6話 二章 斥候ライル④
ライルは散弾銃の暴発で、原型を留めなくなった右手を押さえ、恐怖で半狂乱になりながらも、自慢の脚力で走り出そうとする。
一歩踏み入れた瞬間。
足元の床が沈み、矢の罠が発動した。
風を切る音と共に、ライルのすねから太ももにかけて複数本が突き刺さり、悲鳴を上げて転倒。
そんなライルにレインはゆっくりと近づき、再び見下ろす。
「クッッ! なんでだ、なんでッ!?
俺の通った道をお前が通っても平気なんだ!!」
ライルの言う通り、レインは同じ場所を踏み、同じ段差を越え、同じ瓦礫の横を通る。
しかし一切罠は作動しない。
「黙ってねえで答えろッ!! 俺と同じ所歩いてるだろ!!
どういう細工したんだよお前ッッ!!」
ライルの慟哭が、迷宮に響く。
「俺は何もしてない」
レインは淡々と冷たく答え、ライルは納得できず冷や汗を流しながらも睨みつける。
レインは、満身創痍のライルとは対照的に、
傷一つないまま腕に着けられている
宝石部分が煌々と光る“うさぎの足のアクセサリー”に視線を落とし、指を指す。
「強いて言うなら……それだな」
ライルはアクセサリーに視線を落とす。
「……は?」
困惑するライルに、レインは口を開く。
「それは、"幸兎の返礼"。
お前が、幸運のお守りと信じて大事にしていたんだろう?」
ここでレインは“事実を冷静に語るだけ”の口調で続ける。
「願いは幸運という形で叶うが、お前を幸運にしているんじゃない……前借りしているようなものだ。」
「……?何言ってんだテメェ……」
ライルの目が見開かれ、息を荒げながら聞き返す。
「『金が欲しい』『他の奴を出し抜きたい』『出世したい』と思い、それが"幸運"として願いは叶った……代償は痛み。
暴発も罠も、本来は早く起こり得る現象が今、代償となって帰ってきたんだよ。」
レインの説明にライルは目が血走り、より息を荒げる。
「いつそんな呪術をかけたっ!!
これを手に入れてから外した事なんて無かったぞっ!!」
「俺が手塩にかけて作った呪具だ。後付で呪いの付与なんてして無いさ。選んだのはお前自身……
お前の悪評と掠奪癖を利用して、お前が目をつけそうな店を選んで、卸したんだよ。
お前が昔のまま下衆で単純だったから、思惑通り進んで助かったよ……」
ライルはレインの説明が信じられない反面、今日まで上手く望むがまま運が良い事に納得出来る事と重なり、顔を青ざめつつ歯を食いしばり困惑した。
どれだけ後悔しようにも、このままいけば訪れるのは確実な"死"
罠で動けなくなり、右手は砕け、足には矢が何本も突き刺さり、ライルは這うように後ずさる。
呼吸は荒く、唇は乾き、目は焦点を失い始めていた。
そんなライルを見下ろし、レインはまるで“最終工程”を告げるかのように静かに言う。
「……このまま息の根を止めても良いが……最後に一つ“賭けるチャンス”をやる」
レインが懐からサイコロを二つ取り出し、
ライルの足元に落とした。
「"1のピンゾロ”……それを出せば、呪いの効果を消して逃がしてやる……外れたら……」
レインは傍で佇むルミナスに視線を向けると、ルミナスの腕から剣が飛び出る。
満身創痍のライルが最後の力で戦っても絶対に勝ち目はない。チャンスは一度、愕然としたように目を見開き、次の瞬間、必死にサイコロへ左手を伸ばす。
指が震えている。
皮膚は血で濡れ、汗で滑る。
それでも掴んだ。
「くそがぁ!最後の……最後の賭けだ……ッ!!」
左手に力を込め、渾身の祈りを込めてサイコロを振る。
サイコロが地面を転がる音が響く。
レインは微動だにしない。
ライルの心臓は破裂しそうなほど脈打ち、
冷や汗が顎から滴り落ちる。
そして――
サイコロが完全に止まる。
1のピンゾロ
ライルの顔に、狂気混じりの笑みが咲く。
「ッッアハハハハァァァッ!!
ざまぁみろおおおおッ、見たかレイン!!
これが“俺の運”だァァァァッ!!」
半狂乱で叫び、よたつく足で無理やり立ち上がり、レインの方も見ずによそ見したまま走り出す。
「クソが! 俺は生き残るんだよ!!
お前なんか、俺には勝てね――」
その瞬間。
床板が沈み。
複数の風を切る音と肉が裂ける音が交差する。
前後左右の壁・天井・床
すべての方向から刃が飛び出した。
ライルの口が言葉の途中で止まり、
顔面から、肩から、胸から、脚から
鮮血が噴き上がる。
全身を細かく刻む刃の乱舞。
だが、どれも急所だけは外されている。
死にきれないように。
レインが遠くからゆっくり歩き、
切り刻まれ、血の海に沈みかけたライルの前で止まる。
ライルは虫の息で、
声にならない悲鳴を漏らす。
「……ぁ……が……ぁ……レ、イン……やめ……やめろ……」
「……もう終わってる」
レインは、ライルの目をまっすぐ見下ろし、感情の欠片もない声で告げる。
「目は出した……その時点で呪いも無効化だ。
運が味方したにも関わらず、無駄にしたのは自分だ。
呪いを解除した後でも、迷宮である事に変わりない事を忘れずにいれば、気づいたはずの罠だったのをお前が自ら踏んだ罠だ。」
レインが話し終える頃には既にライルの生命は消えており、死んだ後も見開いた目がレインを睨んでいた。
その“運”が最後に導いたのは、最も残酷な死に方だった。
彼の吹き出した血が、近くに転がるサイコロに飛び散り、
「1」「1」の白い目が、真っ赤に染まった。
レインの影が、その赤く染まったサイコロを静かに踏みつぶす。
レインがライルの死体を見下す姿に、ルミナスが声をかける。
「マスター、まずは標的の1人の抹殺を完了されました事をお祝い申し上げます。
……お顔が優れないようですが、どうされましたか?」
レインは一拍し、答える。
「……斥候としては、優秀な男だった。
だが、生まれや境遇を恨み、運に縋った時点で、もう終わっていた」
レインからすれば、ライルが本来の実力を発揮されたら呪具やルミナスに対しても警戒され、今回の作戦は上手くいかないものだった。
無論、その場合の対策も立ててはいた。
今回は、ライルの堕落がそのまま反映された結果だ。
「マスター。《光輪》のメンバーはマスターを害した抹殺対象です。
しかし、感傷に浸るほどの間柄で、後悔される懸念があるのでございましたら、再考するのも一つの選択です。どうされますか?」
レインは元仲間の死体を見て昔を思い出し、ルミナスの一言にも揺らいだ。
しかし
「変わらない。《光輪》は全員潰す。
絶望を与えきるまで、俺は止まらない」
レインは決意を改めて固め、ルミナスと共に迷宮を後にした。
残ったのは、かつて光を名乗っていた残骸だけだった。




