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36話 七章 勇者グラン③

夜明け前の静寂が、屋敷を包んでいた。


柔らかな寝台の感触に、レインはゆっくりと意識を浮上させる。

久しぶりに、身体を横たえたまま眠った感覚だった。


軋まぬ床。

遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。


「……静かだな」


独り言を呟き、杖を手にして立ち上がる。

カーテンを引くと、朝の淡い光が差し込んだ。


窓の外に広がっていたのは、整備された庭と、その向こうに続く丘陵。

城壁も、市街の喧騒も、ここからは見えない。


「……王都郊外か」


夜間に連れて来られたため場所は分からなかったが、日が差し込み、おおよその位置は把握できた。


王がこの屋敷を用意した理由を、今さらながら理解した。

監視しやすく、逃げ場のない場所。


レインは寝室から廊下に出ると、微かな食事の香りが漂っていた。


食堂では、ルミナスが手際よく朝食を並べているところだった。

湯気の立つスープ、焼いたパン、簡素だが整った献立。


「おはようございます、マスター。

屋敷内の設備を使用し、朝食を用意しました」


「……板についてきたな」


レインの言葉に、ルミナスはわずかに胸を張る。


そこへ、アイシャも眠い目をこすりながら、姿を見せた。


「おはよう……これ、全部ルミナスが?」


「はい。この屋敷のものは自由にしていいと言われましたので。」


アイシャはくすりと笑い、


「ルミナスの給仕らしいところ、初めて見たかも」


ルミナスは首を傾ける。


2人のやり取りに微笑みつつ、レインも腰を下ろし、スープを一口含む。


「お味はいかがでしょうか……?」


改めて、レインは噛み締めて味わう。


「……悪くない」


短い言葉だったが、確かな評価だった。


「うん、とっても美味しいっ」


アイシャは素直な反応を示す。


ルミナスは二人の反応に、満足そうに微笑む。


ぎこちないながらも、三人で食卓を囲む朝。

昨夜の重苦しさは、ほんの少しだけ和らいでいた。


――その空気を切り裂くように、外から馬車の音が響いた。


「来たか……」


レインは杖を手に取り、立ち上がる。



応接間に現れたのは、国王フィークシス。

昨日同様、執事のシモンと、浅黒い肌の青年騎士が随行している。


「休めたかな?」


形式的な言葉の後、王は本題に入る。

レインは一息吐き、静かに言った。


「……依頼を引き受ける」


アイシャが息を呑み、ルミナスは黙って頷く。

レインはそのまま、続ける。


「ただし、条件がある……まず、必要な情報は全て開示しろ。次に活動に必要な資金と物資は、報酬とは別に用意してもらう」


王は黙って聞いている。


「そして……成功後、俺と従者に関わる全ての罪を免除してもらう。

書面と口頭で契約しろ……曖昧な約束は要らない」


沈黙の後、王はゆっくりと頷いた。


「いいだろう、書類も用意させる。

依頼成功の暁には、報酬と君達の違法行為もすべて不問にしよう」


王はシモンに目配せをし、シモンも軽く会釈する。


こうして、契約は結ばれた。



「それでは……君達には依頼をこなしてもらうための作戦や必要な人員……詳細はダリクに聞いてくれ」


王が言い終わると、護衛の青年騎士が前に出て口を開く。


「……ついてこい」


怪訝な表情の青年騎士に案内されるまま、レイン達は屋敷の外に止めてあった馬車に乗り込み、青年騎士は馬に乗って並行する。


しばらく馬車が走り、アイシャは馬車の窓から顔を出す。


「ねぇっ、ちょっとっ!貴方の名前は?」


アイシャは青年騎士に声をかける。

青年騎士は変わらず、怪訝な表情で答える。


「……ダリクだ。」


「敵について教えてくれる?

