46話 八章 外法の呪具師レイン②
扉を蹴破る勢いで屋敷に飛び込んできたダリク。
息は切れ、喉は張り付いたように掠れている。
ただ事ではないと、誰の目にも分かった。
「どうした?」
レインが立ち上がると、ダリクは大きく息を吸い叫ぶ。
「……すぐに逃げてくれっ!!
国王が……お前達に軍を差し向けた……」
室内の空気が凍りついた。
アイシャは特に目を見開き、聞き返す。
「何かの間違いよっ!
私達は言う通りに仕事をしたんだよっ!!」
ダリクの表情は、今まで見た中で1番重い。
そのまま、アイシャに返答する。
「……西方の反乱、勇者グランの死、外法の呪具……全部だ。
“外法の呪具師レインが行った凶行”として、粛清部隊がお前を討ち取りに来る……!」
アイシャの表情が強張る。
ダリクは唇を噛み、続けた。
「……王とシモン執事の密談を聞いた。
その後、軍部の慌ただしさから確信した――お前を殺すためとな」
レインは、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうか」
驚きはない。
むしろ、どこか納得すらしていた。
「騎士として、お前も俺を殺すのか?」
その言葉に、ダリクは目を伏せる。
「俺は……王のやり方に、どうしても納得できなかった。
だが、どうすればいいかもわからない……」
沈黙。
公私に挟まれたダリクの迷いが伝わる。
その瞬間。
――馬蹄と馬の嘶き声。
レイン達は窓から外を見る。
外には多くの騎士達が待機し、いつでも攻めかかれる体勢。
隊長格の騎士が馬上から声を出す。
「外法の呪具師レイン・カースっ、お前を国家反逆罪で連行するっ!!
投降しなければ、踏み込むぞっ!!」
目視でも大人数の部隊。
更に、遠くから聞こえる馬蹄と足音だけでも、追加の騎士達が迫ってきているのを感じる。
「遅かったか……レインっ!!どうするんだっ!!」
ダリクが唇を噛み締め、レインに伺う。
「ルミナス。あれを用意しろっ」
レインは動じない。
冷静に淡々と命令した。
ルミナスは一礼し、命令に従う。
戸棚からレバーが飛び出た箱を取り出し、準備を進めている。
「返答が無ければ、強制連行するっ!
かかれっ!」
隊長格の騎士の号令。
騎士達が屋敷に攻め入る。
外門を打ち破り、中庭を散開して玄関へと近づく。
騎士達が一歩ずつ、剣や槍を構えて歩を進める。
騎士達は中庭の中間に差し掛かる。
レインが騎士達の位置を確認。
合わせて、取り出した箱のレバーを引く。
次の瞬間。
連続の爆音。
中庭の地面が爆ぜ、轟音が響く。
次いで、白煙が噴き上がる。
「っ!! いつのまに、こんな仕掛けを……!?」
ダリクは驚愕する。
「グランが大臣屋敷を襲撃したから、万一に用意した……騎士相手は想定外だがな」
レインは杖を握りしめる。
「ダリク……お前はどっちだ?」
レインは問う。
しかし、ダリクは沈黙する。
「……死にたく無いなら、この場を去れ。
アイシャっ、ルミナスっ行くぞ……」
2人はレインに従い、外へ飛び出た。
⸻
中庭に踏み込んだ騎士たちを迎えたのは、轟く爆音と、土煙、そして視界を覆い尽くす白煙。
一寸先も見えない。
騎士達は困惑し、声のみが響いた。
「地雷だ!!」
「くそっ!前が見えないっ!!」
騎士達は手探りで周囲を見回す。
次の瞬間。
視界を失った騎士たちに、影が斬り込む。
白煙の中。
至近距離。
重い息を吐きながら、レインの杖の仕込み剣が煌めく――
空気を切り裂く音。
そして。
鈍い音。
騎士の首が地面に落ちた。
他の騎士も気配を感じ取る。
レインは白煙に紛れ、騎士達の鎧の隙間に刃を突き刺す。
関節を裂き、喉を穿ち、首を落とす。
堅実に1人ずつ仕留める。
