44話 七章 勇者グラン⑪
玉座の間。
重い沈黙が落ちる。
割れた窓から吹き込む風が、玉座の間に散らばった瓦礫と血の匂いを攪拌する。
聖剣を構えたグラン。
対する、レインも杖を構える。
二人の間に言葉はなく、視線が真っ直ぐに交差した。
グランの口元が歪む。
迷いなく、拳銃を取り出し、レインに銃口を向ける。
発砲。
乾いた銃声が響く。
レインは床を蹴った。
弾丸がレインの頬を掠めるも、グランの間合いに詰める。
レインは杖を横薙ぎに振るう。
グランの拳銃を叩き落とす。
間髪入れず、杖の先をグランの喉元に突いた。
「チッ!」
グランは左手で、喉元を突こうとする杖を強く掴み取る。
瞬間。
レインは体を一歩後退。
グランに掴み取られた力を利用し、杖から仕込み剣を抜刀。
そのまま、横薙ぎにグランの首元に斬りかかる。
激しい金属音。
グランは右手の聖剣で、レインの攻撃を防ぐ。左手に持った杖の鞘をレインに投擲。
投げられた杖の一部はレインの顔面に迫るも、
慌てず掴み取る。
一歩引いて仕込み剣を構えた。
二人の間合いは、一歩踏み込めば届く距離。
構え、睨み合い、足をゆっくりと運びながら動きを伺う。
グランの掌に雷光が集束する。
「死ねぇっ!!」
雷撃が解き放たれた。
玉座の間を青白い光が裂く。
床が砕け、天井が崩れ、重厚な空間は一瞬で戦場へと変わる。
レインは雷を避けながら間合いに踏み込んだ。
剣戟が走り、火花が散る。
だが、グランは強い。
力も、速さも、魔力も――かつて勇者と呼ばれた男。
その力を出し惜しみせず、レインに全力で牙を剥いた。
二人の剣が交わり、金属音が空間に響く。
聖剣と仕込み剣での鍔ずり合いへと転じ、睨み合う。
「どうした!?殺しに来たんじゃねぇのか!
前の方が、手強わかったぞ!!」
グランはレインを挑発する。
レインは動じない。
グランは聖剣で仕込み剣を力で抑え込み、左拳でレインを殴打した。
鈍い音。
レインはよろめく。
しかし、グランの左腕をレインは掴んだ。
グランも慌てて、聖剣を突き刺そうとする。
だが、今度は仕込み剣に聖剣を抑え込まれた。
お互いに両腕が塞がる。
次の瞬間。
グランの顔面に、レインは全体重を掛けた頭突き。
鈍く、砕ける音。
グランもたまらずよろめく。
グランは視界が揺れる。
己の顔に触れ、顔面に走る激痛と鼻から垂れる血を確認する。
「貴様ぁっ!!」
グランの怒りが、頂点に達する。
稲妻が空間を裂き、破裂音が響く。
それが、グランの体に集約する。
次の瞬間。
強力な雷撃が放たれる。
玉座が粉砕され、玉座の間は崩れ始めた。
レインは瓦礫を避けた。
体勢を整え、粉塵を掻き分けつつグランを探す。
崩落する瓦礫の中。
グランは後退し、破壊された壁の向こうへと身を翻した。
「待てっ……!」
レインは息を荒くしながら追う。
⸻
レインは血の跡を追う。
辿り着いたの場所は、王城の西塔に隣接する改装中の区画。
足場は悪く、柱は剥き出し。
未完成の回廊に、破壊の痕が広がる。
レインは警戒しながら、ゆっくりと足を運んだ。
死角に差し掛かった、次の瞬間。
グランの聖剣による不意打ち。
形勢は逆転した。
鈍い衝撃。
レインは防ぐも、身体ごと弾き飛ばされる。
仕込み剣は転がり、剥き出しの壁から外に落ちる。
床に転ばされたレイン。
その隙を逃さず、グランはレインの腹部に蹴りを入れる。
何度も、何度も。
レインは防ぎきれず、腹部に強烈な痛みが走る。
レインが腹を抱え、うずくまる姿をグランは見下し、口角が上がる。
「終わりだなぁ、レイン」
勝利を確信したグラン。
聖剣をレインの喉元に突きつける。
絶対絶命。
しかし、レインの目は光を失っていない。
「それで……いいのか?」
レインの掠れ声。
腹部を抱え、精一杯の声をだす。
「何だ?命乞いなら無駄だぞ……」
グランの冷たい返し。
しかし、レインはグランを見上げながら、語り続ける。
「お前は英雄なんだろ……だったら、こんな不意打ちじゃ無く、堂々と俺を殺せ……」
レインの言葉を聞いたグランは口元を歪ませ、ニヤつく。
「お前如きが、俺と対等になれるとでも思っていたのか?
