40話 七章 勇者グラン⑦
砦内部。
外側から爆音と悲鳴、金属がぶつかる音。
阿鼻叫喚の戦場である外に比べ、異様なほど静かだった。
血と硝煙の匂いは濃く残っている。
だが、人の気配がない。
まるで、全員が息を潜めているかのように。
レインは壁際に背を預けながら、杖を構えて一歩ずつ進んでいる。
片方の手には回転式拳銃。
曲がり角のたび、銃口と視線を先に送る。
罠も見張りもいない。
しかし、気配だけを感じる。
無意識に進む先に、グランがいるのだろう。
レインは胸元に手を伸ばし、懐の中にあるものに触れる。
小さく、細長い筒。
強く握りしめる。
「…………」
覚悟を決め、筒を懐に戻した後、再び歩を進める。
やがて、扉のない広間に辿り着いた。
瓦礫の奥。
粗末に組まれた玉座。
そこに、男はいた。
「よう……随分と派手にやってくれたな」
グランは足を組み、気だるげに片肘をついて、鎮座していた。
予断を許さない状況にも関わらず、緊張の色は微塵もない。
「……ここまで来るとは思わなかったか?」
レインは話しつつ、ゆっくりと足を運ぶ。
「ああ……生きている事に驚きだ」
グランは立ち上がる。
その目が、はっきりとレインを捉えた。
レインは無言で銃口をグランに向ける。
そのまま、レインは語る。
「三年前……お前は英雄として王国に選ばれた。だが、俺がいるとパーティー全体の評価が下がると言って切り捨てた……」
声が抑えきれず震えながら、レインは一歩、踏み出す。
「追放じゃ飽きたらず、俺を殺したのか?
奈落に落とせば済むと思ったか?
その結果、掴んだ栄光が……この有様か!」
感情が、言葉になって溢れた。
グランは表情を変えず淡々と語る。
「全部計画だ……あの時、殺し損ねたのが悔やまれる……今や、お前は俺の障害となっているのだからなぁ」
薄汚れたマントを脱ぎ捨てる。
王国から賜った聖剣が、音を立てて抜かれた。
「だが、計画に支障は無い……また、お前を殺すだけだ」
グランが語り終えた次の瞬間。
銃声。
レインが引き金を引き、初弾が放たれた。
だが、グランは躊躇わず、前へ踏み込む。
避ける。
レインは続けて3発発砲。
グランは1発、2発目を避け、3発目を剣で弾き落とす。
グランは一気に距離を詰め、聖剣で一閃。
拳銃が砕かれた。
レインは即座に杖の仕込み剣を展開。
刃をグランへ突き出す。
聖剣に防がれる。
金属音が響き、火花が散る。
互角――いや、押されている。
聖剣と仕込み剣。
まともに受ければ勝ち目はない。
レインは手首をひねり、聖剣を捌く。
グランの聖剣が捌かれた一瞬。
すかさずレインは横なぎに斬り払う。
グランは刃を軽々と躱すも胸をかすめた。
「……っ!?」
次の瞬間、鎧が泡立つように溶け始める。
グランは慌て、鎧胴の留め具を外し、投げ捨てた。
鎧胴はやがて、原型を止めず溶解した。
それを見て、グランは聖剣も確認する。
研いだばかりの聖剣に、多くの刃こぼれ。
「貴様っ……」
グランが低い声で、レインを睨みつける。
「……お前のペットから抽出した毒だ」
レインは、ストレインから回収した腕から、爪を素材に、仕込み剣を改造し、酸の毒を使えるようにしていた。
「厄介な真似を……!」
「…………」
レインは語らず、再び構える。
グランの聖剣が風を切り、レインに斬りかかる。
剣と杖がぶつかり、床が砕ける激戦。
レインはグランの剣撃を捌く。
隙を目掛けて斬りかかるも、グランに防がれる。
グランと比べ、剣術としての素養、体力からレインは不利。
レインは徐々に追い詰められながらも、体勢を崩さず対処する。
グランの方は酸による警戒もある。
それ以上に、自分より劣っているはずのレインに、剣技を捌かれる事に苛立ちを覚える。
やがて、雷光が走った。
「終わりだ!」
グランは雷撃魔法を放った。
レインは追い詰められる。
