表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

3.一回戦『異世界編』 不完全死合


 約束の時間が過ぎ、突如出現した大扉をくぐる。


 そこは『魂の写本マニュアル』に記されていた通りの空間だった。

 高い壁に囲まれた、運動場のような空間。天井は青く、雲ひとつない空がどこまでも続いている。


 視線の先に、人間の男がいた。

 あの男こそ、対戦相手の『生物』だろう。


 男も、俺と同じように、大扉をくぐったのだろう。


 顔が青く、焦燥している様子だ。成人しているであろう男性で、俺より頭一つほど背が高い。日本人ではないことは顔つきからわかる。鼻の高い顔のつくりに、赤みがかった髪。身なりはボロ布をまとっているとしか表現ができない。現代日本にはいない『生物』だ。


 俺はこれから、あの『生物』と殺し合う。

 そういう『ゲーム』を行う。


 俺はゆっくりと、中央へと歩みを進める。


 しかし、対戦相手は動かない。いや、その場でなにかを叫んでいる。

 くぐってきた扉に、闘技場の空に、壁に、怒鳴り続けている。


「ふざけるなっ、私を帰せ! 何が殺し合いだ、そんな馬鹿なことができるか!」


――え?


 果てには、その腕を壁へ叩きつけ始める。


 俺は男の言葉の奇妙さを聞き取った。そして、それが日本語でないことがわかった。にも関わらず、言っていることがわかる。男は激昂し、帰せと叫んでいる。


 何より、その内容に、俺は耳を疑った。


「ふざけるな、ふざけるな、なんなんだここはぁーーっ!」


 男は俺を見ていない。

 俺ではない者に、これを仕組んだ者たちに怒っている。


 そして、『それ』は、――その『笑い』は急に降った。


 男の叫びに呼応するかのように、空が歪む。


 そして、空から笑い声が鳴り響く。


 老若男女、様々な笑い声。ときには獣の笑い、機械音のような笑い。音になっていない笑いさえもが鳴り響く。聞こえないのに、笑われているとはっきりと理解できてしまう。


「くそが、くそが、このちくしょうがぁ!」


 男は叫ぶ。


 嘲笑う声を許そうとしない。そう、彼は俺よりも真摯にこのゲームと向かい合っている。


 向き合っているからこそ、これを仕組んだ者を許せない。現実と理解しているからこそ、殺傷を認めることができない。強大な力に弄ばれていると感じているからこそ、悪態をついているのだ。


 …………。

 ああ、やめて欲しい……。


 俺は男を見て、そう思った。


 まるで、これが『夢じゃない』ような真剣さはやめて欲しい。

 それを認めてしまえば、俺の大事な予防線が一つなくなってしまう……。


 俺だって必死だ。方向性は逆だろうけど、必死なんだ。


 そんな俺の努力を、男は間違っていると諌めているようで気に入らない。

 勝つために、殺すために、準備をしてきたというのに、目の前の男は俺を見ていない。眼中にないのだ。無防備にも俺へ背中を向けている。



――これでは勝負にならない。


 

 さらにもう一つ、俺の予防線がホツれていく。


 俺は勝つために、ここへ来た。

 そこに勝ち負けがあると聞いて、最善を尽くしてきた。相手と殺し合い、――つまり、相手も殺しに来ると聞いて、準備をしてきた。


 生存競争ならば、勝ちにいくことは正当防衛だと信じていた。


 けれど、このままでは、勝負にならない。

 その気にもなっていない人間を殺めることになる。話が違う。『殺し合い』にならない。

 

