45話 八章 外法の呪具師レイン①
王都郊外の屋敷。
そこには、久しく忘れていた穏やかな時間が流れていた。
復讐を果たした。
勇者グランの死から、一週間。
王都の喧騒は完全には収まっていない。
この屋敷に騒ぎが届くことはない。
午後の陽光が、庭先から差し込み、室内を柔らかく照らしている。
レインは窓際の椅子に腰掛け、湯気の立つ紅茶を手にしていた。
呪具製作により、痛みで蝕まれた体。
補助器具と杖が必要な足に、包帯で覆われた右目。
右目に関して、最初こそアイシャに驚かれたが、
「レインだから」と、すぐに納得された。
代償は安くなかった。
しかし、以前よりも、レインの表情は穏やかだ。
笑みは浮かぶ。
けれど、その奥にまだ影が残っている。
だが、かつての張り詰めた鋭さは影を潜め、代わりに、どこか人間らしい柔らかさが戻りつつあった。
「……いい香りだね」
向かいに座るアイシャが、そう言って微笑む。
その膝の上には、小さな包みがあった。
丁寧に包装された、小箱。
レインはそれに視線を向ける。
「それは?」
何気ない問いだった。
アイシャは一瞬、肩を跳ねさせた。
「えっ? あ、あの……」
視線を泳がせ、慌てて立ち上がると、その小箱を戸棚の奥へと押し込む。
「な、何でもない!」
扉を閉め、何事もなかったかのように振り返るが、耳まで赤い。
レインは小さく息を吐き、苦笑した。
「……そうか」
それ以上、踏み込まない。
今は、それでいい気がした。
アイシャは改めて席に戻る。
一息つくと、アイシャは少しだけ真剣な表情になる。
「レインはこれから、どうするつもり?」
レインは紅茶を一口含む。
一拍。
少し考え、問いに答えた。
「分からない……旅をしていたのが昔に感じる」
国王が暗殺依頼の拠点として使っていた屋敷。
好きにして良いと言われてから、今日まで住んでいた。
引き払っても問題ない。
だが、復讐を果たされた後を全く決めていなかった。
アイシャは目を瞬かせ、窓の外へ視線を向ける。
青い空。
穏やかな風。
かつてなら、目にも留めなかった光景。
「だったら……海に、行かない?」
アイシャは、少しだけ声を弾ませた。
レインは意外そうに彼女を見る。
「海?」
「正確には海の先だけど、色々な世界を見て回りたいの……どうかな?」
しばしの沈黙。
シャービスの診断で、レインの体は呪いにより蝕まれ、いつ死んでもおかしくないと言われた。
だが、復讐のために魔物の一部を右目に埋め込む狂気。
それにより、魔物の生命力で延命したかもしれない。
あくまで可能性。
証明のしようがない。
ならば、今を大事に生きようと、レインは思い始めていた。
「……それも、いいな」
レインは小さく頷き答えた。
その瞬間。
「レイン!!」
屋敷の扉が、勢いよく開かれた。
ダリクだ。
息を切らし、額に汗を浮かべ、飛び込んでくる。
「ダリク?どうした?」
レインが立ち上がる。
ダリクは大きく息を吸い、言った。
「……すぐに逃げてくれっ!!」
室内の空気が、一瞬で引き締まった。
⸻
同じ頃。
王城の奥深く――
人目につかぬ、薄暗い一室。
暖炉の火が、静かに揺れている。
その前には、豪奢な椅子。
体を預け、座っているのはフィークシス国王。
炎を見つめる目は揺るぎなく、感情を感じさせない。
背後で、静かに扉が開いた。
シモン執事が一礼。
報告する。
「陛下、御命令通り出陣しました」
国王は、振り返らない。
「……そうか」
わずかな沈黙の後。
「念のため、お前も行け」
「御意」
シモンは一礼。
音もなく部屋を後にした。
再び、静寂。
国王は暖炉の火を見つめながら、淡々と呟く。
「穢れは……排除せねばならぬ」
炎が、ぱちりと音を立てる。
その言葉には、怒りも、迷いもない。
ただ、決定事項としての冷たさだけがあった。
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穏やかな日常の影で、
次の歯車は、すでに回り始めている。
――嵐は、まだ終わっていない。