「(しまった……こいつの得意魔法は、雷撃だった!!)」
雷撃はレインに直撃し、大きな痛手。
激痛と痺れ。
体は思うように動かない。
息が荒く、視界が揺れる。
その時。
レインは懐から、細長い筒を取り出した。
「(……やるしかない)」
筒の蓋を外し、先端には針。
レインは、躊躇なく太ももに突き刺す。
レインが打ったのは、自作の即効性強化薬。
もちろん、法から外れた代物。
ルミナスの分析からも、グランの能力は筋力、魔力共に高水準。
元勇者としての実力は劣っていない。
レインは勝つ為に、身体を強化する注射薬を用意した。
配合した物は、危険な薬草のみ。
熟練の戦士でも死ぬ可能性のある代物。
呪いに蝕まれ、身体がボロボロのレインが耐え切れるか不明。
「今更、死ぬのは怖くねぇ……」
全てを承知で、レインは選んだ。
投与直後、全身に激痛が走る。
一拍。
血の巡りが感じ、痛みが消える。
反射も筋力も、一気に跳ね上がる。
その様子を見てグランは口を開く。
「哀れだなぁ……何を使ったかは知らねえが、そこまで、俺を殺したいか……」
気怠そうに言いながら、グランは聖剣を振りかざす。
「あの世で、後悔するんだな……」
聖剣が風を切りレインの頭上に振り下ろされる。
金属音。
聖剣は目にも止まらぬ速さで捌かれた。
「っ!? まだ、体力があったかーー」
グランが次の攻撃をしようとした瞬間。
鈍い音。
グランの顔面がめり込む。
柄。
レインは杖の持ち手でグランの顔面を殴打した。
グランは理解が追いつかない。
痛み始めて、状況に驚く。
グランは鼻から垂れた血を拭い、体勢を立て直す。
しかし。
グランに息をつく暇を与えず、レインの猛攻が始まる。
レインは一足踏み込み、仕込み剣による素早い刺突。
グランは、聖剣で捌く。
時には突き、薙ぎ払う。
グランの攻撃を、捌いてしまうレイン。
次第にグランが追い詰められる。
グランは状況の打開を目論む。
聖剣でレインの左足を狙い、横なぎに振るった。
しかし。
聞こえたのは、金属音。
聖剣はレインの足に着けられた補助器具に防がれた。
「っ!!」
グランは驚き、剣を引こうとする。
しかし、レインは即座に仕込み剣で聖剣を抑える。
そして。
乾いた音が響く。
レインの拳が、グランの顔面を捉えた。
グランが大きくのけ反る。
レインは繰り返す。
拳で殴る、殴る、殴る。
グランもたまらず聖剣を落とし、形勢は逆転した。
グランが膝をつく。
顔は殴打により腫れ、血が滲み出ている。
レインの拳も血に濡れた。
そのまま、グランを見下ろし仕込み剣を喉に突き立てる。
その瞬間。
「がぁっ!」
レインは大きく吐血する。
薬の制限時間が訪れた。
負荷が一気にレインの体に襲いかかる。
激痛に苛まれながらも、レインは仕込み剣を落とさず、グランを睨む。
「安心しろ……他の奴らが先にあの世で待っている……どんな死に方をしたかを聞くんだな……」
レインが掠れ声で何とか話す。
仕込み剣を振りかざした。
「……待ってくれ……」
荒い息の中、グランが顔を上げる。
「本当に俺を殺して良いのか……?
王国に言われるがまま、俺を殺しても何も発展しない……」
「戯言を……」
レインはグランの言葉に耳を貸さない。
しかし、グランは語り続ける。
「良いかっ!俺が王国の脅威となったからお前が雇われた……そんな俺を追い詰め、お前ら力を証明したっ!!
俺たちが手を組めば、より計画は成功する!!
だから……力を貸してくれっ!!」
レインの手が止まる。
その言葉が、胸の奥を抉った。
『力を貸してくれっ!!』
レインの頭に、子供の声が響く。
その瞬間。
一瞬の隙。
グランの手が動く。
腰の裏に隠し持っていた拳銃を取り出す。
銃口はレインの額に向けられた。
銃声。
グランは迷いなく、引き金が引いた。
乾いた音が、広間に何度も反響した。