 それだけは、許して欲しい。


 そんなことをしてしまえば、俺の理論武装が土台から崩れる。


 夢だとしても、ゲームだとしても、現実だとしても――


――『殺されるから、殺す』。これを最低限、保っていたかった。


 保たないといけない。


 正当防衛だから、法的にも倫理的にも正しい。そう保たないと……。


 困る。


 困るから――。


「もう、あきらめろよっ!!」


 俺は叫んだ。

 男よりも大きく吼え、狂ったようにまくしたてる。


「あきらめろよっ。もう無理なんだよ、助からないんだよ!」


 視界が揺れて、気持ち悪い。


 けれど、口は勝手に動く。

 自分にも言い聞かせるように、獣のように咆哮する。


「こんなの、普通じゃないのはわかってんだろ! こんな頭おかしいの、神サマか何かにでも遊ばれないと起きねえよ! 抗っても無駄だっ、覆らない! 俺たちに選択肢なんかないって、そのくらいわかれよ! だから、俺と戦え。俺を殺しに来てくれ。じゃないと、俺は無防備なおまえの背中を刺すハメになるっ。そうなったら言い訳できねえだろうが! 殺されそうになったから、嫌々戦ったんですって言えないだろうが! ただ殺したら、俺が悪いやつみたいじゃないか! いいからかかってこいっ、じゃないと俺が困るんだよ!!」


 男は予想外の攻勢に怯む。


 そして、俺も零れた自分の本音に、恐怖した。

 思ってもいなかった本心、想像以上に追い詰められていた精神。それが溢れた。



――それは『夢』でも『ゲーム』でもないと認めてしまった瞬間だった。



 男は俺から狂気を感じ取ったのか、さきほどまで宙に向けていた怒気を俺へと向ける。


 そして、その一連の流れを見て、空から降り注ぐ笑い声がさらに大きくなる。


 中には口笛や、拍手までも聞こえる。

 ああ、悪趣味なやつらだ。殺意が沸く。


「おまえのような子供が、殺すなんて! おかしいだろ!!」


 そう叫びながら、男は俺に近づく。


 それでもまだ、男に怒気はあっても、殺意はない。それどころか、彼の手には凶器がない。彼の手には何もないのだ。


 だから、俺は説得する。 

 説得という名の、脅迫をかける。


「このまま、あんたが怒鳴り散らし続けて、一時間経てば二人とも死ぬんだぞ? こんな真似ができる連中のことだ、造作もないだろうさ。だけど、俺はそれは嫌だ。――生きたい。生きたいに決まっているっ。それが格好悪くても、非人道でも、無様でも、生きたい。誰だって死にたくない、あんたもだろう? なら、考え方を変えるしかない。『ゲーム』だ、『夢』みたいなもんだ。そう思えば楽だ。なぁ、だから、殺し合おう? 殺し合って、どちらかが生き残るしか選択肢はないんだ!」


