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5.二回戦『現実編』 傾向と対策を予習しましょう。殺し合いに出ます。

 異常な身体能力を得たことを理解してから、俺は考え続けた。


 授業などまともに耳に入ってこない。俺は必死に、昨夜の『夢』を回想する。一秒一秒の出来事を事細やかに思い出していく。


 思い出していき、この現状との整合性がとれていく。


――あれは夢でなかった……?


 あの宝石まみれの部屋も、嘘みたいな少女も、魂の金貨も、砂の闘技場も、殺してしまった名前も知らない男も――、全て現実だったのかもしれない。


 あれが本当だったならば、俺は人殺しだ。

 法の罰がないとはいえ、俺の良心を磨り潰すには十分な事実だ。


「――うぅ……」


 俺は教科書で顔を隠して、呻く。

 犯罪の重圧に耐えながら、言い訳を考える。人殺しをしたからといって、誰かが俺を罰しにくるわけではない。そういう類の話ではないのだ。だから、これは俺だけの、心の問題。


 心を強く持つ。

 そして、あれは仕方がないことだと言い聞かせる。


 でないと、今にも笑ってしまいそうだ・・・・・・・・・


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 深く呼吸を繰り返し、『次』へと思考を移す。


 あれがもし本当だったならば、『次』がある。あのゲームは連戦を想定してたはずだ。相手の『魂の金貨ライフ』を奪い、強くなり、次々と対戦相手を屠っていく。そして、自由になる権利を買う。そういう趣旨のゲームだったはずだ。


 そして夢の最後を思い出す。


(「――あなたの世界で言うところの、『毎週』、またあなたはここに招待されます」)


 そうだ。次の月曜日、また俺はあそこに呼び出される。


 ナインという少女は、そのための準備を怠るなと言っていた。


 俺はすぐに準備について思考する。そして、夢の中で読んだ『魂の写本マニュアル』について、あの世界のルールを一つ一つ思い出していく。


 俺はまた、『生物』と殺しあう。

 条件は同じ。おそらく、人殺しの経験がある『魂の金貨』を10枚所持した『生物』だろう。


 そして、俺は短剣をメインにして戦う。殺し合いのルールは、基本的には同じ。

 いや、確か、戦いの場所はよく変わると書いていた気がする。けど、重要なのは1対1だということ。


 俺は殺しについて準備しなくてはいけない。


 ただの夢かもしれない。

 たまたま、俺の身体能力がいつのまにか鍛えられていたかもしれない。

 けれど、それで終わらせるには違和感がありすぎる。


 俺は、あの『ゲーム』で勝つための思考へと没頭していく。

 そして、日常生活を送るためのそれから、ゲームのそれへと変質していく。


 俺は授業など一切耳に入れず、ゲームに勝つことを考え続けた。



◆◆◆



「なあ、1対1の殺し合いで一番強い武器ってなんだと思う? あ、殺し合いに強い技術でもいい」

「お、おまえは何を言っているんだ」


 俺は放課後になってから歩に疑問を問いかけた。歩は重度のゲーマーな上に病的なインドア派だから、こういったぶっ飛んだ話題に強いかと期待したのだ。


 しかし、その歩でも、いきなりのぶっ飛んだ話題に若干引いているようである。


「いや、歩ってそういうことをいつも考えてそうだから」

「おまえの中の俺の評価ひでえな、おい」

「でも、考えてるんだろ?」

「…………。……そういうのは場合によるよ」


 歩は苦虫を噛んだような顔をして、観念したように話に乗っかる。

 

「その『場合』なんだけど、人対人で、向かい合っている。それで、場所は直径100メートルくらいの運動場。制限時間は1時間。はい、これから殺しあい始めてください」

「なんかの漫画か? それなら、銃でも毒ガスでも使えばいいんじゃないのか?」

「あ、予算は1万円くらいで」

「予算あんのかよ! もう、ほぼ素手じゃん!」


 実際の予算は一万円ではなく、金貨5枚である。『次』は10枚だ。けれど、近代的な武器は手に入らないため、一万円という表現を使う。


「もうちょっと原始的な武器でお願いしたい」

「それなら、近代の近接格闘技術だっけ、軍人とか使うやつ。あれが強いんじゃね?」

「相手が弓の達人で、手の届かない距離からバカバカ撃ってきてもか?」

「いや、弓は一万円じゃ揃わんだろ……」

「あ、弓はありで。というか機械類は駄目って縛りの方向で」

「……いや、それでも近接戦闘のほうが強そうだけどな。高速で不規則に移動するものを射るのは難しいだろうし、近くで撃てる機会は多くて1、2発、あと急所に当たらないと相手は死なない。不利じゃねえの、たぶん」

