもこうも、ルイさん、持ち込みすぎです!」


 そう言ってナインは指揮棒を振るように人差し指を動かす。

 すると、俺が身につけていたものが次々と消えていく。


「防刃ベスト、火炎瓶、催涙スプレー、スタンガン、ワイヤー……、あとこれは、手作りの爆弾ですか? なんてものを自作して持ってきてるんですか!」


 ぷんぷんと可愛らしく怒るナインを見る限り、一週間かけた作った俺の傑作たちは反則のようである。


「いや、最近はネットでなんでもできちゃうから」

「駄目です! 何のための『金貨システム』ですか! 金貨に値しそうなアイテムは全部没収します! 反則負けは洒落になりません!」

「やっぱり、そういうルールがあるのか。まあ、俺も期待半分だったけど」

「期待半分でフル装備作らないでください……」

「いや、鍛えるより、作るほうが楽しくて」

「次は持ち込まないでくださいね……。はい、『魂の写本マニュアル』です……」


 ナインは疲れたように肩を落として、俺に『魂の写本マニュアル』を手渡す。


「ありがと。さて、またやってきたな、ここに。……やっぱり『殺し合い』をするのか?」


 軽くなった空気を引き締めるために本題へと入る。

 それを察したナインは真剣な表情で頷く。


「はい」

「そっか、夢じゃなかったんだな……」


 俺はゆっくりと目を閉じる。

 様々な感情が胸中を渦巻く。そういった考えは捨て置き、今やるべきことをしっかりと見据える。


 二回戦になって、考え方も変わってきた。

 ここでは普通であることは役に立たない。すぐに、自分を遠ざけて『ゲーム』の感覚に移らないといけない。でないと死ぬ。


 一回戦では、まだ無駄があった。

 ここでは普通の感覚、普通の処世術といったものは役に立たない。

 出来る限り、『悪いところ』を掘り起こしたほうが勝算は高い。


「わかった、俺は死にたくない。だから、手を貸してくれ、ナイン」


 そして、はっきりと目を見開きナインを見つめる。


「持ち直しましたね、ルイさん」


 ナインは笑顔で応えた。


「一週間あったからな。心のほうも、それなりに準備してきたさ。それに、俺はそういう素養があったみたいだからね」

「そうですね。そのモラルの欠如は、ルイさんの強みの一つでしょう」


 俺はナインの答えに満足して、当初の予定通り、部屋を歩き回りはじめる。

 過度な宝石の装飾品たちを踏み荒らし、部屋の隅々まで見渡す。そして、ナインに聞く。


「なあ、他のところへは行けないのか?」

「他のところ、ですか。前のような訓練場に?」

「いや、それ以外だ。この世界、『ホライゾンヘヴンオフライン』をもっと知りたいんだ。どういったところで、どういったものがあって、どういったやつがいるのか知りたい」

「え、それよりも『魂の金貨ライフ』の振り分けをしたほうがいいですよ。前回の勝利で、5枚増えてますから……」

「前も言ったけど、そういうのは最後にする」

「よく考えたほうがいいですよ。殺し合いをするんですから、自分の『力』について最も時間をかけたほうが――」

「――俺はそう思わない」


 俺はナインの考えを否定する。

 これはこの一週間考え続けたことだ。殺し合いとは何か。そのために重要なものは何か。


「どういうことですか、ルイさん」

「そんな降って湧いたような力は重要じゃなくて、俺の16年間の人生がモノを言うってことだよ」


 重要なのは、モラルの低さ。人間性の醜さ。初戦で思い知ったことだ。

 小手先の力など、些細な問題だ。


 もし初戦の男が自動小銃を持っていたとしても、俺が勝っていたに違いない。


「そ、そりゃそうでしょうけど。この『魂の金貨ライフシステム』はそういった時間や経験を飛び越えるためのシステムです。16年鍛え続けても手に入らないような力が手に入るんですよ?」

「そうかもしれない。けど、これがの俺の決めた方針なんだ。ほら、他の部屋を教えてくれ」


 ナインが納得していないのは見て取れた。けど、俺はそれを説明する時間がもったいないと感じて、話を打ち切る。


「仕方がないですね。それじゃあ、扉を作りますけど。ここから直通で行けるところは、『私の上司のところ』『他プレイヤーとの交流先』『仮想空間』『塔の外』ぐらいですかね」

