1.一回戦『異世界編』 たった二人のための『地平線の天国』へようこそ
オンラインゲーム系を書くのが楽しそうだったので釣られました。
月曜日なんて来なければいいのに。
そう思いながら眠り、それは現実となった。
月曜日は訪れず、日曜と月曜の狭間を俺は彷徨う。
時を引き伸ばすような虚脱感と、世界が色を失っていく錯覚の中、俺は目覚め、声を聞く。
「――ようこそ。最果ての世界、『ホライゾンヘヴンオフライン』へ。我々は勇気ある参加者たちを心から歓迎します。これから催されるは、心躍る魂と魂のぶつかり合い。間違いなく、狂いなく、皆様方の心を満たしてくれることに違いありません。我々一同、あなた様方の健闘と賢答を心から願っております。……というメッセージを預かっています」
抑揚なく棒読みした少女は不気味過ぎた。
背は俺よりも頭二つは小さい。華奢な体つきに、薄くて白い絹のローブのようなものを羽織っている。一見すると、かよわい少女と映る。ただ、足元まで届くほどの長い銀の髪、人形でも再現できそうにない整いすぎた異人の顔、禍々しく沈む赤い瞳、どれをとっても異常だった。
同じ人間とは思えない。現実味を全く感じられない何か。それが第一印象。
俺は少女という非現実感の塊から目を逸らして、周囲をうかがう。
広い空間だ。一般的な学校の体育館ほどの広さはある、石造りの天井と壁。ただ、その石造りの石が、どれも美しく煌いていることに俺は目をこする。
部屋は宝石で出来ている。それが、その事実は俺の常識を侵食する。
足元には金砂が流れており、空間の中央に位置する噴水からは青い宝石の粉が噴出している。その周囲を、クリスタル、アメジスト、トパーズ、ルビー、エメラルド、といった様々な宝石で、美しい意匠を凝らした幻想的な花畑が演出されている。
美しいことは美しい。けれど、この空間の煌びやかさは人を害している。俺はそう思った。
俺は水晶の椅子に座っていた。
目の前の少女も同じく、水晶の椅子に座っている。
眩暈がしている俺に、少女は言葉を続けた。
「私はあなたの『助命者』です。先ほどのメッセージ通り、今から29分24秒後、殺し合いが発生します。質問があればどうぞ……」
そう言って、少女は手のひらを俺へと向けた。
質問があれば、許されるらしい。
しかし、言葉は出ない。頭の中に疑問の言葉は激流のごとく溢れだしている。けれど、それが喉から上手く発声されない。
これは何だ?
ここは何処だ?
こいつは誰だ?
何もわからないから、リアリティを保てない。ただ、最後の記憶はベッドで眠ったところで途切れている。だから、これは夢と判断するのが妥当である。
妥当なのだが――、いや、そう思うのが、今はベターな選択だろう。
俺はそう決めると、落ち着きを取り戻し、荒れ狂う疑問の波から適切な言葉を選び取った。
「……え、ええと初めまして。まず、君は――?」
「自己紹介ですね。あなたの『助命者』のCスフィア・ナインです」
少女は乱れなく、日本語で自己紹介を行う。呆然と日本語で問いかけたが、普通ならば異国の少女に言葉が通じるはずもない。――のに、異国の少女は流暢な日本語で返答した。日本育ちなのかもしれない。もしくは留学生。そうでなくては説明がつかない。
そして、珍しい語感の名前だと俺は思った。どこの国の名前なのかわからないのは、自分の浅学が理由なのか、それとも違う理由なのか、その判断はつかない。
「俺は想本累……。合玉市に住む、高校生で――」
「――いえ、それ以上はいいです。あなたの情報は全て知っています。ソモウトルイ、16才、身長169センチメートル、体重53キログラム、好きな食べ物は麺類、特にパスタ、嫌いな食べ物は生のトマト、成績は――」
「――も、もういい」
「はい」
俺は少女の言葉を切る。あのまま個人情報を羅列され続けても恐ろしいだけだ。
気を取り直して、次の質問を問いかけようとする。
「それで、えっと、ナインちゃん、でいいのか?」
「ちゃん――?」
異国の少女――、ナインちゃんが話しやすいように、俺はできるだけ優しく言ったつもりだった。ただ、彼女は驚いた様子を見せて、目を丸くしている。そして、わなわなと震えて、自分のてのひらを見つめている。
「えっと、ちゃん付けは、駄目だったか?」
「いえ、かまいません。言い易いように、ご自由に。ご自由に……」
ただならぬ様子を見せるナインちゃんである。少し機嫌が悪くなっている気もするので、言い直すことにする。
「じゃあ、ナインって呼び捨てで。シィスフィアがファーストネームなら、そっちで呼ぶけど?」