「む、自信なさげだな。歩のことだから、ドヤ顔で『最強はコレに決まってんじゃん!』って言ってくれると思ったのに」

「いや、だからおまえの中の俺はどうなってんだ……っ」

「とても素晴らしい友人だよ」


 歩は溜息をつきながら、俺を半目で睨む。


「はいはい、どうせ俺はヒッキーのインドア派ですよ。だから、さっさと帰る」

「ちょ、ちょっとまて、この話はもう少し掘り下げたいんだよ」


 少々からかいすぎたようだ。このままでは、歩に逃げられてしまう。


「駄目だ、無駄口を叩かず下校だ。ホームルームが終わって4時45分のチャイムがなってから無駄なく帰らないと、帰り道で信号にひっかかるんだよ」

「さすがは帰宅部のプロだな。そこはかとなく引く」

「俺は一秒でも早く家に帰りたいだけだ。おまえのせいで1分ほどのタイムロスが発生している。200メートルほど早歩きしないと帳尻が合わない」

「に、200メートル早歩きすれば調整できるんだ……」


 そこまで細かい下校時間と信号の間隔を把握していることに、俺は歩の人間性を疑った。

 というか、こういう発言ばっかりするから、俺の中の歩の評価が酷いことになるんだ。


「ああ、確実にな。俺が何度も試行錯誤して編み出した計算法だ。これは絶対だ。絶対に信号なんぞに引っかからん」


 こいつは信号止めで親でも殺されたのか。

 握りこぶしをつくってまで力説している。


「はいはい、それじゃあ帰ろうか」

「ああ、でないと5時からのドラマの再放送に間に合わないからな。名作ドラマの再放送を見ながら、ゲームを並列作業するのが俺の日課、いや、使命だからな」


 俺の中の歩像はこうして形成されていくのである……。

 正直、何言っているのかわからないときのほうが多い。


 俺と歩は少しばかり早足で下校する。

 その最中で、俺は偏った知識を持つ歩から色々なことを教えてもらった。


 案外、役に立つ知識は多く、こいつが『ホライゾンヘヴンオフライン』に参加していたら強いということだけはわかった。



◆◆◆



 結局、歩との討論は「あれ、これって、近接格闘技術持ちで、中国拳法をコンプリートしてて、抜刀術が使えて、弓の達人で、心理学収めてて、交渉のプロで、巨体のイケメンが最強じゃね?」ということで落ち着いた。歩は「いや、最後のところはポニテに袴の美少女のほうが強くね?」と言って、違う話に持っていこうとしたが、それは全力でかわした。


 俺はそういった話から、近所の道場やアーチェリー指導室などを調べることにした。けれど、どれも一朝一夕で身につくものではないという話だったので見送る。


 せめてもと、ネットで武道や近接格闘術といったものを色々と調べてみる。「強い、薙刀強い」といった変な知識がつくばかりで、実践しようと思えるものは存在しなかった。


 そして、今、俺にできるのは体力筋力を地道に上げることだと気づき、数年ぶりに筋トレをした。


 してみたが、5分も持たなかった。小学生の頃、サッカー部で鍛えていた筋力は、全て贅肉となっていた。物悲しさと懐かしい気持ちに囚われ、なぜか俺は家の電灯の紐にシャドーボクシングをしていた。


 その激闘を妹に見られ死にたくなったのは別の話である。


 翌日、また歩と一緒に討論して、夜は筋トレをする。

 毎日がそれの繰り返しとなった。


 久しぶりに健康的な毎日を過ごせている気がする。――ただ、それは肉体的に限っての話で、精神の健康には良くないのは間違いない。


 『夢』を『現実』と受け止めてから、俺は一週間、他にも素人ながら考えられるだけのことを実行した。


 武道を習っている友達から基礎を教わり、様々な戦闘の知識を貪った。ランニングを行い、動かしやすい体をつくった。殺しの手段についてもできるだけ調べた。人体の急所から、頚動脈の位置といったナイフファイティングの概要は入念に調べた。防刃の服を作成し、殺傷力のある道具も手に持った。正直、もう犯罪者と言われても言い訳できないレベルである。


 そして、最も重要なのは心の準備だ。


 勝つために必要な要素は分かっていた。

 およそ一般社会では『悪』とされる精神こそが、勝利の鍵だ。そして、俺にはその素養がある。

 認めてはいけないが、――確かにある。


 しかし、念には念を入れて、準備を行った。

 

 できうる限りの手を尽くし、自分のモラルを削る。ダークヒーロー物の映画から入り、悪が勝利する映画を見る。粗暴で残虐なキャラクターに感情移入できるよう訓練し、スプラッターシーンを見ても動揺しないようにする。


 正直、もう拳銃で発砲された上に逮捕されても文句の言えないレベルである。

 客観的に見たら、精神異常者のそれに近い。


 だが、そのおかげで、ちょっとやそっとのことでは動揺しない精神を手にいれることはできた。


 もう一回戦のような醜態は、二度と晒さない。


 大丈夫。やれることは全てやった。



 でも。

 それでも、月曜日が怖い。


 今日までの人生、毎週のように月曜日なんてこなければいいと思ってきた。けれど、今日はそういった感情とは、まるで別物だ。あそこは正常な人間が居ていい場所じゃない。


 俺は部屋の隅で膝を抱える。

 そして、月曜日になる0時の瞬間を待つ。


 時計が秒読みを行っている。

 あと十数秒。

 もしも、このまま何も起こらなければそれでいい。


 俺は遅れてきた中二病を楽しんだだけで済む。

 何も起こらないのが一番だ。


 けど、本能が恐れを抱きながら、どこか興奮もしてしまっている。


 俺は血の通っていない爬虫類のような笑みを顔に張り付けていた。部屋に一枚飾ってある置き鏡が俺の歪な顔を映していた。


 ああ、自分のモラルの低さが嫌になる。

 この度し難い精神が気持ち悪くて仕方がない。


 そして、時計の針全てが揃う。

 視界が歪み、意識が遠のく。


 月曜日0時0分、俺は俺の部屋から、音もなく消えた。

 それは闇に飲まれるような一瞬の出来事だった。




さくさく戦おうー。

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