7話 三章 戦士ブロウ①
辺境の都市 《ブラムス》。
賑わう街中で、通りすがりの市民たちが噂話に花を咲かせている。
「聞いたか? また魔物の群れを潰したらしいぞ」
「ああ、魔物が占領していた土地を取り返したんだってな。」
「侯爵様になってからも前線に立つとはな……」
「戦士ブロウ様だ。やっぱ本物は違う」
ライルを殺してから、三ヶ月が経った。
あれほど血を流し、叫び、絶望の中で死んだというのに、彼の名はどの街の噂にも、酒場の話題にも、一切上らなかった。
行方不明。
それだけで処理されたのだろう。
元《光輪》の斥候。
有能だったが扱いづらく、最後まで仲間内でも腫れ物だった男。
消えたところで誰も困らない。
都合よく、忘れ去られる存在だったということだ。
因果応報と言えばそれまでだが。
死んだ後ですら、何も残らなかった現実は、少しだけ胸に引っかかった。
今の俺は、街の一角で露天を開いている。
風呂敷の上に並べているのは、
魔力も呪いも込めていない、
意匠だけが中途半端なアクセサリー。
売れない。
だが、それでいい。
目的は商売じゃない。
戦士ブロウ。
かつて《光輪》の前衛を務めた豪傑。
今では武勲と名声を積み重ね、侯爵位を持つ英雄。
次の標的だ。
俺が露天商として街に紛れ、
ルミナスが給仕服に身を包んで、酒場や市井を回っているのも、すべてはそのため。
復讐は衝動じゃない。
時間をかけて、確実に進める計画だ。
「すみません」
不意に声をかけられ、顔を上げる。
若いシスターが立っていた。
簡素だが清潔な服装、まっすぐな目。
「このアクセサリー……いくらですか?」
一瞬、言葉に詰まる。
まさか、これに目を留める者がいるとは思わなかった。
「……銀貨一枚で」
彼女は迷いなく頷き、
懐から銀貨を五枚取り出して風呂敷の上に置いた。
「少し多いですが……よろしければ」
白髪混じりで病的な見た目の俺を見て、
一瞬だけ表情を曇らせる。それでも、柔らかく微笑む。
「神様は、ちゃんと見ておられますから」
そう言って、彼女は去っていった。
手のひらに残った銀貨の重みが、妙に温かかった。
久しく、忘れていた感覚だ。
人の善意というものを。
「マスター、ただいま戻りました」
余韻に浸る間もなく、ルミナスが戻ってくる。
俺は銀貨を懐にしまい、気持ちを切り替えた。
「首尾はどうだった?」
「侯爵ブロウ。元戦士として今も戦果を上げ続けています。一方で、出兵と徴兵を繰り返す強硬姿勢に不満を抱く者も少なくありません」
「……あいつらしい」
煙管煙草をくわえ、一息吐く。
「力で黙らせるのが正義だと、本気で信じている男だ。
警戒も厳しいだろう……隙が見えるまで、焦らず行く」
「かしこまりました」
ルミナスは一礼し、路地の闇へと消えた。
それから数日。
露天を続ける中で、シスターは何度か顔を出した。
「こんにちわ。今日はどの様な物を売っていますか?」
シスターは微笑みながら聞いてくる。
「……並んでいる中から選べ。どれも銀貨一枚だ。」
レインが言うと、シスターは数個選び、購入する。
他愛のない品を買っては、微笑み、励ましてくれる。
それが、哀れみだとしても、慈愛を感じた。
その度に、胸の奥に小さな違和感が積もる。
復讐に身を浸しすぎている、と。
そして、ある雨の日。
露天を開いた俺の耳に、街の噂が流れ込んできた。
若いシスターが一人、
異端の嫌疑で処刑された――と。
銀貨をしまった懐に、無意識に手を伸ばす。
指先に、あの日の重みが蘇った。
そこで、俺の思考は止まった。
そして、ある雨の日。
露天を開いた俺の耳に、街の噂が流れ込んできた。
若いシスターが一人、
異端の嫌疑で処刑された――と。




