窓辺の恋
壁際のスタンドライトがひとつ灯るだけの部屋で、女の子は冷えた窓に手をつけていきおいよく開けはなった。
とたんに冷たくこごえた冬の風が、ぴりりと体をなでて部屋の中へ入りこんできたが、女の子は気にせず窓に身を乗りだした。見上げた空にはささやき声を交わしあうような静やかさで、星がまたたいている。冬の空は空気がとがっているぶん、夏の夜よりずっと澄んで見えた。
「あの中のひとつに彼の住む国があるのかしら?」
空にまたたく星にも負けずに、秘めやかな輝きを瞳にやどして女の子はひとりごちる。
まだ幼い女の子には、片思いの相手がいた。
幼い恋の相手は、空を飛び、老いを知らず、永遠の自由を夢の世界で謳歌(おうか)する、物語の中に住む男の子だった。
けれどまだ年幼くあどけない心の女の子には、彼が女の子の住む世界には存在しない事実など想像の外側の話だったのだ。
夢見る心で空を見つめる眼差しはそれでも真剣だ。
「わたし、待ってる。毎日窓を開けて待ってるからね。だからきっと、むかえに来て」
最後にひっそりと、熱を込めて男の子の名前を女の子はささやいた。
冷えびえとした夜の窓辺に、あたたかで、けれどほのさびしい余韻を残してにじむように声は溶けた。
手を組み合わせて祈ってみても、女の子が開けはなした窓辺に思い人が降りたつことはない。彼は今も物語の中、永遠に少年の姿で空をわたり、夢の国の中で自由に生きている。
くしゅん、と女の子がかわいらしくくしゃみをした。冬の夜は悲しいくらい冷たい。ちいさな女の子の体など、またたく間にこごえさせてしまう。
「今日はもうおやすみなさい。明日、またね」
最後にもう一度、おまじないのように手を組み合わせて祈りをささげ、女の子は乗り出した体を部屋の中へゆっくり引っこめた。なごり惜しく振り返って、ベッドへ戻る女の子の後を追うように、閉じた窓から最後のこごえた風がすべりこんで、女の子の細い体をベッドの上へと押し上げる。
女の子はまだ知らないままでいる。
彼女の思い人が窓辺に降り立ち、そのちいさな体を連れ去ってくれる日の来ないことを。毎夜同じ時刻に冷たい窓辺でたよりなく空を見つめる女の子を見つけて、家路をたどる働き者の少年が、強く気持ちひかれるまま恋に落ちた事実を。
2005年初稿