39話 七章 勇者グラン⑥
夜明け前。
西方へと続く街道は、深い霧に包まれていた。
石畳の上を、黒衣の一団が行進する。
黒布で覆われた輿。
さらに、車輪のついた巨大な黒い箱が三台。
きしむような音を立てて進む。
通りすがりの商人や農民は、足を止め、思わず帽子を取った。
「何だ?誰かの葬式か?」
「随分と物々しいし……棺にしてはでかいが……」
葬列。
誰もがそう思った。
だが、輿で担がれているのは死者ではない。
黒衣に身を包み、顔を黒いベールで覆い、
金色の冠装飾を額に載せた男――レイン。
兵士たちもまた、鎧の上から黒布を羽織り、誰一人として声を発しない。
静かな行進。
それは葬列ではない。
――死を運ぶ者たちだった。
⸻
日が昇り、霧が晴れる。
山間に築かれた西方砦の前。
草原に陣を敷くのは、先住民と元近衛騎士の混成軍。
見張りの男が、遠方を見て息を呑んだ。
「……黒い、軍勢?」
霧が晴れ、ようやく黒い軍勢を視認した見張りは、襲撃を知らせる鐘を鳴らした。
「襲撃だぁー!敵が攻めてきたっーー!!」
陣は慌ただしくなる。
一人が早馬を走らせ、砦に向かう。
砦の奥間。
グランは集められた、先住民や騎士の隊長格数名と会議している。
陣からの報告は、上座に座るグランに届いた。
「グラン様っ!敵が攻めてきましたっ!!」
薄汚れた外套を羽織ったグランは、立ち上がり、窓から遠眼鏡を使って覗き、口角を歪める。
「……あれだけか?」
「はっ、周りは草原。
伏兵も置けないため、あれで全軍かと。」
グランの側にいる隊長格の数名も、遠眼鏡で確認する。
すると、グラン以外が笑い始めた。
「はははっ、王国もヤキが回ったようだ。
あんな少人数で何をする?」
「あれは攻城兵器か?粗末な作戦だなっ!!」
周りが笑い転げる中、グランは遠眼鏡で車輪のついた黒い箱と、輿に担がれたレインを見る。
グランは一拍考え、口を開く。
「……迎え撃て。
騎馬で踏み潰して、死体は黒い箱に詰めて送り返せ。」
淡々と下される命令は再び、早馬で陣に通達される。
陣から、騎馬隊が出撃した。
先住民は現地語の異様な掛け声を上げ、騎士も掛け声を上げながら騎乗槍を構える。
先住民と騎士が入り混じった騎馬隊が草原を駆け、黒い軍隊に攻め込んだ。
⸻
馬蹄が徐々にレイン達に近づくのが、地響きで伝わる。
レインが杖を掲げると黒い軍隊は一斉に足を止める。
「――展開」
レインが一言、指示を出す。
「展開しろっ!!」
レインの指示を聞き、黒い軍隊の副隊長らしき男が大きく声を上げる。
黒い箱が、軋む音と共に開いた。
中から現れたのは、異様な兵器だった。
環状に配置された黒金の多銃身。
クランクのついた機関。
ガトリング砲。
兵器庫で眠っていた、未完成の兵器。
王国が過去に開発を断念し、忘れられていた。
レインはそれを見つけ、完成させたのだ。
兵士たちが息を呑む中、操作するのはルミナス。
兵の量も質を上げる間も無い状況。
それを埋めるための、レインの答えだった。
「冷却、弾薬、問題ありません。
攻撃範囲内に入り次第、発砲を開始します。」
その声と同時に、銃身が回転を始めた。
次の瞬間。
轟音。
空気を裂く咆哮のような音と共に、弾幕が吐き出される。
迫っていた騎馬隊が、次々と肉塊へと変わる。
悲鳴を上げる間もない。
ガトリング砲の利点である破壊力。
運用の難しさをルミナスが扱う事で解消された。
