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11.三回戦『現実編』 休息

 俺は午前中に買い物を全て終わらせ、すぐに昼食の準備へ取り掛かった。

 ナインはリビングで扇風機やテレビといった家電製品と戯れている。その様子を眺めていると、いつの間にか時間が過ぎていってしまうので、余所見せずにフライパンと向き合う。


 結局、昼食はステーキが選択された。

 現代人の俺でもステーキなんて久しぶりだ。フライパンを握る手にも、妙に力が入る。


 俺は料理が得意じゃない。

 しかし、得意じゃないなりに時間と手間をかけてステーキを完成させる。インターネットで調べた手順通りにやったから、そこまで酷いことにはなってないはずだ。 


「良い匂いがします……」


 皿に盛り付けるところで、匂いに釣られてナインがキッチンまでやってくる。とことこと歩いてくる姿が可愛らしい。


「牛肉のステーキだ。食べたことあるか?」

「ふむ、これは食べたことありますよ。夏至のお祭りで頂いたことがあります。……今日は何かの記念日なのですか?」

「いや、別に……。強いて言うなら、ナインの歓迎記念だな……」


 少しだけ残念だ。

 実を言うと、「こんなの見たことないです!」とはしゃぐナインを期待していた。


 流石に単純な肉料理くらいは食べたことがあるみたいだ。

 俺は盛り付けた皿を運び、ナインをテーブルに促す。


「いただきます」

「いただきます」


 俺とナインは手を合わせて、昼食を食べ始める。

 昼からステーキだなんて俺も初めての経験だ。もう少し軽い料理にしたほうが良かったかもしれないと俺は後悔する。慣れないことをしようとすると、こういう失敗をしてしまう。


