37話 七章 勇者グラン④
西方国境。
山風が、冷たく頬を撫でていった。
西方へ向かう街道を外れ、獣道をさらに登った先。
ダリクを先頭にレイン、アイシャ、ルミナスは、切り立った岩陰に身を潜めながら、進んでいる。
レインは作戦に必要な部品を鍛冶師達に作成を依頼した。
その間に、レインは少しでも情報を集めようと敵城視察をダリクに申し出た。
「……あれが、敵砦だ」
ダリクの低い声に、レインは頷く。
眼前に広がるのは、山そのものを削り、抱き込むように築かれた巨大な砦だった。
自然の尾根と断崖を利用し、壁と門は最小限。
出入りは正面のみで、他の攻め口は無い。
天然の要害。
攻めるより、籠るために造られた砦だ。
「厄介だな……」
四人は身を屈め、レインとアイシャは遠眼鏡で覗き込む。
砦の周囲を巡回するのは、弓や銃を装備した鹿革衣服の先住民達。
その合間に、見慣れた装備を纏った元近衛騎士の姿もある。
「マスター。部族同士はもちろん、騎士との混成軍でありながらも統制が取れています。
警戒配置、交代の間隔、合図、すべて軍として成立しています。」
ルミナスが鑑定眼で状況を分析し、淡々と言葉を続ける。
砦の奥。
檻の並ぶ一角に、先住民達が捕虜を引き立てて連れてくるのが見えた。
「……捕虜?」
アイシャの声が、わずかに硬くなる。
レインも遠眼鏡で確認する。装備から以前の討伐隊の捕虜であろうと考える。
その瞬間――
砦の建物の影から、一人の男が部下を伴って姿を現した。
レインの呼吸が、止まる。
整えていない髪に無精髭を生やした顔。
薄汚れた外套を纏い、装備は、補修を重ねた痕が目立つ。
だが、その立ち姿だけは、紛れもなかった。
「……グラン?」
レインは、絞り出すように名を呟いた。
かつての仲間。
最後の復讐対象。
勇者として、常に煌びやかに整えていた姿とは対照的で、レインの知る彼とは程遠かった。
ルミナスが鑑定眼で状況を分析する。
「勇者というだけあって筋力や魔力、全てが基準値より上。能力は本物ですね。」
遠眼鏡越しに、グランは捕虜を前に跪かせている。
声は届かないが、言葉は冷静で、感情の揺らぎがない。
「何しているの?」
「読唇を開始します」
アイシャの疑問にルミナスが対応する。
次の瞬間。
グランは、腰元から拳銃を抜き、一切の躊躇なく引き金を引いた。
乾いた音が、山に響いた。
捕虜が崩れ落ちる。
「……っ」
アイシャが歯を食いしばる。
「……読唇を試みましたが、グランは何も話しませんでした。
脈拍も正常のまま、意図して殺害したものと考えられます。」
ルミナスは冷静に答える。
レインは、遠眼鏡を握る手に力が入るのを感じた。
次の瞬間、グランがふと顔を上げた。
――視線が、こちらを向く。
遠眼鏡越しでも分かる。
グランは、レイン達の潜む岩場を正確に捉えていた。
そして――
指を、こちらに向ける。
「……見つかった、逃げるぞ。」
レインが吐き捨て、4人は追っ手が来る前に、その場をすぐに退散する。
グランは、何も言わない。
ただ、背後に控えていた兵に、無言で合図を送った。
――檻が、開く。
次の瞬間、空が鳴った。
「来るぞっ!!」
巨大な影が、翼を広げて飛び立つ。
グリフォンを模した2〜3メートル程の魔獣。
黒い体毛に額には不自然な三つ目があり、獣の咆哮は歪んでいた。
「グリフォンっ!?」
アイシャが驚き、刀を抜く。
「迎撃します」
ルミナスが腕を魔力砲に展開する。
突風と共に、木々を薙ぎ倒しながら、魔獣は急降下する。
「目標補足。攻撃を開始します。」
ルミナスの腕に光が集まり、攻撃魔法を打ち放とうとした瞬間。
閃光。
グリフォンもどきの魔獣は第三の目をルミナスに向ける。
「……魔力、遮断!?」
ルミナスの腕から魔法は放たれず、そのまま鉤爪に捕まれ、岩壁に抑え込まれる。
抑え込まれたルミナスは脱出を試みる。
すると、魔獣のクチバシから、牙の並んだ触手がルミナスを襲い、咄嗟に手で防ぐ。
「ルミナスっ!!」
アイシャが真っ先に駆け寄り、斬り掛かる。
しかし、魔獣の尾は骨のように硬く、唸りを上げ、防がれる。
魔獣の目がアイシャに向けられる。
「化け物っ!!」
覇気のある掛け声。
ダリクは剣を大きく振りかざし、ルミナスを抑え込んだ腕を切り落とした。
「グァっアアぁぁぁぁぁ!」
聞いたことのない鳴き声の断末魔が、山に木霊し、激しい羽音と衝撃が、山肌を揺らす。
魔獣は残った腕の鉤爪でダリクを襲う。
ダリクは避けたが、魔獣の引っ掻いた跡は木も岩も溶け始め、驚く。
再び、魔獣が腕を振りかざす。
その瞬間。
レインは魔獣の懐に入り込む。
杖の剣を魔獣の腹に突き刺すと、魔獣は痛みと苦しみから大暴れした。
暴れる翼や爪、尾を避けながら、数秒後に魔獣は沈黙した。
「……何?これ?」
アイシャが問う。
「……説明は後だ!!
アイシャっ、こいつの首を斬れっ!!」
レインの指示に、アイシャは動揺しつつ行動する。
「ダリクっ、ルミナスに肩を貸してやってくれ!!
アイシャも首を落としたら、切り落とした腕と一緒に持ってこいっ!
爪の毒は酸性だから気をつけろ!!」
レインは少しでも情報を得るために、最低限回収する。
「追撃される前に、離脱だ」
アイシャが魔獣の腕、レインは頭、ダリクはルミナスとそれぞれが何かしらを抱え、その場を離れた。
短いが、苛烈な戦闘だった。
魔獣は倒れ伏した。
三人の息は荒い。
レインは一度だけ、砦を振り返った。
「違う……俺の知っているグランじゃない……」
レインは、低く呟いた。
合理的で、冷酷で、容赦がない。
それはレインの知る勇者ではなかった。
あれは――何だ?