このまま、殺されるのがお似合いだ」
グランは聖剣を振りかざす。
「……この惨状と、俺の死体を見た人間はどう思うだろうなぁ……お前に耐えられるか?」
グランの手が止まり、目元が動く。
「仮にも勇者と呼ばれた男。
それが、児戯のように嬲り殺した形跡……」
レインはゆっくりと立ち上がりながら、語り続ける。
「臆病者……寝首を掻かれるのを怖れ、無力にするだけじゃ飽き足らず、怒りに任せた殺し方……お前は結局、勝てる児戯にしか全力を出せない、我儘坊やなんだよ……昔と変わらずなぁ……」
レインの罵倒。
グランは沈黙。
しかし、見開いた目は血走っており、表情からも激怒を感じ取れる。
一拍。
グランは聖剣をレインの足元へと放り投げた。
「拾えよ……拾える物ならなぁ?」
同時に、グランの全身を雷光が包む。
最大火力――
レインが聖剣を拾うと同時に、放たれるであろうことは、容易に予想がつく。
「お望み通り、戦いの末に殺してやる。
お前は剣を奪って対抗し……俺の雷撃で長く苦しんで死ぬんだな……」
レインは笑う。
「……相変わらずだな、グラン。
挑発に弱いのも、昔から変わらない……」
不敵な笑みを浮かべるレイン。
グランは掌をレインに向ける。
「黙れっ!!」
雷撃が解き放たれた。
――だが。
何も起きない。
雷は、霧散するように消えた。
「……は?」
グランの目が見開かれる。
グランは何度も魔力を集約させ、攻撃しようとするも、沈黙。
「なぜだ……何が起きている……!?」
理解出来ず、狼狽するグラン。
対し、不適な笑みを浮かべるレイン。
「……いざという時の備え。
試す時間も無かったが、上手くいったようだ……」
レインは淡々と語る。
その瞬間。
激闘故に外れ掛けていた、レインの右目の包帯が、風ではらりと落ちた。
レインの潰れた眼窩。
そこには新たな目が埋め込まれていた。
しかし。
埋め込まれていたのは、歪に琥珀色に輝く、異質な“眼”。
「……ッ!?それはっ……まさかっ!!」
グランは驚愕する。
その目をグランは知っていた。
魔獣ストレインの“第三の目”。
魔法を反転させる、忌まわしき器官。
レインは失った右目を捨てた。
再びグランと対峙するため、ルミナスに指示し、移植手術をさせた。
ルミナスに前例のない施術のため反対されたが、レインの覚悟のこもった目に押し切られ、指示を決行した。
レインの異様な姿に、グランは言葉が出ない。
人間の体に魔獣の一部を埋め込む。
狂人の発想。
それにレインは踏み込んだ。
「……エレナの禁術は、死体と魔獣の組み合わせ……それを参考にしてもらった。
効果はあったようだな……もう、お前の魔法は、通じない」
レインの処刑宣告のような言葉。
一瞬の動揺。
それが、グランの致命傷だった。
レインは足元の聖剣を拾い上げる。
そして。
振りかざし、袈裟斬りに振るわれた。
空気を裂く音。
グランは胸元を深く裂かれ、血が噴き出す。
「がっ……!?」
グランは胸を押さえ、悶えた。
レインはその様子を、冷たくも見守る。
「もう、終わりだ。
お前の物語も……光もな……」
グランの血反吐を吐きながらも、レインを睨む。
出血は止まらない。
グランは胸を押さえながら、後退。
塔の階段へと逃げる。
⸻
追い詰められた先は、西の塔の最上階。
風が吹き抜け、眼下に王都が広がっていた。
グランは吐血しながら、血が噴き出る胸を押さえ、レインに語る。