「――上司? その中なら、君の上司に会いたいな」


 この世界についての見識を深めれば、この『ゲーム』の方向性や攻略法も見えてくるだろう。そもそも、提示された攻略方法に従うだけで本当に助かるのかすら疑問なのだ。


「いいですけど変なこと言って殺されないくださいね」

「え、殺されんの?」

「場合によっては簡単に死ねます。上位存在というのはそういうものです」

「わかった、肝に銘じておく」


 俺が肝に銘じたのを見て、ナインは指を鳴らして扉を作る。


 俺とナインは、何が起きても対応できるように心を落ち着けて、ゆっくりと扉をくぐる。


「――と、君が肝に銘じながら私の部屋に入ってくるのは、わかっていることなんだけどね。はじめまして、よろしく、君の『助命者アドバイザー』の上司、主にシステム関連を担当している神、『織神ヴアル・ディノート』だ。ちなみにここでいう神は、役職でしかないからそう畏まらなくていいよ。そうだな、呼び捨てでディノとでも呼んでくれ」


 くぐったと同時に、自己紹介をされる。


 無数のオルガンで構成された不気味な部屋だった。重なったオルガンの壁がタイルの上に並び、四方を囲んでいる。天井は高すぎて見えない。そして、そのオルガンの一つに腰をかけた、縦縞のセーターを着た長い黒髪の美女が、俺たちに声をかけたのだ。


 どこにでもいる大学生のように見える。しかし、それはありえない。

 その身に纏う空気が異常だ。近づくだけで、身が捩じれ切れそうな、恐ろしい存在感がある。


「そ、想本累です、よろしくおねがいします」


 必死に、その空気に抗い、礼儀として自己紹介を返す。


「『助命者アドバイザー』からボクに殺されるかもしれないと脅されているのは知っている。けど、そんなことはないから安心したまえ。むしろ、君を生かすのが最近のボクの仕事だ。気にせずタメ口でいい。ここでは個体差も識別も礼儀も、何も意味がない」


 ディノは手をぷらぷらと振って、俺の態度が硬いと注意する。

 しかし、その注意以外のところが俺は気になった。


「俺を生かす?」

「ああ、前試合で君は実にいい啖呵をきった。あれの評判が良くてね、期待が集まっているのだ。だから、君を贔屓しようとする流れが神々にできている。なので、システム関連を弄れるボクに仕事がまわってきている」