「いえ、ナインのほうで結構です……」
「わかった、そうさせてもらうよ。それで、ナイン。俺は状況が全く飲み込めない、何か知っているのなら、説明して欲しいんだけど……」
「いいですよ」
ナインは咳払いをして、ゆっくりと話し始める。
「私は不器用なので、教科書通りの説明をさせてもらいますね。
――これからあなたは、同じ条件の『生物』と100回ほど殺し合いを『強制』させられます。
初戦は28分58秒後に、ある空間に移送されてから開始です。
そのためにあなたは、違う世界からこの世界へと『スカウト』されました。拉致とも言いますね。
そして、私はその殺し合いを補助する『助命者』。この部屋は殺し合いのための準備を行う、『控え室』。
今、あなたは殺し合いに勝利するため、最善の準備を行っている最中です――
……という説明文を私はもらっています」
淡々と告げられる妄言。
言葉の端々を捉えて、俺が理解できたのは、俺は拉致され、これから殺し合いを強制されるということだ。
「え、えっと。し、信じられないんだけど…・・・」
「そうですよね。――そうでした」
俺の返答に大して、ナインは冷ややかな反応だった。
そして、不可解だった。「そうですよね」はわかるが、「そうでした」とはどういう意味だ。
目の前の少女の真意を探ろうとして、息苦しくなり、眩暈が強くなる。
咄嗟に俺は両手で顔を覆う。不可解すぎて、脳が追いつかないせいだろう。
現実感が追いつかない……。
この現実味のない浮遊感。俺には心当たりがある。
夢を見ているときの感覚だ。
俺は目を強く閉じて、夢から覚めようと努める。
きっと荒唐無稽な夢を見ているのだ。
でなければ、こんな空間などありえない。でなければ、こんな銀の少女が日本語で喋るわけがない。でなければ、こんな物騒な言葉が飛び交うわけがない。
ゲームのやり過ぎで、こんな夢を見るのだと思った。
だから、目を覚まそうとする。
目に力を入れ直して、見開く。そして、強く閉じる。それを何度も繰り返す。
ただ、その行動自体に実感が伴いすぎていた。感触が確かに在りすぎていた。夢特有の曖昧さがそこになく、現実特有の鮮明さしかない。
どれだけ、それを繰り返しただろう。
俺は途方にくれて顔を上げる。
「目が、覚めない……」
「…………」
少女は無言を持って応える。
俺は幼い頃を思い出した。
大型デパートで迷子になったときの記憶。あのときの心細さを思い出す。
どこか遠い別世界で、たった一人取り残されたような不安感が俺を襲う。周りの大人たちが敵意をもった巨人にしか見えない恐慌状態。
俺は普通の学生だ。妹のように出来がいいわけじゃない。
どこにでもいる何のとりえもない学生だ。
普通に弱い。――ことになっている。
予想外のことが起きると、弱り、途端に情けなくなる。
そして、自分に自信がないから、自分で解決しようとはしない。すぐに他人を頼る。答えを自分から搾り出そうとは、決してしない。――してはいけない。
ゆえに、俺は弱々しく呟く。
「え、ど、どうすればいいんだ……?」
他人頼りで、甘々で、頭の足りていない台詞。
もし俺が強ければ、他の言葉を紡ぎ、より良い行動を起こしていただろう。
例えば――、少女から言葉巧みに多くの情報を引き出すということもできただろう。強気な態度で少女を脅すこともできただろう。少女ではなく、もっと話の確かな大人を探すこともできただろう。部屋を調べ、違う空間を見つけることもできただろう。冷静に状況を整理して真実を突き止めることもできただろう。
けれど、俺にそんなことはできない。それはちょっと、強すぎる。
相応しくない行動だ。
だから、俺はそんな情けない選択しか選ぶことができず――
「――ナイスです。大変素晴らしい『質問』です。5分以内で、その一手を打ったのは大きいリードですよ、ルイさん」
――それは大変喜ばれた。
「『条件』クリア――、まずは凶器を手に入れましょう」
そして、少女は恐ろしいことをさらっと言う。
「きょ、凶器……?」
「はい。凶器より、武器のほうが慣れ親しみやすいでしょうか。どうも、あなたはあなたの世界で言う『ゲーム』に傾倒しているようですので。とにかく、武器がなければ一回戦の生存率は著しく低下します」
ナインちゃんは『ゲーム』と言った。
それは俺の中のパズルに上手く当てはまった。
「……『ゲーム』」
それは俺の迷いを覆い隠す言葉だった。何の長所もない俺だが、ゲームならば一日の長があると自負している。
