8話 三章 戦士ブロウ②
広場には、人が集まっていた。
歓声でも、怒号でもない。
ただ、ざわめき、不安と好奇心が混じった、濁った音。
レインは人波に紛れ、ルミナスと並んで立っていた。
深くフードを被り、視線だけを前に向ける。
視界の中央。
木製の台の上に、一本の杭。
その先に――
首が、晒されていた。
若い女のものだ。
髪は乱れ、首元の切断面は粗雑に処理されている。
だが、その顔は、レインが知っているものだった。
(まさか……)
内心では驚き、息を呑む。
だが、表情は動かさない。
数日前、露天でアクセサリーを買っていった若いシスター。
神は見ていると、そう言って微笑んだ女。
彼女の首だった。
民衆のどよめきが一段と大きくなり、やがて道が割れる。
現れたのは、一人の男。
大柄な体躯に日焼けした肌。
白髪混じりの短髪に、戦場を知る傷跡。
重装の鎧でありながら動きに一切の無駄がない。
戦士ブロウ。
《光輪》の元前衛。
メンバー内では最年長で戦士としては遅咲きながら、武功で成り上がり、今や侯爵位を得た男。
ブロウは台の前に立つと、民衆を一瞥し、腹の底から響く声で告げた。
「この女は、異端に通じていた」
ざわり、と空気が揺れる。
「聖職者を装い、領内に魔物を誘導し、敵に情報を流していた密偵だ。
慈悲を与える理由はない……
異端を庇う者もまた、同罪だ。
この街に、弱さを許す余地はない」
理屈は整っている。
だが、レインには分かる。
いつものやり方だ。
都合の悪い存在を切り捨てるための、大義名分。
反論の余地を与えない、単純で強引な断定。
横で、ルミナスが小さく囁く。
「マスター、鑑定結果を共有します」
レインは視線を動かさず、耳だけを傾ける。
「肉体能力は年齢を考慮すれば高水準。体幹、筋力、反射――いずれも熟練の戦士です。
ただ……」
「……ただ?」
「脈拍や心拍数などに不自然な点がありますが、確証がないため、後ほど説明します」
レインは小さく頷いた。
その時だった。
人波の中から、異質な殺気を感じ取る。
レインは一歩踏み出し、咄嗟に腕を伸ばす。
掴んだのは、若い女の手首だった。
赤いセミロングの髪。
年の頃は、成人なりたての、十代後半ほど。
手には、短いナイフ。
「離して……!」
必死に振りほどこうとする力は、震えている。
「ここじゃ死ぬ」
短く、低く告げる。
彼女は一瞬だけレインを睨み、だが次の瞬間、涙を滲ませた。
レインは彼女を人波から引き剥がし、ルミナスと共に路地裏へと連れていく。
湿った石壁。
人目が無いことを確認し、問い詰める。
「……名前は?」
「アイシャ……」
噛みしめるように、彼女は言った。
「何をしようとしたんだ。
あの場でナイフなんて持っていたら、問答無用で逮捕……最悪、その場で殺されても文句言えない。」
レインが問い詰めると、一拍おいて、アイシャは答える。
「……ブロウを殺す為……」
レインは内心驚く。
アイシャはそのまま、俯きながら語る。
「殺されたのはシスターエルミナ……私の姉さん。」
声が掠れる。
レインは初めてシスターの名を知り、その身内が目の前にいる事実に、内心を揺さぶられた。
「姉さんは聖職者でもあり治癒師で、怪我人を放っておける人じゃなかった……。
だから、負傷兵の治療としてブロウの城に出入りしていた。」
唇を噛み、続ける。
「おそらく、優しかった姉さんはブロウに負傷兵の環境……改善を申し出たんだ。それを邪魔だって……」
「……証拠はあるのか?」
レインは腕を組み聞き返すと、アイシャは食いかかって答えた。
「帰るたびに、姉さんは泣きそうな顔で言ってた。
“治しても、また壊れる”って」
真実味のある理由だ。
ブロウは、《光輪》の時から都合が悪くなると暴力で封じ込めたりする男だ。
だが、同時に思う。
(見せしめか……それとも、もっと都合の悪い何かを見たか……)
裏があるかもしれない。内容によっては弱点になり得る。
「復讐したいか」
単刀直入に問う。
アイシャは即座に頷いた。
「……殺したい」
「なら、今はやめろ」
アイシャが睨むと、即座にレインは返す。
「一人で突っ込んでも、姉の後を追うだけだ」
アイシャは沈黙する。
レインからしても、彼女が単身で切り込んで、ブロウに警戒されれば、復讐が難しくなる。
アイシャの視線が、レインの露天袋に落ちた。
「それ……最近、姉さんが……よく買ってた」
一瞬、空気が止まる。
「あなた……作った人?」
「……売っていただけだ」
嘘ではない。
アイシャは警戒を解かない。
だが、完全な拒絶もしない。
「……信じてるわけじゃない」
「それでいい」
レインは静かに言った。
「信用しろとは言わない、疑え。
それでも……同じ相手を見ているなら、使える。互いにな」
アイシャはしばらく黙り込み、やがて小さく息を吐いた。
「……一時的に」
「十分だ」
ルミナスが一歩前に出る。
「アイシャ様。貴女の知識と立場は、有用です。
危険は伴いますが――」
「分かってる」
ナイフを握り直し、アイシャは顔を上げた。
「姉さんのためなら、何でもする」
その目には、迷いと憎しみが混ざっている。
レインはブロウの演説が続く広場の方を、遠く見る。
次の標的。
次の復讐。
そして、新たな共犯者。
「……始めよう」
呟きは、誰にも聞かれなかった。