 しかし、そんな俺の不安を吹き飛ばすように、ナインは顔をほころばせる。


「お、美味しいです! なんて贅沢なっ!」


 フォークをグーで握って、ステーキを横からかぶりつくナインはまじプリティーだった。

 どうやら、彼女はフォークを使ったことがないようだ。食事に夢中になっているナインを眺めながら、俺はじっくりと情報を整理していく。


「そりゃよかった。それなりにするからな、この肉」

「けしからん世界ですね、こんなお肉が簡単に手に入るなんて」

「まあ、物質的な充足はしているよ……。限定された国だけだけどな……」

「限定された国だけですか……? 色々とありそうですね。今度、『最果ての塔ホライゾンヘヴン』に戻ったとき、検索をかけておきます」

「そうしてくれ。一から話すのは面倒くさい」


 というより、きちんと説明できる自信がない。

 世界が差別で溢れている理由なんて、俺には難しすぎる。


「いや、それにしても美味しいです。というか、昔食べたお肉と大違いです! 柔らかいし、なんかぴりぴりして刺激的です! 調味料が違うのでしょうか!?」

「塩、コショウ、あとニンニクだ。うーん、もしかしてコショウが初めてだったか?」

「コショウ……? ああ、これが、あの!」

「おまえの反応で、謀らずとも故郷の情報が手に入ったな。ろくなもん食ってねえな、おまえんところ」

「いやぁー、ぁはは……」

「自分より下の存在を見てると、ほんとささくれた心が落ち着くな。あとで、もっともっと美味いもの食わしてやるよ」

「ナチュラルに軽くひどいこと言いますね、流石ルイさん……。しかし、さらにこれ以上があるのですか?」

「ああ、あると思うぞ。金はかかるけどな」

「あ、やっぱり、お金がかかるのですね。ルイさんのお金が消費されるのなら、遠慮を――」

「――気にするな。大した値段じゃない」


 俺はナインの気遣いを一蹴する。

 そこに嘘はない。


「金が減るのは確かだが、そこまで手痛いものじゃない。いくらでも補充できるしな」


 そう言って、俺はリビングのテレビの横にある棚からゲームの箱を取り出す。

 ナインはそれが何なのかわからないようだ。

 首をかしげて、それを細目で睨んでいる。


「ああ、これゲームソフトだよ。これを売れば、いいお金になる。俺にはもっとやり応えのある『ゲーム』があるから、もう惜しくは――」


 俺がゲームソフトであることを教えると、ナインは顔を輝かせた。


「――どうした?」

「い、いえ、情報では知っていましたが、これが実物ですか。ルイさんの『魂の写本マニュアル』が充実している理由、『ゲーム』ですね」


 ステーキをもぐもぐしながら、ナインはそわそわとし始める。


「……やってみるか?」

「え、やっていいんですか!?」


 ナインはぱあっと顔を明るくする。やっぱり、やりたくて仕方がなかったようだ。 

「もちろん。趣味を共有できるのは大歓迎だからな」

「や、やります。やらせてください!」


 ナインは手をあげて喜ぶ。

 これでナインがゲームについて詳しくなったら、俺の『最果ての塔ホライゾンヘヴン』に対する考え方への理解も深まるかもしれない。悪くない話だ。


 俺とナインは午後から行うゲームに心躍らせながら、美味しいステーキを食べていく。

 

「ゲームを売るのは後にしようか……。金は、貯金でも崩すか……」


 ナインが遊ぶのならば、無駄なゲームは一つもないことになる。

 俺は資金補充の当てがなくなり、自分の貯金の残高を思い浮かべる。おそらく、ナイン一人を喜ばせる程度ならば、何とかなるはずだ。


 そして、昼食を終えた俺は食器を洗い、リビングでゲームの準備を始める。

 ナインの念願のゲームを起動し、俺はどんなゲームならばナインが楽しめるか悩む。


「おお、箱から光が。これが『てれびじょん』というやつですね」

「そうだ。テレヴィジョンだな。久しぶりに聞いたぜ、テレヴィジョンって……」


 俺は棚から色々なジャンルのゲームを取り出す。

 俺と妹の好みは正反対なので、多種多様なゲームが揃っている。


「なんか変な音がしますけど……?」

「ただの起動音だ。気にするな。……うん、まずはメジャーなアクションゲームからいってみるか」


 俺は適当なゲームディスクを入れた。


「おっ、お祭りの音楽が聞こえます。これを聞いて楽しむのが『ゲーム』ですか?」

「惜しいな。それだけなら『音楽プレイヤー』だ」


 ゲームのオープニングムービーが始まる。

 それに合わせてテレビの中の映像が色付き、現代の技術がふんだんに込められたムービーが流れていく。


「箱の中で、景色が動いています……! これが『ゲーム』……!?」

「いや、それだけならただの『DVDプレイヤー』だな。もしくはブルーレイ。そうじゃない」

 

