テロリズム 2
「もしもし、柊です」
会社からの連絡は支援の連絡で、通常のマニュアルでは対応できるようなものではなかったが、なんとか電話連絡のみで対応できた。
「まあ、完全に遅刻なわけだが」
ログイン開始時刻は12:00だったが、現在12:15なわけで。
夕陽との約束に完全に遅れているわけで。
怒られるわけで。。。
いそいそとヘッドギアを装着して、ゲームを起動させる。
目の前の真っ暗な画面には、「waiting for Install」の文字が出てインジケータが動き始める。
インストール画面が終了するとゲーム起動中の文字になり、突然真っ暗な空間に放り込まれるような感覚に陥った。
思わず、「おおっ」と口走ってしまった。
次に視界に飛び込んできたのが、真っ白い空間と中央に居座る少女だった。
「ヴァルキリーオンラインへようこそ。
この世界であなたが生きていく為に必要な簡単なチュートリアルを実施しますか?」
白衣に身を包んだ女性はこちらがどきっとするぐらい可愛い笑顔で語りかけてくる。
まるで本物の少女のようなクオリティに感心しながらも、目の前に表示された「YES/NO」の「YES」をタップして選択する。
「選択ありがとうございます。それではこれからこの世界の簡単な概要とあなたのステータス設定を行います。わからないことがあれば、随時質問いただいて結構です」
「了解した」
そう言うと少女はヴァルキリーオンライン中の簡単な概要について話してくれた」
この世界は神族と魔族が生み出した大地で、そこに人族が生み出された。
人族はこの世界の各地に散らばり、いくつかの国家、共同体を生み出した。
1つの個で絶大な力を誇る神族と魔族は、人間の全という共同体に興味を持ち、それぞれがそれぞれの方法で接触を図る。
神族は人間に奉られ、それらにスキルという技を与え、魔族は人族をそそのかしては魔法を与えた。
・・・・
「ぶっちゃけると神族と魔族が対立していて、人族はそれらの駒みたいなものです。強力な手駒にして相手方の種族をやっつけろ的な」
「えええ?途中で雑になった・・・」
「はい、では次にいきます」
「ええ?めんどくさくなったの?」
「いえ、まあそれもありますが、実際に自分で見聞きして確認していただいたほうがよろしいでしょう」
「なるほど・・・まー、大体わかったのでいいです。次はなんですか?」
「はい、次はこの世界で生きていくための生活術ですね。お金の使い方だったり、職業についてですね」
お金の単位はゴールド(G)、通常お金は個人情報として書き込まれるので持ち運びしたり盗まれたりすることはない。
お金の譲渡は可能で、物品などの取引を行うときはお互い任意で行う必要がある。
お金は物品をNPCに売ったり、何らかの報酬として受け取ることで稼ぐ必要がある。露店などで対プレイヤーからでも取得可能。
次に職業について。
職業は前衛職、後衛職、生産職に分けられる。
前衛職は「剣士、盗賊」
後衛職は「弓手、魔術師、僧侶」
生産職「商人」
これらは基本職業でここから更に2次職業、3次職業へと変化することができる。
それぞれの職業を選択すると職業に見合ったデフォルトステータスが選択され、
さらにそこから個人的に割り振ることができるステータスポイントとスキルポイントがある。
「では、これからあなたの職業を選んでください。その後に自分のステータスポイントを振っていただきます。
なお、ステータスポイントはこの時点で割り振る必要はありません。後ほど割り振ることも可能です。
また、スキルポイントについても自分のステータス画面から割り振ることが可能ですので、こちらも後から振っていただいて問題ありません。
ですが、一度割り振ったスキルポイントにつきましては再度設定することはできませんのでご注意ください。」
「なるほど。じゃあ、とりあえず商人でよろしく」
「かしこまりました。商人でよろしいですね?」
「ああ。商人で頼むわ」
