32話 六章 聖女エレナ⑫
聖堂に、重い軋み音が響いた。
改造フェニスは獣のような唸り声を上げながら、背中が裂ける。
そこから、新たな腕が生える。
肉と骨が軋む不快な音。
両脇から伸びた二本の腕は、既存のものと同じく歪な刃を備え、合計四本の凶腕が、ゆっくりと開かれた。
「……増えたな」
レインが低く呟く。
「うげぇ……気持ち悪いわね」
アイシャが刀を構え直す。
ルミナスは無言のまま、両腕を刃へと変形させた。
「そいつは、未来が見えるらしい……攻撃は、読まれる前提で動け」
レインは視線を外さず、短く忠告する。
「……えっ!?」
アイシャが眉をひそめる、その瞬間――
改造フェニスが地面が削れるほど踏み込み、
四本の凶刃が同時に振るわれ、空気が裂ける。
三人は即座に散開し、紙一重で回避する。
「っ……!」
床が抉れ、轟音と衝撃が聖堂に反響する。
最初に踏み込んだのは、アイシャだった。
白無垢の太刀による斬撃が、何層に鋭く閃く。
しかし――
「……っ!」
改造フェニスの刃が、先回りするように動き、
全ての斬撃を、正確に受け止めた。
「嘘っ?!」
アイシャも驚きを隠せず、動揺する。
次にルミナスが、両腕の刃で間合いに入り、アイシャを超える目視できない連続斬撃。
だが、それもまた――
一拍早く、
四本の刃が噛み合い、防がれる。
ルミナスは反応は乏しいが、驚きの表情へと変わる。
改造フェニスの喉から、変わらず、獣のような声が漏れる。
「(やっぱり、見えてやがるな……)」
レインは隙を突き、懐に潜り込む。
異形の弱点である、顔の水晶の破壊しようと、改造フェニスの顎下へ、杖剣を突き出す。
だが。
改造フェニスは、器用に首を捻って避ける。
「避けたか……未来視は間違いないな……」
レインは舌打ちする。
ルミナスが一足後ろへ跳び、距離をとる。
「マスター、アイシャ様、避けてください。」
ルミナスの声に反応し、レインとアイシャは、改造フェニスから距離を取る。
両腕が変形し、円筒状の砲口が現れる。
「貴方が強化改造で追加した機能です」
次の瞬間――
魔法弾が、連続で放たれた。
光の弾幕が撃ち込まれる。
だが、改造フェニスは集中砲火を、無駄の無い動きで身を捻り、弾き、刃で叩き落とす。
ルミナスは攻撃を続行し、体幹がブレないよう地面に踏み込み、一度に数百発に及ぶ魔法弾を撃ち続ける。
瞬間、跳ね返された一発が、
天井に直撃した。
――轟音。
瓦礫が崩れ落ち、改造フェニスは即座に、その落下地点を避けた。
「(……今のは?)」
その動きを――レインは、見逃さなかった。
それは攻撃ではない。
ただの、偶然。
それでも――避けた。
それを、避けた。
レインは、大きく声をあげる。
「ルミナスっ、アイシャっ! よく聞けっ!!」
2人は改造フェニスに対峙しつつ、耳を傾ける。
「とにかく、休まず攻撃しろっ!!」
「……えっ!?」
アイシャが一瞬、目を見開く。
「了解しました」
ルミナスは即答だった。
「……もう、知らないからっ!」
アイシャは半ばヤケになり、踏み込む。
3人は一箇所に留まらず、時には避け、時には仲間を補助して連携し、三方向から同時に、休みなく、斬撃と魔法が繰り出される。
玉座から、エレナの声が落ちる。
「無駄よ……未来が見える相手に無策な攻撃……とうとう、狂ったのかしら?」
だが。
改造フェニスの動きが、徐々に、乱れ始めた。
四本の刃で防ぎ続ける。
だが、止まらない。
一つ防げば、次。
次を防げば、横から。
疲れを知らないルミナスの魔法と斬撃による連撃。
感情を乗せたアイシャの白刃による斬撃。
隙を逃さず、確実な一撃を狙うレインの刃。
「――ギ……ッ!」
初めて、
改造フェニスの体から、悲鳴が漏れた。
アイシャの刀が一本の腕を裂き、レインの刃が胴を掠める。
その姿を見てレインは、確信する。
「やっぱりな……見えてるのは、攻撃の直前……せいぜい、三秒から五秒前……
攻撃の方向と手段から対応している。」
改造フェニスは見える情報を全て処理できるわけじゃない。
その証拠に、多方向からの攻撃を防ぎきれず、ルミナスが攻撃をした際も、距離を取ったレインとアイシャに目もくれない。
「……わかったところで、あなた達に不利なのは、変わらないわ……」
エレナは余裕ある表情で、淡々と告げる。
「いや……それなら、話が早い」
レインは懐から煙幕を取り出し、床に叩きつけた。
白煙が舞い、瞬時に、聖堂が煙に包まれる。
「なっ……!?」
エレナの声が、煙の向こうで歪む。
「逃げるつもり!?」
改造フェニスが見回す。
次の瞬間、四方八方より煙の中から、斬撃と魔法が飛ぶ。
「――ッ!!」
改造フェニスは驚き、防御しようとするも、防ぎきれず傷を負う。
煙の中からレインの重く、低い声が響く。
「煙で背景が見えなければ、見えても――意味がない……」
改造フェニスの未来視は、数秒先の光景を映す。
だが――
煙に覆われた世界では、距離も、位置も、方向も、判別できない。
見えても、意味がない。
「――ギ……ァアアアッ!!」
煙の中から怪物の断末魔が聖堂に響く。
刃が肉を裂かれ、腕が落ち、脚が、斬られる。
煙が、ゆっくりと晴れていく。
そこにあったのは――
再び手足を失い、
上半身だけになった改造フェニス。
床に転がり、唸り声を上げて、もがいているのを、レインが足で押さえつける。
「……あの時、殺してやった方が良かったな」
レインは杖の剣を、水晶が埋め込まれた頭部へ
迷い無く突き刺す。
水晶が、砕け散った。
改造フェニスの動きが、完全に止まる。
静寂。
レインは、ゆっくりと剣を抜き、
そのまま、刃先を向ける。
狙いは、エレナ。
「次は、お前だ」
三人が、並び立つ。
水晶の欠片が、床に転がる。
レインは刃先を、玉座へ向けた。
「次は、お前だ」
エレナが、ゆっくりと立ち上がる。