これから戦う相手なら知るべきでしょ!?」


アイシャはめげずに、質問する。


「……勇者グランについては、ご主人様の方が詳しいんじゃないか」


ダリクはレインに投げ、アイシャもレインに顔を向ける。


「……ああ、嫌というほどな。

だから、近衛隊と反乱軍について教えてくれ。」


レインが聞くと、ダリクは舌打ちをし、語り始める。


「まず西方の反乱軍について……軍と呼んでいるが先住民族の集まりだ……長年、王国に反抗していたが、数が集まり規模が大きくなった。


近衛隊は、剣も魔法も優れた国が誇る精鋭だ……今は違うがな」


ダリクは歯痒く語った。


「……数はどれくらいだ……」


レインが煙管タバコを一服吹かし、聞く。


「大半は先住民族だ……攻撃魔法は扱えない、武器は弓矢……最近は銃火器を集めている。

各部族が集まって千人程。

近衛部隊は八百……装備と物資を潤沢に整えて出兵した」


「銃火器か……」


レインがタバコを吸いつつ、考える。


銃火器は魔法が扱えない人間や不得意な種族に需要がある反面、弾数がある事と、防御魔法に精通していれば防ぐことができてしまう。


故に銃は補助武器として扱う事が多いが、千人ほどの銃兵隊と考えると、充分な戦力となる。


「……着いたぞ」


レインが考えているうちに、一行は王都郊外の練兵場へと辿り着いた事をダリクが告げる。


三人が馬車から降りると広い敷地で集められている数十名の兵を確認する。


兵士達もその場に似つかわしくないレイン一行に視線が集まるが、ダリクを見てすぐに整列する。


緊張が走る中、ダリクの口が開く。


「彼らが……本作戦での兵士だ。」


それを見た瞬間、アイシャが声を荒げる。


「……嘘でしょ!?

相手は近衛隊と反乱軍でしょう!?」


「…………」


ダリクは眉一つ動かさず沈黙する。


「最高……今から私達は元勇者と数千の兵士相手に、数十名で死にに行けってことね?」


アイシャが不貞腐れると、ダリクが重い口を開け、語り始める。


「……これまでも表向きは“西方への援軍”として軍を動かしてきた。


騎士団に暗殺部隊……多くの者が送られた。

だが……派遣された部隊は、定期連絡が必ず途絶えた。


時が経ち、送られた者は帰ってきた……首となってな……」


ダリクが、低い声で続ける。


「……これ以上、部隊を送るのは限界がある。

民衆からも、国外からも怪しまれる。」


拳を握り締め、重く語るダリク。


並々ならぬ敵意を隠そうともしない様子に、レインは聞く。


「……お前はグランに斬られた事以外で何かあったのか……?」


「お前には関係ない」


ダリクは即答し、レインも返す。


「お前は、俺のお目付け役として同行する……情報は隠さず提供するのが契約だ」


その言葉に、空気が張り詰める。

ダリクは一拍し、口を開く。


「……王命でグランの監視を、もう1人の目付け役と共に、副隊長として同行した。


西方へ遠征した際、グランは突然、敵軍と合流し、その場で俺らを斬りつけた……


そのまま、崖に落とされたが、俺はもう1人が緩衝材になって助かった。」


レインだけでなく、アイシャも沈黙し、聞きいる。


「お前が、この作戦に燃えるのは一緒に死んだ仲間の為か?」


レインが聞くと、ダリクは唇を噛み締め、拳を強く握る。


「もう1人の目付け役は……兄のメリクだ。

兄貴が俺を庇った……俺だけが生き残った……だから、俺がやるしかない!


あいつが裏切ったのは、王国と、名誉も、誓いも……全てを踏み躙った!!」


ダリクの声は硬い。

正義感と怒りが、彼を突き動かしているのは明白だった。


レインもグランにより斬られ、奈落に落とされた身として共感した。


しかし、正義感だけで、この戦力差は戦況を変えられない。


ダリクも近衛騎士に選ばれる以上、実力者なのは確かだが、現状の最高戦力はルミナスとアイシャ。


2人が参戦しても、状況は覆せない。


レインは練兵場を見渡す。


――そして、奥に並ぶ倉庫に目を留めた。


「……あそこは?」


「使われなくなった兵器庫だ。

攻城兵器に魔導具、未完成の武器が眠っている」


レインは、杖をつきながら歩き出す。


兵器庫の軋む扉を開ける。

目に入るのは、埃を被った兵器の山。


壊れたまま放置された攻城兵器、旧式の魔道具、未完成武器の部品。


殆どがガラクタの中で、レインの視線は布の被った物に止まった。

レインは歩み寄り、埃が被った布を剥ぎ取る。


「……使えるな」


レインは布を剥ぎ取った"それ"を見て、考え込む。


「やるしかないか……」


その呟きに、ダリクが眉をひそめる。


「何を考えている?」


ダリクの問いにレインは返答する。


「集められるだけ、鍛冶師を集めてくれ……大仕事になる。」


ダリクは頷き、兵器庫を後にした。

レインは、壊れた兵器を見つめたまま考え込んだ。


戦場は西方。

勝敗は、ここで決まる。

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