0.零回戦『現実編』 ホライゾンヘヴンオフラインの導入
読み飛ばしても問題ないような、よくある導入導入
俺の名前は想本累、どこにでもいる平凡な学生だ。
目立った長所は一つもない。身長は高くも低くもなく、印象に残らない顔のつくり。運動が得意なわけでも、勉強ができるわけでもない。だからといって普通であることを売りにできるほど中立的な存在でもなく、適度な得意不得意が小さな振り幅の中で存在している。
唯一、他人より大きく逸脱しているのは、この残念なセンスの名前くらいだろう。
両親の西洋かぶれが悪い方向へこじれた結果、名づけられた名前。それを除けば、平凡な男子高校生だ。
普通に、学校のテストの結果に一喜一憂している。普通に、現代っ子らしくゲームが好きで毎月の新作が楽しみだ。普通に、ちょっとした人間関係の揺らぎにいつも頭を悩ませている。
普通に……。
普通に、土日が楽しみで、休日の次の日が嫌いな、そんな学生、――のはずだ。
だから今日も、現代っ子らしく、一日中ゲームをして過ごした。
俺はノートパソコンに映ったタイトルを、ぼうっと見つめる。
『ホライゾンヘヴンオンライン』
神々しい黄金の空に巨大な塔がそびえ立つのを背景に、華々しいタイトルロゴが中央に並んでいる。
俺の土日の時間を丸々奪ったゲームだ。
元々、評判の良いゲームではなかった。レビューを見ても褒め言葉は少なく、自由度が少ないや世界が狭いなど散々にこき下ろされていた。
それとなくそれを始めたのは、学生特有の気まぐれだろう。様々なゲームに手を出し続け、時にはこういった出来の悪いものもプレイしたくなったのだ。
そして、土日を潰した結果がこの虚無感だ。
達成感や満足感なんて一つもない。
不自由なキャラクリエイトシステムから始まり、単調なクエストの繰り返し。それをタイトルに出てくる巨大な塔の中だけで繰り返すしかないという閉塞感。
そして、無駄に導入されたリアルタイムを反映するというシステム。夜のモンスターを狩りたければ夜まで待たなければならず、NPCが明日来てくれと言えば、リアルの明日まで待たなければ進まないシナリオ。
おそらく、一年持てばマシなオンラインゲームだろう。下手をすれば一ヶ月には消えているかもしれない。
俺は苦笑いを浮かべながら、『ホライゾンヘヴンオンライン』を終了させる。
レビューで騒動になっているほどの怒りは感じない。たまには、こんな刺激があってもいいと思う。
ただ、二度とこのゲームのアイコンをクリックしないのは間違いない。
俺はぐっと両手をあげて伸びをする。あくびで体内の澱みを吐いて、ゆっくりと立ち上がる。
時間は19時過ぎ。外はすっかりと暗くなり、階下では母が夕食を準備し終えた頃だろう。
固まった身体の間接を鳴らしながら、一階のリビングへと入る。
そこには生気のない顔で夕食を食べ始めている母と妹がいた。いつも通り、父は仕事で帰りが遅いようだ。俺は無言で夕食の席につき、冷凍食品を解凍しただけのからあげとキャベツの千切りを口に含む。不味くもないが、美味くもない。
家族三人が揃っているというのに、誰も何も喋らない。
これが想本家の食卓だ。誰も家族に関心がない。全員が自己中心的な思考をしており、見せかけだけの家族を演じあうだけの関係だ。
しかし、この状況に、俺は悲しんでもいなければ、喜んでもいない。
テレビをつければ、ニュースではこれ以上の家庭崩壊が毎日のようにささやかれる。家族離散をテーマにしたドラマを見たときは、うちよりも酷い家があったものだと哀れんだものだ。
想本家はよくある冷めた家族の一つでしかない。
俺は夕食を食べ終えて、汚れた食器を台所へと持っていき水につける。
そのまま、二階の自室へ戻ろうとして、声がかかる。
「また、今日もずっとゲームしてたの?」
声に振り返ると、母が顔をしかめていた。どうやら、ゲーム漬けの俺の休日に文句があるようだ。
「そうだけど」
俺は短く言葉を返した。
すると、顔をしかめて母は短く嘆いた。
「そう……」
そして、その後の俺の返答を待つことなく、奥の台所へと姿を消した。
これもいつものことだ。
文句を言うだけで俺と向き合う気なんて全くない。会話をしたいわけでなく、俺と言う存在が気に入らないだけ。自分の思い通りにならない人形に当たり散らかしているのだ。
かつての要望通り、『悪いこと』もせず、普通にしている。しかし、それ以上を母は望んでいる。
母にとって俺は、近所の評判や親戚への自慢、虚栄心や自己満足を満たすための道具でしかない。それがよくわかる一幕だ。
俺は返事もせず、リビングから出ようとする。
すると、妹の一織がこちらをじっと見つめていた。俺とは違う非凡な顔でこちらを見つめている。
母は妹には小言を言わない。
出来が良いからだ。
顔もよければ、成績もいい。運動神経もよければ、学校内での評判もいい。俺とは正反対の存在だ。昔はそうでもなかったが、幼少の頃からの努力が結び、いつのまにか誰もが羨む勝ち組の仲間入りをしていた。
出来の良い妹も俺に文句があるのだろう。口に出さなくてもわかる。
俺は妹の視線を振り切って、自室へと早足で戻る。
大きく息を吐いて、俺はベッドに寝転がる。もちろん、寝る前に勉強などしない。やる気が起きない。母の言うとおりにするのは、なぜだか格好悪いと思ってしまうからだ。
だから、あとは寝るだけ。
今週も、土日が終わることに対して不満を覚えながら眠りにつく。
月曜日になれば学校に登校しなければならない。あの退屈な授業を受けて、頭痛がする問題を解いて、胃の痛くなる人間関係を保持するため奔走しなければならない。
それは普通の学生である俺にとって、陰鬱な事実でしかない。
ああ、日曜日の夜は嫌いだ。
月曜日なんて来なければいいのに。
俺はそう思った。
後日、それはひどく切実なものとなる。
恐怖だけが全てではないが、気楽に「月曜日なんて来なければいいのに」と言えなくなるのは確かだ。
今日が最後だ。
平穏で面白みのない日常は、これで、最後だった……。
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