 俺はゲーム機のコントローラーを取って、ナインに差し出す。


「ほら、これ持て。コントローラーだ」

「コントローラー?」


 ナインは親指と中指だけでコントローラーのはじっこをつまんだ。


「あざといくらい可愛らしい持ち方だな。あざとさを推してくるそんなナインは嫌いじゃないぜ?」

「あざといって言わないでください……。ほんとにわかんないですから……」

「なら先は長そうだな。面白そうだから、いいけど」


 俺はもう一つコントローラーを取り出して、ナインに手本を見せてやる。


「なるほど。そう持つんですね」

「それじゃあ、始まるぞ。これが俺の世界のゲームだ」


 そして、俺はナインとゲームを始める。


 当然、そのプレイは拙くて見ていられなかった。

 ボタンを押すたびに掛け声を上げ、びっくりすると身体がびくんと震えるナインだった。


 けれど、説明書を読み込み、少しずつ上手くなっていく。

 それを子供のように喜ぶナインを見ているだけで、俺は彼女をここへ連れてきてよかったのだと思えた。


 ナインという少女に『最果ての塔ホライゾンヘヴン』なんて場所は似合わない。


 俺はまだ『最果ての塔ホライゾンヘヴン』の何も知らない。

 けれど、ナインをあの世界から奪ってやりたいと思った。


 強欲にも自分の命だけでなく、この少女の命も手に入れたいと思ってしまったのだ。



◆◆◆◆◆



 ゲームをやり続け、数時間ほど経ったところで、ようやく俺たちは我に帰った。


 来週にはまた、あの凄惨な殺し合いが待っているというのに、このまま暢気に一日目を終えて良い訳がない。


 俺とナインはコントローラーを置いて自省する。

 生き残るためにも、早めに方針と対策を考えないといけない。


 そろそろ日が落ち始める夕方の手前。

 俺とナインはテーブルについて、厳しい顔で向かい合っていた。


「さて、そろそろ真面目に『最果ての塔ホライゾンヘヴン』の攻略を始めましょうか……」

「そうですね、いつの間にか恐ろしい時間が過ぎています……。ゲームって怖いです……」

「まじで危ない。遊びすぎた。早くしないと、妹が帰ってくる」


 妹が帰ってくると、行動が制限される。

 ナインと鉢合わせにならないよう気を張らないといけるなくなる。そうなれば、ゆっくりと『最果ての塔ホライゾンヘヴン』について話すのは難しいだろう。


「まず、『魂の写本マニュアル』の確認だな」

「どうぞです」


 ナインから『魂の写本マニュアル』を受け取り、俺は最も気になっていたページを開く。


――

『才能』

User 想本累

器数2

狙いエイムレベルⅠ』:ランクFスキル:-5:修得済/売却可

『パイロキネシスレベルⅠ』:ランクEスキル:-15:修得可/売却可






――


「やっぱり、『才能』が増えてる……」

「ほんとですね……。『火炎魔法』ですか……」

「え、火炎魔法?」

「え?」


 ナインの見えているものと自分の見えているものが違う。そう思って、ページを見直す。


――

『才能』

User 想本累

器数2

狙いエイムレベルⅠ』:ランクFスキル:-5:修得済/売却可

『火炎魔法/パイロキネシスレベルⅠ』:ランクEスキル:-15:修得可/売却可






――


 すると、ページの文字が揺らめき、『火炎魔法』という言葉が浮かび上がる。

 まるで、向きを変えると絵が変わる玩具、レンチキュラーのように文字が変わる。


 『パイロキネシス』と見えるときもあれば、『火炎魔法』と見えるときもある。


「言葉は重要じゃないのか……? 読む人の捉え方次第……?」


 俺はナインに合わせて、炎を発する力を『火炎魔法』と信じ込む。


――

『才能』

User 想本累

器数2

狙いエイムレベルⅠ』:ランクFスキル:-5:修得済/売却可

『火炎魔法レベルⅠ』:ランクEスキル:-15:修得可/売却可






――


 そうすることで、『パイロキネシス』という単語は消え去り、『火炎魔法』だけが残った。


「なるほど……、そういうことか」

「え、え? どうしました、ルイさん」

「いや、何でもない。もう大丈夫だ」


 ナインに合わせた以上、もう齟齬は発生しない。


「おそらく、俺は一戦ごとに『才能』が増えるんだろう。そういう力があるみたいだな。細かな『条件』はわからない……、けど、もしかしたら敵の殺害がキーになっているかもしれん」


 俺は俺の考えをナインに話す。

 俺の見解を聞いたナインは考え込む。

 