オートマタの精密さにより、弾幕は威嚇ではなく、逃げ場のない殺到する弾丸となる。
大きな反動すら、不動の体幹と腕力が押さえ込み、ガトリング砲は性能を余すことなく、発揮していた。
先住民や元近衛騎士達は何が起きているのか理解する前に、倒れていた。
戦場に響くその音は、
まるで巨大な魔獣の咆哮のようだった。
「――敵の魔法!?」
「当たると、死ぬぞっ!!」
誰かが叫ぶも逃げ場はない。
元近衛騎士の中には防御魔法を展開する者もいたが、圧倒的な弾幕物量に潰される。
数秒寿命が伸びただけであった。
やがて、ガトリング砲の弾が尽きる。
「っ!今のうちに攻め込めっ!!」
騎馬隊の第二陣が、撃ち止めを遠目で確認し、好機とばかりに攻め込んだ。
残る二台の箱も展開され、
移動式の大砲が姿を現す。
「撃てぇーー!!」
大砲は当たらずとも、轟音と着弾地点周辺に被害を広げ、騎馬隊は倒れていく。
「弾幕の補充。銃身の冷却をお願いします。」
その隙に、ルミナスは補助兵士に弾薬の補充と冷気魔法による、赤くなった銃身の冷却を頼む。
装填と冷却を素早く済ませ、ルミナスはガトリング砲を構える。
「攻撃を再開します。」
再び、轟音が響く。
兵器の前に騎馬隊は蹂躙され、数の差は、意味を失った。
⸻
ガトリング砲と大砲による砲撃進行を前に、立ち塞がる者はおらず、砦前門へと迫った、その時。
砦側から投げ込まれた、空を切る音。
「投擲――!!」
兵士の誰かが反応する。
手投弾。
次の瞬間、爆炎が弾けた。
ガトリング砲を飲み込む。
金属が悲鳴を上げ、砕け散る。
「ルミナスっ!!」
レインが声を上げる。
「ここに。退避完了しています。」
ルミナスは即座に後退し、無事だった。
しかし、兵器は砲身が曲がり、部品が砕け散り、沈黙した。
「……想定より早いな」
輿から降りたレインは静かに呟き、
黒衣を翻し、杖を手に、地に立つ。
「――第二段階」
号令と共に、兵士たちが動く。
鋼鉄製の大盾が囲むように並び、盾を掲げ、密集した陣形を組む。
亀甲陣。
防御に徹した黒い部隊は砦に攻め入った。
「進めぇっ!」
鉄壁のまま進み、先住民の弓や銃火器を弾き返す。
斬り込んできた敵などは盾の隙間より、槍や剣を繰り出し、時にはボウガンで撃ち落とす。
魔法詠唱の気配。
「ルミナスっ!」
「了解」
ルミナスの魔法弾が放たれ、
詠唱中の騎士を撃ち抜く。
元近衛騎士が魔法攻撃を図ろうとすれば、ルミナスが魔力反応を先読みし、魔法弾で対処した。
砦へと続く狭い通路。大軍でも容易に横展開はできない。
防衛側の利点が、黒い亀甲陣を活かしていた。
「前進!」
一歩ずつ、確実に。
狭路での混戦。
一人が倒れれば、すぐ次が詰める。
押し合い。
殺し合い。
その隙を縫うように――
別働隊が動いていた。
⸻
レイン達が攻めている砦正門の反対側。
アイシャとダリクが僅かな急斜面を登り切る。
目的は捕虜の救出。
レインの目論み通り、牢屋に続く区画は、レイン達に気を取られ、手薄だった。
二人は最低限置かれた見張りを始末しつつ、捕虜が押し込められた牢に辿り着く。
「ダリク隊長!!」
かつて、討伐隊としてグランに挑むも、敗北し、今日まで虜囚であった捕虜。
処刑か、餌になるか、絶望していた捕虜達の目に光が戻る。
「離れてっ!」
アイシャの刃が閃き、鍵を断ち切る。
「生きてる者は動け!
