38話 七章 勇者グラン⑤
王都郊外。
レイン達が滞在している屋敷の地下。
王が好きに使っていいと言ったため、レインは地下を工房にした。
金属と油、そして微かに焦げた魔力の匂いが漂っている。
作業台の上で、ルミナスは胸部装甲を外され、内部機構を露わにしている。
レインは無言で工具を動かし、歪んだ魔力導線を一本ずつ調整していた。
「……大丈夫?」
レインの背後から、アイシャが見守り、声をかける。
修理中のルミナスは無言。
アイシャの視線は、壁際に並べられた、魔獣の頭部と切断された腕に向けられる。
「ねえ、これ……何なの?
グリフォンってこんなに気味悪かったの?」
グリフォンは希少な生物。
本でしか知らない存在だ。
アイシャは引きつつ死骸に指をさして、レインに聞く。
「ストレインだ」
レインは手を止めずに答える。
「グリフォンに似ているが、別種の吸血性魔獣。
クチバシの奥から伸びる牙状の触手で血を吸い、爪は強酸性の毒を持っていて、硬い外皮や装甲を溶かす」
アイシャは身震いする。
「……だから、木も岩も溶けてたのね」
「こいつの本命は第三の目だ」
薬液に沈んだ、濁った第三の眼球をアイシャに見せる。
「視覚能力はほぼないが、視界に入った魔法や魔力行使を反転させる……魔術師にとっては天敵だ。
ルミナスの魔法が発動しなかったのは、そのせいだ」
「データ不足とは言え、不覚を取りました」
修理途中のルミナスが静かに口を開く。
「構わない……ストレインも凶暴性から討伐の優先対象だから、数と文献が少ない……
推測だが、捕虜を取っていた理由……
ストレインが吸血生物である以上、餌として生かしている可能性が高い……」
工房の空気が、一段重くなる。
「……グランはそれを知って、飼っている?」
アイシャの問いに、レインは一拍おき、答える。
「……何も知らずに飼い慣らしたとは思えない
」
最後の導線を繋ぎ、レインは工具を置く。
ルミナスの瞳に、淡い光が戻った。
「修理完了。問題ありません、マスター」
「よし」
レインは一仕事を終え、椅子にもたれかかる。
その時、アイシャがレインに聞いた。
「ねえ……あの人、本当に勇者だったの?」
遠眼鏡越しに見た、薄汚れた男の姿が、脳裏から離れないのだろう。
レインは静かに語り始める。
「……幼い頃からの付き合いだ。見栄っ張りで自信家だった……。
冒険者になりたてで金が無い時でも、『見てくれが悪いと、誰もついてこない』って、無理をして煌びやかな鎧を選び、言葉と態度に気を配っていた。
人を導くことを、誰よりも理解していた。
《光輪》の頃も、押しは強かったが、我の強かった曲者達を束ねられるカリスマもあった……」
レインは断言する。
「今のグランは真逆だ……3年前、近衛騎士の隊長になった時はどうだったんだ? ダリク」
壁にもたれ掛かり、腕を組んで沈黙していたダリクが、低く唸るように言葉を継いだ。
「3年前、王国に選ばれたばかりの頃から、社交性は抜群だった。
一月も経たずに、近衛隊全員の心を掴んだ……」
拳が、強く握られる。
「俺も尊敬してた……だからこそ、憎い」
沈黙が落ちる。
「……夜風に当たってくる」
レインは地下から地上へ出ると、冷たい夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。
少し遅れて、ダリクも階段を上ってくる。
「彼女の腕前……すごいな。
……あの刀も、お前が作ったものか?」
ダリクはぽつりと言う。
「ああ……代償は高いが、彼女の意思で持たせた。少しずつ、強くなっている」
レインが語るとダリクは一拍おき、口を開く。
「俺にも頼めないか……強くなれる呪具を……」
ダリクは真剣な目でレインに頼み込む。
「……お前は十分強い。今日だってルミナスやアイシャを助けた」
レインが返すと、ダリクは拳を握りしめ、続けた。
「今の強さじゃ、グランに到底敵わない。
あいつには思い知らせなければならない。
裏切ったものの重さを……正義を……」
「…………」
レインは沈黙する。
突然、遠くから乾いた蹄の音が響き、近づいてきた。
「――伝令です!」
門前で叫ぶ声に、屋敷の空気が一変する。
「何事だっ!!」
ダリクが応対に出る。
鎧姿の若い騎士が転がるように馬から降り、荒く息を整えながら告げた。
「ダリク隊長!緊急招集です!!
王都西区、大臣邸が襲撃を受けました!襲撃者は……グランと、武装した賊が数名!
屋敷に立てこもり、人質を取っている模様です!」
その名を聞いた瞬間、レインの表情が凍る。
「近隣の騎士団を招集していますが、即応できる者が足りません!