「……殺害が魂の可能性を呼び起こしている? いや、そんなはずは……。魂の可能性は、最初から決まっているから……」

「憶測だが、殺した相手の魂を奪っているような気がする。火を噴くやつを殺したから、炎の『才能』が手に入った。『ゲーム』的には自然だ」

「魂を、奪っている……?」

「感覚的にそう感じる。正確には『魂の器』を、人の格を、奪っているような……、そんな感じだ……」


 そう感じる。

 偽りのない正直な感想だ。


 数字だけで言えば、『魂の金貨ライフ』は10枚から20枚に増えた。それは相手の命、――魂を奪ったのと同じこと。


 今、俺の中には一人分の魂ではなくて、計四人分の魂があるような、そんな重みを感じる。


「今の私たちでは憶測しかできませんね。今は一戦毎に『才能』が増えていることを喜びましょう」

「そうだな。と言っても、今は修得できないが……。なあ、この売却可ってなんだろうな……?」

「本来ならば、こんなものはないので……。私にはさっぱりです」

「大体、予測はつくが……。売却と書いている以上、下手に試せない。大事な『才能』を失うかもしれない。……ディノに聞いてみるしかないな」


 あいつならば詳しい話を知っていそうだ。

 それらしいことを言っていた。


「残るは基本的なステータス上げだな」

「そうですね。装備を買い足してもいいんですよ?」

「過剰になる武器がもったいないけど……、確かにそれも魅力的だ……」

「ルイさんには新しい『才能』、『狙いエイム』がありますからね。遠距離武器の弓などに切り替えたほうがいいかもしれません」


 俺はイメージ内で弓を使う自分を思い浮かべる。


「……いや、だめだ。やっぱり、装備は買い足さない」


 全く扱える気がしなかった。

 いや、扱えたとしても1対1に向いている武装だとは到底思えない。


「これから接近戦用の才能が増えないとも限らないからな。なら、今は短剣のための基礎能力を向上させることに集中したほうがいい」

「……確かにそうですね。才能が増える前提だと、話は全然違いますね」

「こういうのは、あっちこっちふらつくほうが危険なんだ。『ゲーム』は基本、極振り最強なんだよ」

「きょ、極振り……?」

「極限まで同じものを高めることだ。『ゲーム』の表現の1つだな。あとで、ネットゲームも教えてやるよ」

「お、新しい『ゲーム』ですね。わくわくします」

「それじゃあ、上げる『力』は前日に決めようか。そんなに焦ることもないし」

「はい。よく考えて決めましょう」

「…………」

「…………」


 気合を入れて『最果ての塔ホライゾンヘヴン』について話そうと決めたものの、そんなに話すことはなかった。


 沈黙がリビングを支配し、手持ち無沙汰になったところで、ナインはいそいそとゲームへ向かおうとする


「ちょっとまて。反省を活かそうぜ。ゲーム三昧は回避だ、回避」

「え、回避しちゃうんですか……?」


 ナインの首根っこを掴んで止める。


「そんな残念そうな顔をするな……。前言を撤回しそうになる……」

「え、そんなに残念そうな顔でした……?」

「ああ、今にも泣きそうな顔だった。そういうの卑怯だからなしの方向で」

「ひ、卑怯って言われましても……。いつの間にかですので……」

「それはそれで卑怯だ。とにかく、違うことするぞ」

「はあ、違うことですか」


 そして、俺は買い物袋から朝買ってきたものを取り出す。

 適当な帽子と女性用の髪染めヘアカラー、そして理容用のハサミもある。スキハサミは家にあるので買っていない。


 他にも変装用の小道具を色々と買ってある。


「外を見てみたいって言ってたろ?」

「はい、見てみたいです……」


 その道具たちを見て、ナインも俺の目的がわかったようだ。

 俺はどうしたらナインが目立たなくなるかを考え、彼女からも意見を聞こうとする。


「さて、その髪なんだが――」

「――き、切りましょうか?」


 とりあえず、帽子の中に全て隠せるかを確認しようとしたら、ナインは思いのほか積極的に意見を出してきた。


「え、切るのか? すごい綺麗だから、大切にしてるのかと思ってたけど」

「いいえ、そんなことないです。むしろ……」


 ナインは言いよどむ。その態度から、さほど髪を大切にしていないことを感じ取る。

 なので――。


「じゃあ、ばっさりいくか?」

「…………」


 ナインは無言になった。