表で戦っている者がいる!!」
ダリクが叫ぶ。
捕虜たちは怯えながらも、牢を飛び出し、敵の剣を取り、銃火器を奪う。
数が増え、砦は前後で混乱を極めた。
その時。
「お前達っ!命が惜しければ牢に戻れっ!!」
何名かの元近衛騎士がアイシャ達にたちはだかる。
次の瞬間。
元近衛騎士の1人が声を上げる間もなく、何かに上から引っ張られ、姿を消した。
その場の全員が通路の天井を見る。
天井に三つ目の怪物が張り付き、牙を並べた長い舌で元近衛騎士の血を吸っていた。
「ストレインっ!」
アイシャが叫ぶと通路の奥からも低い咆哮が響く。
「っ!!逃げるぞっ!!」
その場にいた全員が、ストレイン2匹に追われながら、通路を駆け抜け、屋外に飛び出す。
しかし、ストレインの追撃は止まらず、敵味方問わず、動くものを狙って攻撃し、捕食している。
一匹がアイシャに牙の生えた長い舌を、目にも止まらぬ速さで伸ばす。
「伏せろっ!!」
ダリクが片刃の剣を振るい、ストレインの舌を斬り落とし、舌を失った怪物は転げ回り、他兵士達の手で始末される。
「ありがとう」
アイシャはダリクに手を引かれ、立ち上がる。
「礼なら、お前の主人に言ってくれ……」
ダリクが手にしている剣は、"断罪の貫刃"。
レインにより作られた呪具。
己の貫く思想と覚悟に応じて力を増す呪剣。
決戦前にレインから授かった逸品。
ダリクは覚悟を決め、振るった。
混戦の中、アイシャ達は亀甲陣で進行するレイン率いる部隊と合流する。
「首尾は!?」
レインが杖を着きつつ、駆け寄る。
「上々!!」
アイシャが2つ返事で返す。
ルミナスも合流し、四人はお互いに背中を合わせる。
「もう少しで砦内部だっ!このまま進むぞっ!!」
レインの号令と共に、四人は戦いながら進んでいった。
そこへ、ストレインが低い唸り声を上げ、立ちはだかる。
「任せてください!」
ルミナスが躊躇なく飛び込み、両腕の刃の内片方を取り外す。
そのまま、ストレインの第三の目を潰した。
魔法反転を無効にする。
ルミナスは痛みに悶えるストレインの首後ろに回り込む。
そのまま、魔法弾を連射。
ストレインは倒れ伏した。
⸻
レイン達は砦の内門へと辿り着く。
血と硝煙の匂いが立ち込める。
レインが入り込もうとした。
その瞬間。
見張り台から、手投弾がレインめがけて投げ込まれた。
「危ないっ!!」
咄嗟にダリクが身を挺して庇う。
爆風が彼の背を叩いた。
周辺に轟音と粉塵が舞った。
ルミナスは落ちていた小銃を拾い上げる。
オートマタによる寸分違わぬ正確な射撃で、次の手投弾が投げ込まれる前に、投擲手の先住民を撃ち抜く。
発砲音と共に落ちた先住民は、すでに手投弾の安全ピンが抜かれている。
再び轟音が鳴り響く。
粉塵が舞い、耳鳴りがしつつレインは杖に体重をかけ、立ち上がる。
側にはダリクが倒れていた。
「ダリクッ!!」
レインはダリクの肩を揺さぶる。
直ぐに、目を開け、精一杯の掠れ声を発する。
「行けっ……目的を果たせっ!!」
杖を突きながら駆け寄る。
そうしている内に、新手の先住民や元近衛騎士がレイン達に襲いかかる。
「こちらはお任せください。」
「ダリクの事も任せて、決着をつけてきてっ!」
アイシャとルミナスが迫る敵を請け負う。
レインは頷き、ダイナマイトで破壊された内門から砦内部に入り込む。
「いよいよか……」
この先にいるのは、
かつての勇者。
最後の復讐対象。
レインは全ての決着をつけに乗り込んだ。
これで終わらせる。




