2.一回戦『異世界編』 白き才能
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『才能』
User 想本累
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「え? は、白紙?」
名前だけのページでナインは手を止め、疑問の声をあげる。
俺はその反応から、これが『才能』のページであることを理解する。
「見事に何も書かれていないな……。『力』と同じで最初はゼロってことか……?」
「い、いえ、普通なら、一つか二つくらいは得意な何かが書かれているものなんですが……、ものの見事に何の才能もありませんね……。それに、埋もれた才能も未来の可能性もなし。え、え? こんなことがあるなんて……」
どうやら、ナインにとっても想定外のことだったようだ。何が駄目なのだろう。
「埋もれた才能なんてものは諦めてる。俺は凡人だからな。それで、これも、欲しいものなら、何でも買えるってことでいいのか?」
「……えーっと、その――」
俺は過度な期待はしていなかったため、才能がないことに気落ちはしていない。
しかし、それでも青ざめた様子のナインは、言いよどんだままだ。
「どうした?」
「――いいえ、白紙では買えません。ソウモトルイには『才能』で買えるものがありません。その魂に何の可能性もない以上、いくら『魂の金貨』を積んでも無理です。魂に刻まれた『才能』を思い出せません」
ナインは意を決して、言い切る。
「へ? えっと、だから……、ないから、金貨で『才能』を買って足していくんだろう? そういう『ゲーム』なんだろう?」
「……すみません。ないものは買えないんです」
ただただ、ナインは謝るだけだ。
その様子から、それが事実であることを俺に伝える。
俺は『才能』のページをめくり続けるが、どこまでも真っ白。まるで冬の処女雪のように何もない。
つまり、俺の『才能』欄は何の意味も持たない、紙切れであることが発覚してしまった。
「は、はあ? えぇ、酷いなそれ」
「『才能』というのは、その魂に刻まれた可能性を呼び起こすページなんです。本来ならば、魂レベルで眠っている才能が値段と共に並んでいるのですが、それが一つもないとなると……。お店に何も商品がないようなもので……」
「俺は魂レベルで何もない凡人ってことか……。はあ、なんで夢の中でまで、こんなにへこまされないといかんのだ」
「……すみません」
俺が夢の非情さに文句を垂れると、ナインは申し訳なさそうに頭を垂れる。
「いや、いいよ。ナインは悪くない。悪いのは、俺の『魂』だろう」
俺の『魂』の『才能』を決めたどこかの誰かが悪い。
「う、うぅ、白紙だなんてそんな、そんな……」
しかし、俺のフォローの甲斐なく、ナインは落ち込んだままだ。
俺は溜息を一つついて、次を考える。
遠ざかりきった意識が、『ゲーム』に特化した思考が、次の一手を構築している。
「そう気を落とすな。この条件でやるしかないだろ」
「……そ、その通りですね」
ゲーマーである俺にとって、このくらいのハンデなど、よくあることだった。積み重ねた経験が俺の精神を安定させる。
そもそも、『ゲーム』ならば、才能のない少年が主人公なんてよくあることだ。そういうものは、途中で何かの力に目覚めたり、努力の末に自分だけの力を手に入れたりする。
さほど問題だとは思わなかった。
「次だ。次に必要な情報は、対戦相手についてだな。どこまで教えてくれるんだ?」
「た、対戦相手ですか……?」
「それを知っているのと知らないのでは雲泥の差だ」
俺は経験から、『ゲーム』での自分の死因のほとんどが情報不足であることを学んでいた。相手の行動パターン・成り立ちを知らないことによる事故死だ。
なにより、敵の情報から弱点でもわかればスムーズにことが進む。
ナインは対戦相手と聞かれ、それを答えようとして、……何も答えない。
正確には、声が出ていない。
答えようと口を動かしているが、それに声がともなっていないのだ。
金魚のように口をパクパクとさせるナインは、いくらかして声を出すのを諦める。そして、冷静に一言だけ答える。
「生物です」
「生物? それだけ? 他に……」
「生物です」
「……おい」
