41話 七章 勇者グラン⑧
――故郷の夢を見ていた。
村外れの空き地。
子供たちの歓声が上がっていた。
藁束が並べられ、一人の少年が剣を振るっている。
「はあっ!」
鋭い踏み込み。
鉄剣が風を切り、藁が一刀両断される。
「すげえ!」
「さすがグラン様!」
声を上げる子供たちの中心。
少年――グランは得意げに笑った。
まだ幼さの残る顔立ちだが、その剣筋は大人顔負けだった。
「当然だろ。
何たって、俺は勇者になる男だっ!」
目を輝かせ、剣を掲げ、胸を張る。
その姿と言葉に、子供たちは口々に持ち上げる。
神童。
そう呼ばれるのに、疑いの余地はなかった。
いつしか、疑いもなく思うようになった。
――自分は勇者になるために生まれたのだと。
グランは掲げた剣が刃こぼれだらけになった事に気づき、眉をひそめる。
「……もう限界か」
剣を捨てようとした、その時だった。
「……あの」
か細い声。
振り向くと、黒髪の少年が立っていた。
体に合っていないボロ切れを身にまとい、視線を伏せている。
「それ……使わないなら、貰えないかな」
周囲の子供たちが、露骨に顔をしかめる。
「なんだよ、またあいつか」
「孤児のくせに」
グランは一瞬だけ考え、肩をすくめた。
「ほら、好きにしろ」
グランは剣を投げ捨てる。
剣を拾った黒髪の少年は、深く頭を下げる。
そのまま、剣を抱えるように持って、その場を去った。
「誰だ、あいつ?」
「名前? 知らねえ。
鍛冶屋の下働きしてる奴ですよ」
「親は?」
「あいつの親、病気で死んだらしいぜ」
――それが、最初だった。
数日後。
村近くの森に、魔物出現の警戒が出された。
大人達は武器を持って警邏し、女子供の外出を控えさせた。
しかし。
「ここは俺の見せ場だ!」
新しい剣を手に、グランは数人の子供を引き連れ、森へ入った。
「ねぇ、グラン様……僕たちだけで大丈夫かなぁ」
子供の一人が心配そうに聞く。
「何言ってんだっ!俺は勇者になる男だっ!!
そんな魔物の1匹や2匹に怯える男じゃねぇっ!!」
グランの堂々とした姿。
子供達は一時安堵した。
次の瞬間。
咆哮。
森中に響き、木々から小鳥が逃げ出す。
地鳴りのような足音がグラン達に近づく。
浅黒い体毛と至る所にツノを生やした猛獣。
現れたのはこの森にいるはずのない、凶暴な熊の魔物。
「に、逃げろ!」
子供たちは散り散りに逃げ出す。
グランも逃げたかった。
しかし、剣を構える。
「(大丈夫だ……練習通りにやればっ)」
逃げたい衝動を抑え、己を鼓舞する。
グランは一人で立ち向かった。
持ち前の技量、練習の成果が実る。
熊の剛腕が振るわれるたびに空気が揺れる。
グランも剣を振るい、傷を与える。
「(いけるっ!!)」
手応えがあった。
熊の剛腕から、強烈な爪撃が繰り出される。
グランも攻撃を避けつつ、隙を見つけては剣を走らせる。
だが。
強靭な剛毛。
致命傷にならない。
首を狙うも、剣は血脂で切れ味が落ちている。
グランは大木を背に、追い詰められた。
熊の強烈な爪撃。
グランは防いだ。
しかし、鈍い音。
剣が折れ、胸元をかすめる。
「しまった……!」
絶望が、背筋を冷たく撫でる。
熊の魔物は舌なめずりをし、剛腕を振りかざす。
その時。
「グランっ!!」
叫び声と共に、誰かが駆け寄ってきた。
袋を抱え、現れたのはボロを着た黒髪の少年。
「これを!」
投げ出された剣。
袋から飛び出した物は見覚えのある鉄剣。
あの、刃こぼれした鉄剣。
熊の剛腕が振り降ろされる。
グランは反射的に拾い上げる。
踏み込んで、振るいあげた。
一閃。
熊の首が、宙を舞った。
静寂。
空気が安堵した。
「お前は確か……」
息を整えながら、グランは少年を見る。
「この剣、どうした?」
グランは剣を見る。
刃こぼれは無く、かつての鋭い切れ味をもつ鉄剣に変わっていた。
「直した……まだ、使えるから」
黒髪の少年は、伏目ながら言う。
「マジかよ……」
グランの口角はあがり、呟く。
ふと、グランは胸元に手を当てる。
慌てて、周囲を見回した。
地面から反射光。
グランは壊れたブローチを拾い上げる。
「やべぇ……これ大事な物なのに。父上に怒られる……」
ブローチは翡翠と金装飾の見事な逸品。
先程の激戦で、金装飾の一部が欠けていた。
グランが狼狽する。
「貸してくれる?」
その姿を見て、少年が声をかける。
グランは言われるまま渡す。
少年は懐から小さい瓶を出し、慣れた手つきで欠けた箇所に塗り込む。
欠けたはずの装飾は、元通りに収まっていた。
それを見てグランは驚く。
「すげぇっ!魔法か?」
「膠……乱暴にしなければ多分、大丈夫……」
グランは喜び、少年に聞く。
「お前は何でも直せるんだなっ!!」
「うん……僕、居候で新しい物が買えないから、直して使うんだ……」
グランは直されたブローチと鉄剣に視線を落とし考える。
そして、自然と口が動いていた。
「俺は、勇者になる男だ」
少年に向かって、手を差し出す。
「喜べっ!お前を、俺のパーティーの一員にしてやる!!」
グランの突然の発言に、少年は戸惑う。
少年の心情をよそに、グランは語り続ける。
「お前は、その場で武器を直せるっ!!