「はああっ!!」
アイシャの太刀も煌めく。
鎧の隙間を正確に裂く。
力が発揮され、繰り出す抜刀術。
数名の騎士を鎧ごと両断した。
ルミナスも前に出る。
「排除対象、確認。戦闘行動に移行します」
展開された両腕の刃で騎士を薙ぎ倒す。
精密な魔法攻撃で距離を無視し、多数を打ち倒す。
白煙の中。
怒号と金属音のみが聞こえた。
やがて。
風により視界が晴れる。
死屍累々。
騎士だったものが、大勢血を流し、横たわる。
しかし。
後続の騎士団は次々と投入される。
包囲網を着々と完成させていく。
「相手は3人っ!!魔法部隊っ、一斉攻撃だっ!!」
隊長格の指示。
ローブを羽織った、杖を構える騎士の列。
魔法が放たれようとした瞬間、レインは右目の包帯を取り払う。
凝視。
すると。
「なっ!魔法が放てないっ!?」
魔獣ストレインの第三の目。
魔法反転の作用で敵を無力化。
隙ができた騎士達に、斬り込んでいく。
乱戦。
騎士達は屍を築く中、隊長格の騎士が馬を降り、抜刀。
「おのれっ!悪魔めっ!!」
隊長格の騎士が剣をレインに振りかざす。
レインも構えた。
次の瞬間。
鈍い音。
隊長格の騎士が動きを止める。
「ぐっ……!」
隊長格の騎士は、背中から血を吹き出し倒れた。
そこに立っていたのは血濡れた剣を持ったダリク。
「ダリクっ!?」
「……私には、不当にお前たちが殺されるのを見ていられない……」
ダリクも覚悟を決める。
ダリクの参戦。
四人の奮闘により、騎士達の殆どが倒された。
微かに残った煙幕が漂った。
「これで、全員か……」
レインが状況を確認する。
一瞬。
屍の一つが蠢く。
「死ねえっ!!」
屍が起き上がる。
一段落ついたと、一瞬の安堵したレインの隙をつき、死んだふりをした騎士が短剣で飛び掛かる。
「マスターっ!!」
鈍い音。
ルミナスがレインの前に立ち、騎士を腕の刃で斬り伏せた。
しかし。
「オートマタにとって、最も恐るべき非合理な捨て身の攻撃……改めて脅威だと感じ取れます」
ルミナスは淡々と語る。
だが、腹部装甲に短剣が深く突き立てられる。
騎士の捨て身による突進。
ルミナスは重傷を負う。
「――ッ!!」
ルミナスはその場に膝をつく。
「ルミナス!!」
レイン達はルミナスに駆け寄った。
「損傷率"大"……行動制限が発生します」
「っ!!すぐに、修理するっ!!」
レインがルミナスを屋敷に運ぼうと動く。
その瞬間。
空気を裂くような乾いた音。
銃声。
レインは脇腹を撃たれる。
「レインっ!!」
アイシャが驚く。
同時に銃声が続けて2発。
アイシャは肩を撃たれ、よろめく。
ダリクも腹部を撃ち抜かれ、地に崩れた。
「くそっ……!」
レインが立ちあがろうとした瞬間。
乾いた、重い音が響いた。
――ボルト式の小銃。
一発、装填。
一歩、前進。
煙の向こうから現れたのは、執事のシモン。
冷え切った目。
淡々と銃を構え直し、立ちあがるレインを足で押さえつける。
「シモンっ!!」
レインは押さえつけられながらも、シモンを睨み、抜け出そうと、もがく。
そんなレインに銃口が向けられる。
「王命として、お前を排除する……お前は知りすぎたんだ……」
淡々と冷たく語るシモン。
「俺たちを殺した所で、真実は変わらないぞ……」
レインはもがき、シモンに対し、冷静に語る。
「変わるさ……この世の穢れが一つ消え、正義が一つ成された事実。
この国の民衆を喜ばせる……勇者の不祥事を綺麗に片してくれる悪役なのさ、お前は……」
ゆっくりとシモンの指が引き金を引く。
「外法は排除する」
その瞬間――
「やめろおおおっ!!」
ダリクが力を振り絞る。
剣を振りかざし、シモンに飛びかかった。
シモンも小銃を腰撃ちでダリクに発砲。