 そう言って俺は片方の短剣を男のほうへと放り投げる。


「くっ、くそ、くそ、うぁああぁあ」


 男は髪をかきむしり、震えながら短剣を見つめる。


 それを俺は何もせずに見届ける。

 敵の隙を狙わず、敵に武器を与え、距離を取る気もない。


 自分が何をしているか、自分で理解できなかった。

 ただ、自分の『悪いところ』が暴走しているのだけは感じる。


 生きたいと言いながら、死の危険を増やしていく。

 嫌だと言いながら、殺し合いを求めている。


「――俺はどちらにしろ、あんたを殺そうとする。あんたはどうする?」


 言葉だけが勝手に口から漏れていった。


 俺の殺害予告を最後に、男は大声をあげ、意を決してナイフを拾いこちらを睨む。


「うぁああああぁあーーっ!!」


 そして、男は咆哮と共にこちらへと突っ込んでくる。


 俺は口の端を少しだけ吊り上げた。


 そして、男の殺意に応じ、ナイフを構える。

 とうに投げナイフは地面へと捨てた。当初の計画なんて、形すら残っていない。


 俺は男の突撃を、ナイフ一つで冷静に迎え撃つ。


 男の大振りなナイフの一突きは俺を捉えることはなかった。俺が軽く身を動かしただけで、それは宙を裂いた。


 そして、俺はゆるやかに、力強く、ナイフを男の首へと差し込む。


 それは金貨で得た速さアジリティのためか、それとも生来持っていた俺の素養か、どちらが働いたのかはわからない。けれど、それは綺麗に無駄なく男を絶命へと導いた。


「――っが、あぁ、ぁ」


 男は呻き声と共に、こぽりと血の泡を一つ吹き、倒れた。

 そして、噴水のように赤い水が男から噴出す。


 それを俺は無表情で見届けた。

 そして、心で唱える。


――『夢』の『ゲーム』で殺されそうに・・・・・・なった・・・。だから、仕方なく・・・・ナイフを刺したんだ。


 俺は決めていた言葉を唱える。繰り返す。


 けど、そこに説得力はない。


 だって、この男は……。


――『現実』の『殺し合い』をしたくなかった・・・・・・・のに、追い詰められて・・・・・・・ナイフを手にしたんだ。


 誰に追い詰めらた?


 それは、この状況だ。この状況を仕組んだやつらだ。けど、最後の一押しは、誰だ。


 俺だ。


 喝采が響く。

 空から拍手の嵐が、褒め称える声なき声が。俺を祝福する。


 圧力が俺を潰しそうだ。


 揺れていた俺の視界が、次は歪んでいく。

 まるで水中にいるかのように景色がにじむ。


 何かが変わっていく――。


 俺は、今、人を殺した。


「あぁ、ぁあ、あ、はは、はははは……」


 ただ、俺は男のように叫ぶことはなかった。


 その場にへたり込み、頭を抱えつつも、乾いた笑いを零した。

 乾いてはいても、確かに俺は笑っていた……。


 そして、俺は『控え室』へと戻される。



◆◆◆



「運が良いですね、相手は魂の金貨で何も買わず、凶器も持っていませんでした。戦意もありませんでした。背後から刺せば、もっと簡単でしたのに」


 ナインの声が聞こえる。

 けど、それどころではない。


 正体不明の吐き気が俺を襲い、胃の中身を吐き出す。

 俺は乾いた笑いと共に吐く。吐きながら、悪態をつく。


「……くぅっ、うぅ、ははっ、何が簡単だ。ふざけるな」


 何が準備時間だ。殺し合いだ。

 何の意味もなかった。そんなもの関係ない。


 左右したのは、『装備』でも『力』でも『才能』でもない。

 ただ、モラルの低さを比べあっただけだ。


 そして、俺はそれに勝ってしまった。モラルの低さで勝ったから、生き残った。


 俺は平凡じゃなかった。

 非凡のサガを、確かに持っていた。その非凡な『悪いところ』で勝ってしまった。


 それが悲しくもあり、嬉しくもある。

 しかし、どちらかと言えば、嬉しさのほうが大きいかもしれない。その事実に吐き気がする。


「笑いながら吐いているんですか……? 欲のままに貪っては、笑いながら吐く。この部屋の通り、ルイさんは強欲な人ですね」


 『控え室』にあたる宝石の部屋を見回しながら、ナインは俺に語り続ける。


「次もありますから、準備を今のうちにして欲しいのですが……、難しいようですね。仕方がありませんので、一方的に、告知だけしますね。――あなたの世界で言うところの、『毎週』、あなたはここに招待されます。いいですか。月曜日0時、あなたは毎週、ここに呼び出されます。準備だけは怠らないようにしてください」


 部屋に存在する様々な宝石たちを撫でながら、ナインは俺へと囁く。


 俺は答えない。

 普通であろうとする心が俺を苛み続けて、それどころではない。


 人を殺した瞬間の達成感・・・。それを許してはならない。

 けど、一方で、あの手際を褒める自分もいる。


 全く違う感情が、心の器の中で掻き混ざる。


 ああ、気持ち悪くて仕方がない。


 夢が覚めるまで、俺は笑い続けた。








もう少し説明続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