「は、はあ……」


 どうやら、俺は贔屓されているようだ。

 ディノはオルガンの鍵盤を一つ鳴らす。


「訪問してくれたサービスだ。次のバトルステージは『君の世界、君の家周辺』に設定した。存分に活用してくれたまえ」

「俺の家に?」

「ああ、こんな序盤で死んでは困る。『白神ヴアル・イディオット』の候補」

「は、はあ、ヴアル・イディオット?」

「気の早い神が、君の仇名をもう決めたのさ。白い神様と書いて、ヴァル・イディオット。仇名から、君の真の力を予想してみてくれたまえ」


 知らない単語が飛び交い、俺はろくな会話が出来ない。


 一方的なディノの説明の末、話は終わったと言わんばかりに彼女は背中を向ける。


「これ以上は、贔屓が過ぎるかな。そろそろ行きなさい。本来ならば、『この部屋』に来れば「簡単に死ねる」というのも、あながち嘘ではないからね」

「わかった……」


 ディノの纏う空気が、これ以上食い下がることを許さない。

 本当はもっと聞きたいことがある。しかし、次の舞台を教えてもらった立場で、これ以上何かを求めるのは気が引けた。俺は素直に退出することを決める。


 隣を見ると、ナインは大量の冷や汗をかいていた。

 ナインのためにも、俺は早々と部屋から出る。


 扉をくぐり、宝石の部屋へと戻る。

 隣のナインが大きく息を吐き、ゆっくりと喋る。


「はぁー……。ルイさん、よく平気ですね。アレを目の前にして」

「いや、そんなに息も出来ないほど怖い相手じゃなかったぞ」

「そんな馬鹿な。――性格? いや、これが『運命抵抗力』?」


 俺が平気そうなのを見て、ナインは思うところがあるのか、色々と考え込み始める。

 しかし、俺の疑問は別のところにある。


「それにしても、あれが神……?」

「いえ、神を名乗る、ただの人間ですよ」

「え、自称なのかよ」

「この世界で勝利を重ね、ある一定の力を得て、戦いをあきらめたものは神になる権利を得ます。はっきり言うと、帰る場所と行く場所を失った敗残者でもあります」

「い、言うね。息も出来ないくらい怯えていたくせに」

「これがマニュアル通りの説明なのです。神々は自分たちを、張りぼての負け犬だと認めていますから」


 どうも、俺の思い浮かべている神とは別物のようだ。

 こういった細かなイメージの差を埋めていくのも重要だ。その情報を知っていると知っていないとでは、今後の身の振り方も変わる。


 ナインは義務のように説明を続ける。


「この世界の先輩くらいに捉えていれば問題ありません。OBオービーが文化祭運営の手伝いをしてる感じです」

「身も蓋もないな」


 見も蓋もないナインの表現で、上司の話は終わった。

 まだ時間にして5分くらいだ。


 色々と調べることはできそうだ。


 その考えが伝わったのか、ナインはこちらを見て、言葉を促す。


「次はどうします?」

「そうだな。『他プレイヤーとの交流先』かな……」

「はい」


 先ほどと同じように、ナインは指を鳴らして扉を作る。

 俺たちは慣れた手つきで、扉をくぐる。


 その先に広がっていたのは、螺旋状の吹き抜け階段だった。しかし、ただの階段ではない。幻想的にという修飾がつくほどの巨大な階段だ。


 円状の空間が縦に伸び、中央には吹き抜け、その周りに巨大螺旋階段、壁には無数の扉が並んでいる。階段は物理法則を無視した、浮かぶ透明板で構成されており、この空間の幻想的な雰囲気を強調している。


「すごいところだな……」

「無限の広さと無限の高さを備えた『最果ての塔ホライゾンヘヴン』です。無数の部屋は、無数のプレイヤーたちと繋がっています。繋がっていると言っても、勝手には入れませんけどね。このロビーに出てきたプレイヤーとコンタクトできるくらいです」


 よく見ると、ところどころにテーブルやソファーが設置されている。

 談話室のようなイメージを受ける。


「なるほど……。けど、誰もいないぞ……?」

「ルイさんの部屋の周辺は、必然と二回戦目のビギナーたちで揃っています。普通、二回戦目の人たちは、次も勝つために、アドバイザーと死に物狂いの相談をしています。この世界の探索なんて、よっぽど余裕がないとしません」

「いや、俺も余裕はないぞ?」

「余裕ですよ。私の・・100倍は余裕あります」

「ナインの100倍? それは――」


 俺が余裕の度合いについて話そうとすると、遠くで扉の開く音が聞こえた。


 この空間で、『遠く』となると、距離で言えば何百メートルも先だ。下手をすれば1キロ先くらいのことろで女の子が一人現れる。遠すぎて詳細はわからない。


 かろうじて、俺より少し背が低いことと、髪が長いことだけは分かった。


 女の子は周囲を確認して、俺を見つけ、すぐに引っ込む。


「今の、他プレイヤーか?」

「ええ、ルイさんを見て逃げちゃいましたね。怯えてましたよ、あれ」

「少しショックだ。親しみやすい特徴のない顔つきだと思ってたんだが」

「いやぁ、一回戦を乗り越えて、凶悪なオーラが出てきてますよ」

「え、ほんと?」

「ほんとです。悪人面化してきています。――で、次は『塔の外』へ行きますか? 地上を思い浮かべて、適当な扉を開けたら行けますよ」

「ぁ、ああ、行く」


 ナインは他プレイヤーとの交流に積極的ではない。交流しないのが当然だと思っている様子だ。


 すぐに、『塔の外』への扉を作った。


「しかし、ショックだ……」


 俺は女の子に顔を見られて逃げられたという事実を受け止めながら、扉をくぐった。



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