「了解しました。では、あなたを商人の職業へクラスチェンジ致します」
少女が手をかざして何かを読み上げると、俺の体が光に包まれた。
「はい、あと10秒ぐらいじっとしていてくださいね。あなたの体を商人という職業に見合うものへと変化しています。
5、4、3・・・」
ブツッ・・・
目の前が真っ暗な闇に戻った。
というか、体が家のベッドに横たわっていた。
ヘッドギアを取ると目の前で妻がコンセントを抜いていた。
「あ、ごめんパパ。アイロンかけようと思ってて・・・」
「いや、なぜ寝室でアイロン・・・というか、コンセント抜くときは気をつけような」
「はい、ごめんなさい」
妻のしゅんとした顔を見ていると怒る気がなくなるな。ひとまず休憩してコーヒーでも飲むか。
それにしてもチュートリアルの途中だったけど、コンセント抜いて大丈夫だったのだろうか・・・
「時間はまだ12:30か・・・まだ15分しかログインしてなかったんだな」
「そうよ、みんなゲームやってて私はさびしいわ」
「あはは、お前はゲームなんてできないのだからしょうがないだろう。とりあえずリビングで一服でもするから、コーヒー淹れてくれないか」
「もう。わかりましたよ」
コーヒーを啜りながら午後のゆっくりとした時間を満喫していた俺は、妻から強奪したテレビのリモコンでニュース番組へと切り替えた。
昼ドラが始まるまでですからね!と言われたので、まあそれまでに返せばいいだろう。
『・・・速報が入ってきました。情報テロ組織[スカイピア]より、あるオンラインゲームへのテロ実行のコメントが政府よりもたらされました。
スカイピアは本日の12:30にオンラインゲームでプレイ中の10万人以上のプレイヤーを拘束し、内外部からのゲーム中断を行えないようにし、
強制的に中断された場合、プレイヤーに対して脳細胞破壊による手段を用いることを伝えております。
このため、ゲーム中の周りにいる方々へのプレイヤーに対する強制的な中断を行わないようにお願いいたします。
該当のオンラインゲームは『ヴァルキリーオンライン』で、本日12時に解禁になったゲームのようです。・・・繰り返します・・・』
頭が混乱していた。
今アナウンサーは何を言っていたのだろう。さっきまで俺がやっていたゲームがテロの標的にされたようだ。
そのゲームには現在娘も・・・
ガタッと立ち上がった俺は、2階にある娘の部屋へ一足飛びで飛び込んでいた。
「夕陽!!おい、夕陽!」
目の前には静かに横たわっている娘と、娘が被っているヘッドギアから漏れる無機質な電子音だけが聞こえていた。
「う、うわあああん。ゆうちゃんが、ゆうちゃんが」
隣で泣きながら娘を見つめている妻を俺は優しく抱きしめ、ただじっと娘を見ていた。
一体いつまでそうしていただろう、何時間か経ったかのように思えたが実際はまだ30分ほどしか経っていないようだ。
なんとか平静さを取り戻した妻を見ながら俺はある決意を言葉にした。
「俺が、俺が夕陽を助けてくる」
「え、どういうこと?」
「俺が夕陽と同じ世界に行くから、そこで夕陽を助けて帰ってくるから!だから、朱里はここで帰ってくるのを待っていてくれないか」
「そんな・・・あなたまで失ったら私は・・・」
「誰も失わないさ。俺も夕陽も・・・絶対帰ってくるからさ」
俺は妻に優しく微笑み、そっと唇を重ねた。
驚きの後に微笑んでくれた妻は、じっと俺の目を見ながら答えてくれた。
「はい、行ってらっしゃい。絶対帰ってきてね」
「ああ、任せてくれよ。俺と夕陽がいない間、絶対にコンセント抜いちゃだめだぞ」
「もう、絶対抜かないから安心してよね。これだけは絶対ね」
妻も少し元気が出たようで、俺は最後に夕陽の髪を撫でた後に、寝室へと向かった。
「じゃあ、行ってくるな」
「ええ、行ってらっしゃい。ゆうちゃんをお願いね」
「ああ、朱里も俺と夕陽の体をよろしくな」
俺は再度ヘッドギアを被りなおし、娘がいる仮想世界へのゲームを起動させた。
やっと奥さんの名前が出てきましたね。