「すみません、生物としか言えないようです。……『条件』がクリアされてません」
簡潔な答えだった。
「わかった。もう聞かないよ。大体わかった」
つまり、この情報は、ナインというキャラクターからは聞けないのだろう。それは村の前に立つ村人が、村の名前だけを繰り返すのと同じことだ。
「助かります……」
「それじゃあ、次だ。次は、対戦時の空間についてだ」
「む、それは大丈夫です。簡単に言えば『闘技場』ですね。詳細を説明するので、35ページを開いてください」
どうやら、こういった情報まで『魂の写本』に記されているようだ。それがわかり、俺はページをめくろうとするナインの手を止め、ページの始めの方へとぱらぱらとめくる。
そして、目当てのものを見つける。
そこには『決闘のルール』『決闘の条件』『武器』『基本値』『技能』『特殊条件』など、様々な項がある目次――
「なあ、この目次があれば、おまえ、いらないんじゃないのか?」
――そして、ナインの存在意義の薄さを問う。
俺は目次のページをナインの目前に突きつける。
「――え? そ、そうですか?」
「少なくとも俺は、この目次を使って読みこもうと思った」
「いや、私でないと柔軟な対応というかですね、繊細な情報の伝達ができないというか……」
「うん。よし、黙っててくれ。――あ、対戦開始10分前になったら教えてくれよ?」
「と、時計扱い!?」
俺は目次を使い、自分が優先して知りたいことを探し始める
速読は得意ではないが、読書は趣味の一つである。要点だけを見つけることには慣れていた。
せわしなく目を動かし、次々と情報の要点だけを掴んでいく。
―――
まず、『装備』『力』『才能』は『魂の金貨』によって買うことができる。
それは、単純な腕力知力、運動神経や才能はもちろんのこと。超常現象、魔法、人間には持ち得ない特性まで、『魂の金貨』さえあれば手に入る。
対戦相手は『生物』の中から無作為に選ばれたもの。基本的に同じ条件の『生物』との対戦になる。ここの情報は少ない。初見同士の戦いが基本方針のようだ。
今回の対戦空間は直径100メートルの闘技場。下には砂が敷き詰められ、石の壁に囲まれている。つまり、毎回、対戦空間は変更される。
対戦時間は1時間。1時間以内に決着がつかなければ両者共に死亡扱い。
余った時間は次の『準備時間』に当ててもいい。
対戦目的は「主催者の意に沿うため」と曖昧な表記だ。
勝利条件は対戦相手を死に至らしめること。死なないもの、死んでも動こうとするものには、その都度、勝利条件を放送するとのこと。
―――
し、死なないもの……?
「おい、死んでも動こうとするものって。生物と矛盾してるだろ……。――あ、ナイン、あと何分だ?」
俺は長い間、『魂の写本』を読み込み、説明に突っ込みを何度も入れた。残り時間が不安になり確認をとる。
「――あと12分21秒ですね」
いじけた様子のナインが、部屋の宝石で遊んでいた。
石はじきならぬ、宝石はじきで遊んでいる。無駄に豪華だ。
「そろそろ『装備』を買う」
「お、カタナですか? カタナですよね?」
「短剣だ」
「あれ、ちゃんと読みましたか? 腕力を気にしているなら、『力』を弄ったら大丈夫ですよ」
「読んだよ、金貨で筋力が上がるらしいな。けど、勝ちにいくなら短剣だ。カタナが見たいなら、また今度な」
「今度、見せてくれるんですか?」
ナインは妙に食らいついてくる。
外国人特有の、忍者や侍への憧れのような感じだ。
「ああ、今度な。あと、質問だ。金貨5枚を上手くやりくりしたら、対戦相手に刃が通らなくなるなんてことはないよな」
「ええ、5枚程度でそんなことはそうそう起こりません。けれど、相手が防具を買っていれば、そこは通りません」
「わかった。『短剣』『投げナイフ』に2枚、速さに3枚払う」
俺は全ての条件を吟味し、答えを出した。
「勝利条件は殺すことですよ? 投げナイフが一つや二つ刺さったくらいでは終わりませんよ」
「わかっている。けど、他のは扱えない。扱えないものを持つくらいなら、砂を投げた方がいいくらいだ」
「ふうん、私なら長剣か槍を選びますけどね。重いとはいえ、腕力をあげれば、殺傷力とリーチ共に優れた武器ですから」
そう不満をたらしながらもナインは宙から短剣の束を取り出す。