何の才能もなく、期待もできない俺は、いつもゲームに逃げていた。貴重な時間をそれに当て続けてきた。ゲームができないときは妄想していた。自分が活躍するイメージ。思春期の男子学生特有の病にかかっていた。重病の自覚さえある。
ふと、思う。
これは、いつもの妄想の1つではないかと。
ゲームの妄想を夢で見ている。そう言われると合点がいく。
視点が遠ざかる気がした。
五感の拾っている情報が簡略化されていく。思考回路が日常生活のそれから、ゲームをしているときのそれに代わっていく。
元より、自分を自分と思わないのは得意だったが、ゲームをしているときは、それに拍車がかかる。
心が遠ざかっていく感覚。
心の健康によくないのはわかっている。けれど、それが、普通に得意なのだから仕方がない。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、ナインはそれに乗っかり説明を続けていく。
「ええ、『ゲーム』みたいなものです。『ゲーム』で表すのがあなたにとってわかりやすそうです。今、あなたには『魂の金貨』、通称『魂の金貨』が5枚あります。それを使って、『装備』を買うか、『力』を得るか、『才能』を身につけていくかを決めるのです」
「……まさに『ゲーム』だ」
俺は方針を定めた。
ああ、夢だ。妄想だ。血迷った俺が作り出した『ゲーム』だ。
ここは現実じゃない。
なら――、やめてもいいじゃないか。飾るのはやめよう。
ありのまま、夢を楽しもう。
「ルイさん、どうしました……?」
ぼうっとしていた俺を、ナインは不審がる。
「いや、なんでもないよ。ナインの言っていることは、確かに理解したよ。これは夢で、『ゲーム』なんだね?」
「はあ、『夢』、ですか……。確かに、夢のようなものですが……」
ほうら、やっぱりそうじゃないか。
なら、いつも通りだ。
いつも通り、ゲームを始めよう。
「だったら、遠慮はいらないな。だって、ナインは夢の中の登場人物なんだから、取り繕う必要もない。あははっ、いいね、楽しそうな『ゲーム』だ!」
「ちょ、ちょっと、人が変わったようで怖いですね、ルイさん。こんな状況ならば、無理もないですが……。いえ、逆によかったかもしれません……」
普通でないところ――、俺の『悪いところ』が少しだけ開放される。
急な俺の変貌にナインは少々驚いたものの、すぐに気を取り直し話を進める。
「では決めてください、ルイさん。『装備』か、『力』か、『才能』か。まず、『装備』を選ぶことをお勧めします」
「俺はチュートリアルはきっちりこなす派だし。CPUの助言を無視するプレイスタイルでもないよ。ナインの言うとおり、『装備』を手に入れようか」
そもそもCPUの発言というものは、製作者が用意した道案内なのだ。快適にゲームを楽しんでもらうため、クリアしてもらうための「お願い」なのだ。それを無視するやつは、縛りプレイを好むマゾと同じだ。
ちなみに、俺は違う。
楽しむために苦難が必要な性格はしていない。製作者の用意したクリアの保障されたルートをまったりと楽しむタイプだ。
「では、こちらの『魂の写本』をどうぞ。いわゆる、説明書です。カタログでもありますね。中から、買う『装備』を選んでください」
ナインは何もない宙から本を取り出す。そして、俺にそれを手渡す。
すごい。『夢』ってすごいな、なんでもできる。
「ありがとう」
「ページは後ろの方の、300ページあたりを開いてください」
俺は言われるがままにページをめくっていく。
そして、様々な武器が描かれているページへと辿り着く。
「へー、ルイさんの『魂の写本』、バランスがいいですね」
いつの間にかナインは椅子から立ち上がり、俺の背後から『魂の写本』を覗き込んでいる。
この言い方だと、まるで『魂の写本』は人の数だけ多種多様に存在しているかのようだ。いや、そうなんだろう。
『ゲーム』的に考えるなら、そういうことだ。
「バランスがいい?」
「ええ、ルイさんの世界出身ですと、機械類が多いものなんですがね。ちゃんと、剣とか弓とかもあります。ブレードソード、カタナ、フランベルジュ、カタールといった細かい仕分けまでされていますね、本当にゲームが好きなんですね」
「褒めているのか、馬鹿にしているのか、わからないんだけど」
「いや、運がいいって言いたいだけです。複雑なもの、特に機械系は値段が張りますからね。なるたけ、『人間』としての力で戦える物のほうが安く手に入るんです。世界が贔屓してくれます」