「……レイン……待て……俺には計画があるんだ……」
「…………」
レインは、無言で剣を構える。
その姿を見たグランも、運命を察し、口を開く。
「……レイン……お前も知らない、呪いを教えてやる……」
グランは血に濡れた両手を見せ、両腕を広げた。
「英雄という……眩しすぎて……気づきにくい……」
そして。
一歩、後ろへ。
「……誰もが憧れ……最後に心を蝕む……厄介な呪いだ……」
そのまま、背中から――
グランは、落ちていった。
「……もっと残酷な呪いを知っている」
レインは落ちたグランを見て、呟いた。
⸻
風が、血と埃の匂いを運ぶ。
こうして、勇者グランは死んだ。
裁かれも、救われもせず――ただ、消えた。
復讐は果たされた。
西の塔の最上階に、風だけが残った。
レインはしばらくその場に立ち尽くしていた。
静かに息を吐く。
刃には、まだ温もりが残っている。
レインは適当な布で右目を覆う。
塔の階段を降りる。
足を引きずり、聖剣を杖代わりに体重を預けながら、一段ずつ。
やがて――
西塔の下。
瓦礫の散乱した地面。
グランは倒れていた。
背中から叩きつけられた身体。
原形を留めず、血溜まりの中で動かない。
胸の傷口から、なおも血が滲んでいた。
レインは近づき、じっと見下ろす。
呼吸はない。
脈もない。
勇者グランは、ここで完全に死んでいた。
「……これで、本当に終わりだ」
その時。
背後から複数の足音。
レインは振り返る。
そこには、護衛を引き連れたフィークシス国王が立っていた。
その顔に、安堵も悲嘆もない。
ただ、冷え切った視線だけが、死体に向けられている。
レインは無言で一歩下がり、聖剣を差し出す。
「……契約は果たした。これで問題ないだろう」
王は一瞬、レインを見る。
護衛の一人が、レインから聖剣を受け取り、そのまま国王に献上された。
フィークシス国王が聖剣を手に取る。
次の瞬間。
躊躇なく、その刃を――
グランの亡骸へと、深く突き立てた。
鈍い音。
王は、死体を見下ろし、静かに吐き捨てる。
「……くだらぬ理想に縋った、愚か者め……」
侮蔑。
それだけが、そこにあった。
レインは何も言わない。
王は聖剣から手を離す。
血に染まる刃をそのままに、視線をレインへと戻す。
「大義であった。よくぞ、逆賊を討ち、この国を窮地から救ってくれた。」
淡々とした声。
「結果として、お前は彼よりも優れていると証明した……どうだ、儂に仕えぬか?
厚遇を約束しよう。」
その言葉に、護衛たちが息を呑む。
即答。
レインは首を横に振った。
「心遣い感謝するが……報酬以外は無用だ」
それだけ言い、踵を返す。
「人に使われるのは、もう御免なんでね……」
レインは呟き、その場を去る。
その場にいた護衛達は唖然とする。
王も何も引き留めなかった。
ただ、冷ややかな目で、その背を見送る。
その視線が、今後を暗示するかのように。
⸻
レインは城を出た。
その先でアイシャとルミナス、二人と合流する。
「……終わったの?」
アイシャが、静かに問う。
「ああ……決着をつけた」
ルミナスは回収した杖をレインに渡す。
状態を一瞥して、レインの支えに回る。
「まずは、目的の完遂をお祝い申し上げます。
すぐに、治療が必要です。」
レインは小さく頷いた。
「……帰ろう」
王都の喧騒は、まだ続いている。
だが、レインにとっての戦いは終わった。
英雄は死に、外法の呪具師の復讐は果たされた。