 言ってから後悔した。あまりにも女心を解していない発言だったかもしれない。

 普通、女性というのは髪を大切に思うものだ。ナインも口ではないがしろにしていても、心のそこでは切りたくなかったのかもしれない。


「いや、ばっさりは言いすぎか。えっと、できれば切るんじゃなくて隠す方向で――」


 俺は焦りながら言い繕う。

 しかし、ナインの状態が俺の思っているのと違うことに気づき、言葉を止める。


 ナインは口をぽかんと開け、驚き、どこか嬉しそうだ・・・・・


「ど、どうした?」

「いえ、そういった反応は初めてでしたので……」

「初めて?」

「はい。私の髪を見た人は、誰もが切ることを止めますので……」

「へえ、そうだったのか。確かに、普通ならちょっともったいなく感じるよな」


 俺はナインの長い銀の髪をすきながら、適当な感想を言う。髪の大切さなんて、こんな俺・・・・にわかるわけがない。


「ルイさんにとってはその程度の感想なんですね。ちょっともったいない程度。ふふっ」


 それを聞いたナインは微笑む。

 希望の光を見つけたような顔だ。


「……えっと、だめだったか?」

「いいえ、大変気分がいいです。ナイスです、ルイさん」


 穏やかに目を瞑り、ナインは俺を褒める。


「――この見る人全てを狂わせてきたこの髪を、ルイさんは「ばっさりいくか」と言ってくれました。それだけで、私はとても嬉しいんです」

「お、おう……」


 どうやら、かなり曰くつきの髪だったらしい。それならそうと先に言って欲しい。

 

「……ただ、ちょっとだけ悔しい気持ちもありますね」

「感情があっち行ったりこっち行ったりしてるな。もう少し落ち着けよ」


 しかし、すぐにナインは逆の感想を言う。気難しい年頃のようだ。


「髪は女性の魅力を担っているそうです。――髪を切ろうとするのを止めてきた人は、大抵、「その美しい髪は君に似合っている」とか、「その銀の髪を靡かせる君は最高の女性だ」なんて言ってくれました。つまり、ルイさんは私に女性としての魅力を感じてくれなかったことですよね?」

「ああ、そういうことか……」


 切る前にまず褒めないといけなかったらしい。

 それは聞いたことある。女の子が髪型を変えたら絶対に褒めろ云々など。それが普通・・らしい。 


「いやいや、そんなことないって。すごい綺麗な髪だ。誰が見ても、おまえは美少女だって」

「その「誰が見ても」にルイさんは入ってますか?」

「ああ、入ってるさ。普通に考えて・・・・・・、おまえは綺麗だよ」

「そうですか……」


 ナインは悲しそうに笑って頷いた。


「なんだか、初めて伸ばしておきたいと思いました。この髪。なんとかなりませんか?」

「とりあえず、大きめの帽子を被って、髪を服の中に入れてみてくれ。こう身体に巻きつけてたら、うまく隠せないか?」

「ふむ。やってみますね」

「まて。ここで脱ごうとするな。向こうの部屋で着替えてみろ」

「あ、すみません……。ついつい……」

「あと、ちゃんと服着て戻ってこいよ。髪で隠してるからって、服着てることにならないからな」

「やですね。そんなことしませんよ?」


 そして、その日は妹が帰ってくるまで、ナインのファッションショーが行われ続けた。急に妹が帰ってきたので、ナインは俺の部屋へと押し込んでやった。


 妹の服も使って色々と試していたため、リビングの中はぐちゃぐちゃになってしまっていた。帰ってきた妹はその惨状を見て、俺を気持ち悪そうな目で見る。


 それもそうだ。俺だって、帰ったら妹が俺の服をリビングに広げまくっていたら引く。果てしなく引く。

 そして、俺は今、妹に果てしなく引かれているということだ。


 しかし、その悲しみと引き換えに成果は得られた。

 帽子を深くかぶって、大きめのコートを着ればナインの髪を隠せるということ。あとは水で落ちる染色スプレーでも使って髪の色を変えれば完璧だろう。


 なにより、白のワンピースを着て麦わら帽子をかぶったナインはすごく似合っていたということが今日一番の成果だろう。無理やり着せた甲斐があった。


 こうして、俺たちの一日目は無駄に消費されていったのだった。



「ほんと(異世界迷宮を目指そうで)ささくれた心が落ち着くな。あとで、(精神安定のために)もっともっと美味いもの食わしてやるよ」


ナインを甘やかすだけで何も進んでいませんね。

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