手の空いている騎士は――」
「……借りるぞ」
レインはそれだけ言うと、伝令の馬の手綱を掴んだ。
「レイン!?」
ダリクの制止を振り切り、レインは鞍に飛び乗り、駆け抜けた。
⸻
王都西区。
貴族街にあるはずの静謐は、すでに破壊されていた。
大臣屋敷の周囲には倒れた衛兵の影。
割れた窓、焦げた壁、血の匂い。
レインは馬を路地に繋ぎ、杖の剣を手に屋敷へと近づく。
すると、一人。
昼間に確認した鹿革服の先住民が銃を構えて佇んでいた。
裏口に立つ先住民の男が気づくより早く、
レインの杖が喉を貫いた。
音を立てずに崩れ落ちる。
「ーーー!?」
近くで待機していた先住民が、現地語であろう掛け声をあげ、手斧を振り翳す。
レインは回転式拳銃で先住民の胴体を撃ち抜き、体勢が崩れた所ところを剣で首を刎ねた。
廊下。
階段。
曲がり角。
現れる先住民を、ひとりずつ、淡々と始末していく。
杖の剣による斬撃。
回転式拳銃の引き金を引くたび、乾いた音が貴族街に吸い込まれていく。
躊躇はない。
怒りも、激情もない。
ただ――「止める」という一点だけ。
背後から足音が重なり、レインは剣を構え振り返る。
「俺だ……」
ダリクが剣を手に立っていた。
「勝手に先行するな……行くぞ」
ダリクはレインに忠告し、レインは静かに頷く。
二人はそのまま言葉を交わさず、屋敷の中へと進む。
レインとダリクは呼吸を合わせ、屋敷の扉を蹴り破った。
⸻
広間には、すでに死があった。
私兵か使用人の死体。
先住民のものもあり、激戦だったことが伺える。
壁には弾痕や剣の跡。大きく飾られている、大臣と家族の肖像画も傷つき、返り血で汚れている。
2階から物音。
レインとダリクは顔を合わせ、目配せをし、慎重に足を運ぶ。
二人は2階の扉を一つずつ確かめる。
突き当たり、応接間に達し、扉越しに人の気配を感じとる。
ダリクはレインに目配せをし、ドアを勢いよく開け、二人は突入した。
荒らされた応接間。
大臣と、その妻が
血に染まった床に倒れ伏し、微動だにしない。
そして――
涙目で震える大臣の娘であろう令嬢を背に、庇うように、一人の男が立っていた。
薄汚れた外套。
無精髭。
補修跡だらけの装備。
だが、その目だけは、異様に澄んでいる。
男が、口角を歪める。
「おや? まさか……レインか?
それに……近衛の坊やまで……」
グランだった。
「俺が殺した人間が二人も現れるとはな……」
令嬢の後頭部に拳銃を突きつけており、レインもダリクも足が止まる。
「た……助けて……」
震えた声で令嬢が助けを求める。
「人質を放せ!逃げ場は無いぞっ!!」
ダリクが剣を構え、叫ぶのに対し、
レインは剣を下ろしながら、淡々と口を開く
「……逃げる以外の選択肢はない。足手纏いになる人質は不要のはずだ」
「必要かどうかは、俺が決める」
グランは軽く肩をすくめる。
「それに……覗き見されたお返しだ……見られっぱなしってのも、気分が悪くてな」
グランは令嬢を盾にジリジリと足を運ぶ。
レインとダリクも合わせて、ゆっくり足を後退させる。
「あと、ペットも殺してくれたな……これで、五分五分だ」
グランが言い切った、その瞬間。
銃声。
乾いた音が室内に響く。
グランは躊躇なく引き金を引いた。
令嬢の体が、糸の切れた人形のように崩れ落ち、そのままダリクに向けて投げ込まれる。
「――っ!!」
ダリクが冷たくなった令嬢を掴み、ダリクは光を失った令嬢の顔と、手についた血を見て、動けなくなる。
レインは動揺しながらも、回転式拳銃を取り出し、銃口を向ける。
グランは窓へと駆け出す。
飛び出す瞬間、グランはレインをみて、口角を上げて跳び降りた。
レインが窓の外を見ると、すでにグランは馬に乗り、遠くまで駆けていた。
グランの姿が見えなくなり、レインは室内へ振り向く。
グランの笑みが分かった。
導火線の火が、短く揺れていた。
グランが影となり、見えなかった机の上に、導火線に火がついたダイナマイトが置かれていた。
「伏せろっ!!」
我に帰ったダリクがレインに飛び込み、グランが飛び出した窓から二人は落下する。
その瞬間、轟音が鳴り響いた。
⸻
大臣屋敷は戦場跡のように崩れ、粉塵が舞う。
煙が立ち込める中、二人はボロボロになり、耳鳴りがしながらもレインとダリクは立ち上がる。
ダリクは、震える拳を強く握りしめていた。
「……俺は、正義のために……!」
「通じない」
レインが、低く言った。
「正直……今まで、グランの変わりようが信じられなかった……だが、会って確信した。
今のグランに、正義は通じない。
理想も、誓いも、名誉も……全部、捨てている」
一拍の沈黙。
レインはダリクに顔を向けて言う。
「強くなる呪具が欲しいといったな……」
レインの鋭い目で問われ、ダリクも沈黙する。
「呪具は、正義では動かない。
動くのは、剥き出しの復讐心だ。
アイシャは、姉の仇を取る以外に雑念が無かった……それが、良いとは言えないが、呪具を扱うのに不可欠だ」
レインは杖をダリクに向け、冷たく語り続ける。
「復讐を果たしたいなら、建前や倫理は捨てろ……本心に向き合え。
そのままだと運が良くて死、悪ければ悲惨な結果がお前を襲う」
ダリクは、唇を噛み締めた。
レインはそのまま、杖を下ろし、体重を預けて歩き出す。
「……希望の呪具は作ってやる。
だが、使う以上、覚悟は決めておけ」
流し目で語る、レインの目は鋭く、戦い慣れしたダリクにも響いた。
壊れた英雄は、国そのものを焼き尽くそうとしている。