確かにナインの言うとおりだった。原始的な武器は1枚の金貨しか必要ないが、拳銃といったものは桁が違う。
「俺の所持金は金貨5枚だっけ……。うーん、よくわからないな、この中から適当に買えばいいのか? どれを買えばいいと思う?」
「う、うわあ、何でも聞いちゃうんですね。いえ、それがルールに抵触しないベストな方法なのは確かですが、恐ろしいまでに他人本意ですね。ルイさんって……」
「身の程を弁えていると言ってくれ。無理な冒険はせず、説明係の言うことを聞くのが、俺のスタイルなんだ」
買い物をするときは店員の説明を必ず聞くし、初めての店で食事をする時だってお勧めを聞く。
俺は苦笑しながら、自分の情けないスタイルを伝える。
秀でたものを一つも持たず、むしろ『悪いところ』ばかりの俺は、自分の選択を信用できない。
そのための処世術として、迷ったら誰かの意見を聞くというのが習慣づいている。俺はそれを個性の一つとして受け入れている。
咄嗟に処世術が出てしまったが、様子見するには、丁度いい手だ。
「うーん、そうですね。息の根を止められる刃物なら何でもいいんですが……。地球の日本人ですから、カタナとかが良いんじゃないですか? あ、あと25分くらいです」
ナインは曖昧な助言と共に、カウントダウンを告げる。
ただ、そこに事務的な様子がないことに、俺は不安を覚える。お助けキャラの確信的なお勧めには見えない。ナインという少女が、本当に私的な意見を述べているように見える。
俺はナインの言葉を踏まえて、『魂の写本』に書かれた情報を読み込む。
「いや、記述された重量を見るかぎり、俺には扱えないんじゃないのか?」
「いえ、余った金貨で『力』を買えば、問題ありません」
なるほど、オンラインゲームでいうところのSTR(筋力)を上昇させることで、本来ならば扱えないものも使えるようになるわけだ。
「なるほど……、それなら手に入る『力』『才能』に目を通してから決めたほうがいいかもしれないな」
「理想はそうですが、時間内に武器を決めておかないと確実に死にますよ。それだけは気をつけてください。あと24分とちょっとです」
武器がないと死亡確定らしい……。
けど、焦るからもう少し言葉を選んで欲しい。
「『装備』は最後に決める。そのほうが効率的だ」
「いいですけど、余裕かましていて死んでも知りませんよ」
「選択を間違えて後悔するほうが嫌だ。いいから、次行こう」
「金貨数枚で手に入る『力』『才能』くらいでは戦況を左右しませんから、私としては『装備』に時間をかけて欲しいんですけどね……」
そう言って、ナインは背後から俺の『魂の写本』をめくって、ページを『力』が書かれているところまで移す。
そこには俺の名前を含む、よくわからない項目が三行だけしかない。
―――
『力』
User 想本累
外的影響力F 内的影響力F 運命抵抗力A
―――
「なんだこれ……」
「ええと、これが『ホライゾンヘヴンオフライン』の基本ステータスですね。それにしても、『運命抵抗力A』……?」
「いや、それ以前の話だろ。普通、筋力とか体力とかそういうのが出るだろ。俺がやってた『ホライゾンヘヴンオンライン』ではHPとかMPとか、ちゃんとあったぞ」
「あれは一般人にも普及しやすくするため、見易くしたものです。そういうのは外的影響力に含まれますね」
――
外的影響力F
筋力0 体力0 HP0 MP0
――
「ゼロじゃん。HPゼロとか、それ俺死んでるじゃん……。というか敏捷とか魔力とかのステータスもないし……」
「必要なら敏捷とか魔力とかの項目を足しますよ。けど、足しても、どれもゼロです。参加したてのルイさんは何の恩恵もありませんからね。どれも人並、という意味でのゼロです」
「……現状はゼロ。けれど、項目は必要なら足せる。……つまり、『力』では俺が必要と思ったものなら、何でも強化できるということなのか?」
――
外的影響力F
筋力0 体力0 HP0 MP0 機敏0
――――
内的影響力F
魔力0
――
俺たちの会話に反応して、『魂の写本』の『力』に文字が足される。
「その通りです。勘が冴えてきましたね」
「ま、ゲームは得意分野だからな……」
つまり、ここで筋力を強化すれば、俺は刀を振り回せるほどの筋力が手に入るというわけだ。
この傾向からすると『才能』もそれに近そうだ。
「大体、わかった。次は『才能』だな。ま、『力』を見る限り、なんとなくわかるけど」
「はい、『才能』ですね。失礼しますよー」
先ほどと同じように、ナインはページをめくっていく。