ピンチになっても、心強いっ!!」
「でも、僕は戦えないし、下働きだから鍛冶も未熟で……」
少年は手を振り、否定する。
しかし。
「そんなの関係ねぇっ!
俺は剣っ!お前は修理っ!!
得意分野でカバーすれば怖い物はねぇっ!!」
グランは少年に喋る間も与えず、押し通す。
「俺に力を貸してくれっ!!
名前は何て言うんだ?」
黒髪の少年は目を見開き、答えた。
「……レイン」
――これが、修復師となったきっかけだった。
両親の死後、初めて名前を呼んでもらえた。
つまらない能力を、初めて「価値」だと言ってくれた。
グランに振り回され、メンバーもクセのある奴ばっかり。
だが、必要とされていると思えば、どんな場所にもついて行けた。
だから、みんなの武器や道具が高品質になり、壊れにくくなっても、《光輪》に残り続けた。
みんなの役に立ちたいから。
その光景を、遠くから見ている自分がいた。
⸻
「…………っ」
レインは、ゆっくりと目を開いた。
長い夢を見ていた気分だ。
白い天井。
薬品の匂い。
病院のベッドだった。
「……レイン?」
左右を見ると、ベッドの脇にルミナスが立ち、
横ではアイシャが椅子に座ったまま、眠り込んでいる。
レインの小さな動きに気づき、アイシャが跳ねるように顔を上げた。
「……!? レイン!」
アイシャがレインの顔を覗き込む。
「よかった……本当に……」
アイシャは目に涙を溜め、強く息を吐いた。
「どういう事だ……あの後、どうなった?」
レインは上半身を起こしながら、ルミナスに聞いた。
「戦争には勝ちました。
グランはマスターへ発砲した後、聖剣を残して逃亡。現在も王国が秘密裏に捜索中です」
ルミナスが答える。
「そうか……俺はどれくらい寝ていたんだ?
俺を庇ったダリクは?」
「マスターは一週間、昏睡していました。
ダリク様も重傷を負いましたが、命に別状はなく、昨日に回復しています」
ルミナスの報告を聞きつつ、レインは自身の違和感に気づく。
「視界がおかしい……右側が、見えねえ」
アイシャの表情が、強張る。
ルミナスに視線を向け、お互いに小さく頷く。
アイシャは小さな鏡をレインに差し出した。
鏡に映る顔に、目を見開く。
包帯。
右目を覆うように巻かれていた。
レインはゆっくりと包帯を取る。
右目は潰れ、焦点を結んでいなかった。
「……奇跡的に弾は逸れましたが、右目が……」
普段はオートマタらしく淡々としたルミナス。しかし、今回は沈んだ表情で説明している。
「申し訳ございませんっ!
私も同行するべきでした。従者として、許されない事です。」
ルミナスが深々と頭を下げる。
「それを言うんだったら、私もだよ……もっと早く敵を片付けていれば……」
アイシャも先程とは違い、晴れない表情。
二人から後悔の念が伝わる。
「気にするな……お前達が防いでくれたから、グランと対決できた。
この目は、油断した俺の落ち度だ。」
レインは二人に言うと、少し表情が朗らかになる。
「でも、奇跡的に弾が逸れてよかったよ。
頭に当たってたら死んでたんだから」
アイシャに言われて思い出す。
レインの最後の記憶。
グランの銃口が頭に向けられ、距離も近かった。
レインは視線を壁に向ける。
杖の横に置かれた、壊れた足の補助器具。
レインは理解した。
グランの聖剣が補助器具に当たり、留め具が壊れかけた。
銃弾を避けようと、反射的に体重をかけた事で、補助器具が壊れたと同時に体勢が崩れたのだろう。
そのため、銃弾の直撃を避けたのだ。
「シャービス……また、助けられたな……」
一拍の沈黙。
アイシャが立ち上がった。
「とにかく、先生を呼んでくる」
そう言って、病室を出ていく。
残された静寂の中、ルミナスが口を開いた。
「マスターが昏睡中、王の伝言として、シモン執事が訪れました」
レインが耳を傾ける。
「戦争に勝ち、脅威は払われたが、肝心のグランを取り逃がした。
契約では、グランの暗殺までが条件。
これまでの功績を考慮し、報酬を半分渡すと」
仕立ての良い革袋が、棚に静かに置かれる。
「……だろうな」
レインは、袋から目を逸らさず言った。
「ルミナス」
「はい」
レインはルミナスに顔を向け話す。
「今から俺が言う命令を聞き、実行してくれ……」
戦争には勝利したが、レインの復讐は果たされなかった。
しかし、レインの炎は消えていない。
失ったものは大きい。
だが、まだ終わっていない。
まだ、終わらせていない。




