31話 六章 聖女エレナ⑪
聖堂の床が、軋む。
一歩、踏み出すたびに、
改造されたフェニスの巨体が、空気そのものを圧迫していた。
両腕に生えた刃が、鈍く光る。
振るわれれば、それだけで致命――そう理解できる質量。
「(重いな……ここまで、通用しないものか……)」
レインは杖剣を構えながら、距離を測る。
剣技で競り合う気も、力比べをする気もない。不利であることも承知している。
しかし、改造フェニスはレインの攻撃を全て防ぐだけでなく、レインの足運びに合わせて立ちはだかる。
「(試すか……)」
レインは、左手を翻した。
瞬間、
鋭い金属音と共に、投げナイフが空を裂く。
狙いは、フェニスではない。
玉座に腰掛け、
余裕の笑みを浮かべる、エレナ。
だが。
ナイフが到達するよりも早く、
フェニスの巨体が割り込む。
刃が弾かれ、床に転がった。
「……まさか」
レインが呟くと、エレナは楽しげに口角を上げた。
「……無駄よ」
フェニスの視線が、再びレインを捉える。
その瞬間――
レインが踏み込もうとした、その“直前”。
フェニスの刃が、そこを塞いだ。
「っ……!」
避ける。
だが、次の動きも、その次も。
一拍、早い。
「(読まれてる?……いや、先回りされてる!)」
エレナは、まるで講義でもするかのように、淡々と告げはじめた。
「改造のついでに、良い物を付けてあげたの。
“未来を見る能力”よ」
その言葉と同時に、
フェニスの刃が唸りを上げる。
レインは後退しながら、防ぐ。
だが、間に合わない。
フェニスの一撃は、レインの体が大きく吹き飛ばされ、肩が裂け、血が散る。
数回、地面を転がされるも、杖の剣で地面を引っ掻きながらも、息を整え、体勢を立て直す。
「くっ……」
立ち上がろうとする前に、影が落ちる。
「(……そりゃ、強いわけだ)」
元々のポテンシャルに差がある。
毒も当てなければ、効果はない。
先を見破られれば奇策も、通らない。
レインの身体は、確実に、追い詰められていった。
片膝をつき、杖の剣に体重をかけるレインの喉元に改造フェニスの凶刃が迫る。
しかし、
エレナが手を上げ、フェニスの動きを止めると、語り始める。
「少し話をしましょうか」
ゆっくりと、玉座から立ち上がる。
「《光輪》の頃は、道具を直せるだけの無能だったわ……でも、今の貴方には、ほんの少しだけ価値がある」
レインはエレナを睨み、沈黙する。
「貴方は呪具の製作で、己の価値を高めた……そのま、禁術を扱える才能を伸ばせば、もっと価値は上がるわ」
エレナは、淡々と告げる。
「命乞いをしなさい……今回、貴方達が被った損害を、新しい異形製作で挽回すれば、雇ってあげる。」
一瞬の沈黙。
そして――
「ははっ………そういうことか……」
レインは、笑った。
最初は、喉を鳴らすような笑い。
次第に、それは腹の底から込み上げる。
「……は、はは……はははははっ!!」
聖堂に、笑い声が響く。
「……何が、可笑しいの?」
エレナの声は、冷たい。
レインは、涙すら浮かべながら、言った。
「いや……悪い。
この3年間の中で一番笑えたんだ。」
レインは、歯を見せて笑い、語る。
「お前……何も学習してないだろ」
その言葉に、エレナの表情から、感情が消えた。
「お前は全て知っている雰囲気で、全能を気取っているが……結局お前自身が価値観で決めつけ、俺が何を望んでいるかを、理解出来ていない。」
レインの語りは止まらない。
「この街もそうだ……はじめて入った時から、気持ち悪くてしょうがないのも納得だ……お前は綺麗なものしか、受け入れられないだけだ。
綺麗なものが良い、貧民に価値は無い、自分にとって価値が無ければ改造する……
お前がやっている事は、わがままな餓鬼と同じで、滑稽だ!」
エレナは怒鳴らない。
声も荒げない。
ただ――
「フェニス」
冷たく、淡々と命じる。
改造フェニスの脚が、レインを踏みつけた。
骨が軋み、視界が白く弾ける。
エレナはゆっくりと近づき、手を翳すと光を帯びる。
「治癒術よ」
光が、レインを包む。
裂けた肉が繋がり、砕けた骨が、戻る。
だが――
同時に、体内を蝕んでいた呪いが、表に引きずり出される。
「っ……が……あっ!!」
痛み止めの薬草煙管で誤魔化していた痛みが、
一気に、全身を焼いた。
「禁術に手を出さないと価値がない貴方に、何ができる?
その痛みが証明している……呪いに蝕まれた体を薬で誤魔化し、その癖に今こうして、踏み潰されているのよ。
価値の高い私を倒すことは出来ない……」
エレナが、見下ろす。
その時――
「だったら、私は貴方の部下より上ね……」
空気が、裂けた。
白刃が閃き、アイシャの斬撃が、一直線にエレナを狙う。
「っ!」
フェニスが即座に反応し、
エレナを掴み、後方へと跳び、距離が開く。
「マスターっ!」
同時に、ルミナスが駆け寄り、レインを支え、即座に状況を確認する。
「遅くなって申し訳ありません。」
ルミナスが謝罪する。
「今はいい、それよりあっちだ。」
ルミナスに支えられ、レインは立ち上がる。
レインが杖の剣を差す方向に、改造フェニスが唸り声を上げる。
「うげぇ……あいつまさか、フェニス?」
アイシャが刀を構えつつも、改造フェニスの悍ましい見た目に表情が引きつく。
「ああ……昔の方が少しだけマシに思えるよ」
レインが軽口を叩く。
「申し訳ありません。生命活動を停止させるべきでした。
今度はマスターの脅威として、最優先抹殺対象とします。」
ルミナスが両腕を刃に変形させ、構える。
「あの時は、蚊帳の外だったら、あの時の借りを返してやるわ」
アイシャが嬉々と刀を構える。
アイシャ、ルミナス、レイン。
三人が、並び立つ。
レインは、息を整えながら、血の付いた口元を拭い、エレナを見て、笑う。
「エレナ……これで、俺達に負けたら。
お前の“価値”、低くなるな?」
先程まで大笑いと違い、レインは鋭い目で、不敵な笑みを浮かべて、言い放つ。
エレナの表情は、表に出さずとも怒りが読み取れた。
聖堂に、張り詰めた空気が満ちる。
レインは、笑みを消した。
「――終わらせるぞ」