乾いた音と鈍い音が、同時に響いた。
シモンの身体から血が滴る。
ダリクの刃がシモンの肩から胸までを切り裂いた。
「クソっ……がっ……」
シモンが死に際に言い放つ。
そのまま地面に伏した。
しかし。
ダリクも倒れる。
腹部と胸部から、血が流れる。
「ダリクっ!!」
レインはダリクの元に駆け寄り、体を起こす。
シモンの撃ち放った弾はダリクの胸中央に命中。
洪水のように、血が流れ続けていた。
「レイン……俺は……騎士にもなれず、正義も選べず……それでも……お前の味方でいたかった……」
「喋るなっ、今助けるっ!」
レインがダリクの胸を抑え、止血を試みる。
しかし。
血は止まらない。
レインの手は赤く染まる。
「……兄の仇を取ってくれて……ありがとう……」
ダリクは目に光を失い、糸の取れた人形のように動かなくなった。
⸻
遠くから、馬蹄の音。
追加の騎士団が迫るのが見えた。
「レインっ!早く中にっ!!」
アイシャがルミナスを抱えながら、屋敷玄関に飛び込む。
レインは杖を拾い、足を引き摺りながら滑り込んだ。
再び、屋敷は包囲される。
窓から覗く。
敵は、魔法部隊だけでなく、連弩を構えた騎士達も見えた。
レインはそれを見て、決断する。
「……時間がない」
レインは、ルミナスとアイシャを見た。
「裏口に馬を繋げてある。
俺が時間を稼いでいる間に逃げろっ!」
「何を言って……!」
アイシャが肩を抑えながら反論する。
「大丈夫だ、手は打ってある。
ルミナスは一緒に行けっ、後で合流する」
レインの声は、静かだった。
「……承知しました。行きましょう、アイシャ様」
アイシャは歯を食いしばり、何かを言いかけたが――
ルミナスが彼女の腕を掴んだ。
二人は、裏口へと消えていく。
⸻
静まり返った屋敷。
レインは、脇腹を抑えつつ、ふらつきながら戸棚を開いた。
そこにあったのは――小さな包み。
中身を見て、息が止まる。
手作りの眼帯。
歪で、不格好で、それでも必死に縫われた跡。
針を持つ手が震えていたのだろう。
商店で、アイシャが布地を購入した理由を理解した。
「……馬鹿だな」
レインは壁際に座り込み、懐から筒形のボタンを取り出す。
最後の切り札。
自爆装置の起動装置。
レインが中庭の地雷同様に、屋敷中に設置した最後の仕掛け。
レインは目を瞑り、大きく息を吸う。
これまでを振り返り、機動装置のボタンに指をかける。
「これで……ようやく、終われる」
その瞬間。
「マスター」
声がした。
目を開ける。
前には腹部が損傷しながらも、ルミナスが両手を揃えて立っていた。
「何故……戻った」
レインは問う。
「アイシャ様には、マスターを連れて追いつくと伝えました」
ルミナスは、静かに言った。
「オートマタの癖に、主人の命令に背き、嘘までついたのか……」
レインは軽口を叩く。
「はい、私はオートマタで有りながらマスターの命令に背きました。
ですが……」
ルミナスがレインの前に膝をつく。
機動装置を持つレインの右手に、両手を添える。
「私はマスターに修理されなければ、ずっと眠っていた存在。
複雑でしょうが、マスターが奈落に落とされた事で、私は命を吹き返しました。
……身勝手かも知れませんが、最後はマスター……レイン様の傍にいます」
ルミナスが微笑む。
レインは、静かに目を閉じた。
「……ありがとう」
レインは呟き、ボタンを押す。
⸻
轟音。
空気に大きく響き、地面を揺らす。
――外から見ていた者は、ただ目撃した。
屋敷が、白光に包まれ。
次の瞬間。
大地を揺るがす爆音と共に、跡形もなく消え去ったことを。
炎と瓦礫が空を覆う。
そこにあったすべてを飲み込んだ。
英雄は死に、外法の呪具師もまた、表舞台から消えた。




