48話 最終章 エピローグ
森の奥。
森に、重たい足音が木霊する。
地響きが起き、木々に響き、空間をも揺らす。
音に驚いた鳥の群れが飛び立ち、小動物も逃げ出す。
音の正体は木々を越す巨体。
歩くたびに木々をなぎ倒し、土を抉る。
二人の少女――姉妹であろうか――を追いかけていた。
サイクロプス。
一つ目と一本の角を持つ、異形の巨人。
唸り声をあげ、獲物を追いかける。
やがて。
逃げ場を失った姉妹を見下ろす。
サイクロプスの口角が上がるように見える。
そして、太い剛腕を振り上げた。
姉妹の姉が涙目の妹を庇う様に抱く。
サイクロプスの剛腕は、姉妹達に振り下ろされた。
悲鳴が上がる。
その瞬間。
風が走る。
剛腕は止まり、巨体は動かない。
すると。
サイクロプスの巨体は、音もなく数等分に断たれ、崩れ落ちた。
血と肉が地面に散る前に、すでに“それ”は死んでいた。
姉妹の前に立っていたのは、一人の女剣士。
長く伸びた赤髪を揺らす。
鎧には返り血も浴びていない。
刀の血を拭い、納刀。
「……大丈夫?」
その声に、姉妹は呆然と頷いた。
同時に安堵する。
女剣士は微笑みながら姉妹に手を伸ばす。
「ありがとうございます。もうダメかと……」
姉が礼を述べる。
姉の後ろに隠れていた妹が、恐る恐る名を尋ねる。
「お姉ちゃん……もしかして、"白刃のアイシャ"?」
女剣士は微笑を浮かべ、答える。
「まあ……そう呼ばれてるらしいね。
確かに、私はアイシャよ。」
それを聞いた姉妹は驚き、目を輝かせる。
"白刃のアイシャ"
1年ほど前、突如現れた女剣士。
各地で魔物を斬り、悪人を倒す、義侠の剣士として、名が知られていた。
「今度は、護衛を付けて森に入りなさい。
それじゃあ……」
それだけ告げて、彼女は去ろうとした。
「あのっ!お礼と言っては何ですが、私達のお店でご馳走させてくださいっ!!」
アイシャは立ち止まり、一拍。
振り返り、姉妹に微笑む。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
アイシャは姉妹の誘いを受ける。
道沿いの小さな茶店へと招かれた。
質素だが、落ち着きのある空間。
眺めの良い、窓辺の席に案内してもらい、席に着く。
妹がアイシャに水を運んだ。
「アイシャ様、お水をどうぞ。
……噂では白い鞘の刀と聞いたけど、赤色なんだね」
壁に立て掛けた、アイシャの刀を見て妹が話しかける。
「……元々は白かったけど、私に合わせて色が変わったんだよ」
アイシャは笑顔で答える。
妹は意味を理解できず、首を傾げる。
やがて、姉が温かい料理を運び、アイシャの前に配膳する。
「お口に合えば良いのですが、ごゆっくりどうぞ」
アイシャは微笑み、頭を下げる。
姉妹は邪魔にならない様にと、調理室に下がった。
アイシャは温かい料理に舌鼓を打ち、窓辺から見える空を見上げる。
「もう、こんなに染まったんだ……」
アイシャが刀を見て呟く。
あの日から一年。
フィークシスの王国は滅びた。
瓦解したと言った方が正確かも知れない。
事件後、流れるように様々な不正が発覚。
国は立ち直りを図るも、疑念は消えず、国内外から信用は失墜。
国王本人も狂ったという噂だけを残した。
数日後、国王と王族はまとめて姿を消した。
王城は空虚な殻となる。
自然と王都から離れる人が増え、国としての機能は失った。
機を見るに敏な地方貴族たちは、次々と諸外国へ寝返った。
国境は分断され、諸外国に吸収される。
事件から半年も立たず、王国の痕跡は完全に無くなった。
しばらくは、国同士が国境について揉めたが、元々の王国が自然に消滅したこと。
人々がいなくなったこと。
利益が少ないことから、戦争などの酷い惨状にはならなかった。
王国の消滅に伴い、民衆の間では、様々な噂が流れた。
呪術師に呪われた。
悪魔との契約を反故にした報い。
排斥された王族の報復。
あげればキリが無い。
しかし、真実を知る者は、もういない。
あの日から、レインやルミナスと再会することはなかった。
けれど、“外法の呪具師”の噂だけは、稀に耳に入る。
困窮した者。
絶望した者。
恨みを晴らしたい者。
彼らの望みを、代償付きで叶える存在。
アイシャは、ルミナスを通したレインの伝言を思い出す。
『悔いのないよう、生きてほしい。』
それからのアイシャは人を助けながら旅をしている。
今となっては、レインから授かった"白無垢の太刀"を手足同様に扱える剣士にまでなった。
腕が上がるに合わせ、鞘は髪色同様の赤に染まる。
今では、鞘に金装飾の模様が浮き出ている。
レインの忠告通りであれば、いつかは刀と意識が同化し、自身が刀となる。
「ご馳走様。とても美味しかった。」
アイシャは食事を終え、立ち上がる。
そんなアイシャに姉妹が見送る。
「アイシャ様。
重ね重ねですが、助けていただきありがとうございました。貴方の旅路に幸福を。」
アイシャは微笑み返す。
かつては、レインの復讐に賛同し、姉の仇討ちを果たした自分。
そんな自分が、心穏やかに過ごせる事が贅沢かも知れない。
いつ、刀と意識が同化するかは不安でないと言えば嘘である。
だからこそ、運命は受け入れた。
悔いのない様に、今を生きると。
アイシャは空を見上げ、呟く。
「外はどんな世界だろうな……」
アイシャは、再び歩き出した。
⸻
何処かの街。
深夜の路地裏。
激しい雨が、石畳を叩いていた。
「ちくしょうっ……何で俺が……」
青年は壁を殴り、項垂れる。
何もかもを失い、縋るものもない。
絶望。
恨み。
負の感情が、青年を蝕む。
その瞬間。
路地の奥から、杖の音が響く。
青年が路地の奥に視線を向ける。
影が動いた。
影が、ゆっくりと姿を現す。
金冠の装飾。
黒い装束に黒いベール。
杖を突き、片足には補助器具の異様な姿。
背後に追従するのは、女性給仕。
人形の様に美しい陶器の肌。
輝くような金髪。
異様な組み合わせ。
青年は驚く。
しかし。
その姿を見て、確信を得る。
「まさか……お前が噂の、外法の呪具師……?」
震える声で聞く。
その時。
男は、青年の前に立つ。
ベールを上げ、顔を見せた。
白髪混じりの頭髪。
片目には、手作りであろう歪な眼帯。
男は静かに告げる。
「……望みは、なんだ」
今もどこかで、新しい呪いが望まれている。