柄のしっかりしたナイフが2本と、軽量化された投げナイフが3本。『魂の写本』に書かれたとおりの『装備』だ。俺はそれを貰い、感触を確かめる。
「ちゃんと投げれそうで良かった。これで大体の相手に、先手がとれる」
「練習もなしじゃ、当たりませんよ?」
そう言ってナインは軽く手を振った。それに呼応するように、部屋の一角が歪み、扉が創造される。
「練習部屋を用意しました。わら人形とか立てておきましたので、練習してください。時間も少ないですので、ささっと投げてきてください」
「便利なもんだ」
俺もぶっつけ本番は望むところではない。言われるがままに、扉へと進んでいった。
扉の奥には、人間大の人形がぽつんと立った、真っ白な空間が広がっていた。
俺は急いでナイフを人形に向けて投げ始める。
残り時間は10分ほど。
あとはナイフを投げる練習と、ナインに軽い質問をして終わる予定だ。
俺は驚くほど落ち着いていた。
夢のゲームと信じて、勝つことだけに集中したのが幸いだった。
それは偶然が重なった結果かもしれない。もしくは、ナインが巧妙に誘導した結果かもしれない。何にせよ、俺の精神状態は、この戦いにおいて考えうるベストに近かった。
練習部屋で投げナイフの練習を行い、5メートル先にある藁人形ならば当たるようになった。ただ、これが動く人間ならば、当たらないだろう。しかし、それは相手も同じだ。
もし、近接戦闘一辺倒の相手ならば30分間逃げ続け、焦れてきたところで心理戦を交えたチキンレースに持ち込む予定だ。あのルールを読む限り、戦いに利用できそうなのは『1時間以内に決着がつかなければ両者共に死亡扱い』という部分だ。そこを上手く使えば、精神面で有利になれる。
そのための、身軽さ重視の『魂の金貨』配分だ。
ナインにはあまり喋らなかったが、殺し合いに関して俺はそれなりの数の戦術を組み立て終えている。
勝敗がルールによって定められている以上、そういうゲームは俺の得意分野だった。
10分間、勝つことだけを考え、他の事は考えないよう練習に没頭する。
道徳や生死について深く考えてしまえば、敗北に直結すると、心の隅で理解していた。現実的な思考を行えば、勝率が下がると理解していた。俺は液晶テレビに移った世界のキャラクターを操るように、夢の世界の自分を操る。
夢心地に、それでいて冷徹に勝ちにいく。
そして、不謹慎な話だが、勝利へと近づいていくのがとても楽しい。
『ゲーム』と決め付けたときからだろうか。
いや、違う。
その感情は、『魂の写本』で『報酬』の欄を見つけたときから強くなった。
まず、『この世界で得たものは現実に反映される』という一文。
心臓が跳ねた。
さらに、『魂の金貨』を払うことで、物的な報酬も、富、名誉、権威、安全といった形のない報酬も、何もかもが思いのままだった。
平凡な俺を釣るには、十分な誘惑だ。
俺の夢も気を利かせてくれるものだ。夢とはいえ、そんな報酬、考えるだけで胸が躍る。
誰も逆らえない力を持ち、億万長者になり、全人類が俺を認める。
そんな子供の夢見たいな可能性。
俺は笑った。
何より、『安全』の報酬という、確かなゲームクリアの存在も面白い。
実はこの『ゲーム』、『魂の金貨』100枚で『参加の取り消し』をすることができる。
それは、目に見えやすいゴールだった。
勝てば相手の『魂の金貨』を奪えるというルールがある。そして、相手は「同じ条件の『生物』」。つまり、誰かから『魂の金貨』を奪ったであろう『賭命者』から、さらに『魂の金貨』を奪っていくことになる。
おそらく、ゴールまで数回の戦いくらいだ。
非現実な話だが、現実的な数字だと思った。
クリアのあるゲーム。
いつもやっていることだ。なんと簡単な話だろうか。
数回ほど勝利すれば、俺はこの世界の力を現実に持ち帰れる。
夢のような話だ。
ここは夢。それがわかっていても、口が歪むのを抑えられない。
俺は、俺の『悪いところ』が漏れていっているのを感じた。
人として駄目だとわかっていても、止められない。
冷や汗を垂らし、薄く笑いながら、俺はナイフを投げる。
恐怖と興奮を抑えつけ、冷徹を心がけて投げ続ける。
時間は、約束の三十分を過ぎようとしていた。
一回戦は説明がほとんどですね。チュートリアルみたいなものです。
主人公独特の才能システムは未公開のままですが。