30話 六章 聖女エレナ⑩
大広間 アイシャ vs コリア
コリアは、完全に理性を失っていた。
声にもならぬ咆哮と共に、鎧籠手が唸る。
拳打、肘打ち、踏み込みからの連打。
床が割れ、壁が砕け、空気が震える。
「小娘がぁああっ!!
ちょっと、褒めたくらいで調子に乗るんじゃねぇっ!!」
アイシャは後退しながら、コリアの剛拳による猛攻を捌いていた。
避けきれない一撃は体を掠めるだけで、衝撃が骨に響き、視界が揺れる。
「(重い……まともに受ければすぐに、肉塊になる)」
力そのものは、確かに圧倒的だった。
禁術で作られた肉体による、怒りに任せた純粋な破壊。
アイシャは徐々に、壁際に追い詰められる。
「どうしたぁッ!! さっきまでの威勢はッ!!」
コリアの息を継ぐ間もない猛攻は続き、自分が“強者”であると疑いもしない笑みが大広間に破壊音と共に響く。
大広間が嵐の様に荒れる中、アイシャは目を瞑り、抜刀の構えをし、息を整えた。
怒り、恐怖、殺意――雑念を刃から外す。
「(姉さん……)」
アイシャの心に浮かぶのは、己の大事な人。
それを奪った仇。
復讐を選んだ自分。
そして、今の仲間。
コリアの剛拳が、空気を裂く音とともに振られ、アイシャの眼前に迫る。
寸前、僅かに早く。
抜刀。
白無垢の刃が音も無く一閃。
同時に、コリアの剛拳により、轟音が響き、粉塵が舞う。
「……っ!?」
コリアの拳はアイシャの顔を潰していない。
鎧籠手ごと、腕が、縦に割れた。
「なっ!! クソがぁあああっ!!」
コリアは一瞬の動揺から、直ぐに左腕を振り翳す。
その瞬間。
左腕が肩ごと落ちた。
「……な……に……?」
肉が、骨が、鎧が、時間差でバラバラに斬り裂かれる。
コリアの理解が追いつかないまま、
上半身は原型を止めず崩れ落ち、逞しい下半身のみが踏み込んだ姿勢のまま硬直している。
アイシャは、刃を納める。
斬られたことに、コリアは最後まで気付かなかった。
「あんたは、力に縋った……」
アイシャは荒く、息を吐きつつ、
それだけを告げた。
勝負は、終わった。
⸻
廊下 ルミナス vs スージャ
能力を見破られ、隠す気のないスージャの両腕が、異様に伸びる。
大蛇のようにうねり、鉤爪の先がルミナスを狙う。
スージャの目は見開き、耳まで口角が上がるかのように、不気味な笑みを浮かべる。
「ふふ……これを使うのは久しぶりね」
スージャが呟く。
その瞬間、ルミナスに四方八方から、同時に襲いかかる斬撃。
柱を砕き、床を裂き、空間そのものを切り裂く。
ルミナスは紙一重で交わすも、給仕服は少しずつ裂かれ、肌色の擬似肌が見える。
「いつまで、避けてられるかしらっ!!」
スージャは愉しむように話しながら、攻撃は徐々に素早さが増す。
空気を裂く音、壁や柱が抉れる音が廊下に響く。
数分間の猛攻の後、攻撃は止んだ。
廊下は原形を留めず、大蛇の群れが暴れたかのように、柱は崩れ、粉塵が舞い、視界は最悪となっていた。
「(どこに行ったのかしら……まさか、逃げられた?)」
スージャは両腕を元に戻し、粉塵のため、口を押さえながら周囲を見回す。
粉塵の中で、何かが静かに転がる音がした。
音がした、方向にスージャは視線を向ける。
視線の先にある、原形を留めている柱を見る。
柱の裏側に、破れた給仕服の裾と白い脚。
それを見たスージャの口角が上がる。
「(あらあら……思ったより、間抜けのようね)」
スージャはジリジリとゆっくり足を運ぶ。
「何処にいるのかしらねぇ……全然、見つからないなぁ……」
スージャは、わざとらしくルミナスにも聞こえるように呟く。
「もしかして、逃げられたかなぁ……?」
わざとらしく呟きつつも、足はルミナスが隠れている柱へと向かっていた。
スージャは音を鳴らさず、右腕に力を込める。
筋肉がバネのように収縮する。
「みぃ……つけたっ!!」
爆発的な瞬発力が放たれた渾身の一撃。
柱ごと貫き、轟音が廊下に響く。
「ははははははっ!!
もしかして、壊れちゃったかしらぁ?」
スージャは高笑いを上げ、勝利を確信して柱の裏を覗く。
そこにあったのは――
綺麗に取り外された、機械の断面が見える下半身だけ。
「……は?」
理解が追いつかない。
柱の上部。
天井との境目。
粉塵に紛れた影の中。
すでに、そこに“それ”はあった。
ルミナスの上半身が、腕だけで張り付いている。
蜘蛛のように。
音もなく。
呼吸すらなく。
スージャが状況を理解しようと、視線を彷徨わせた、その瞬間。
影が、落ちた。
首元に、冷たい金属が絡みつく。
重く、のし掛かる。
人の腕ではない、機械の締め付け。
「か……ハッ!?」
ルミナスはスージャの首を淡々と締め上げながら、耳元で語る。
「切断で再生はできても、生物である以上、窒息は有効と判断しました」
それまでのスージャの余裕の笑みが苦悶の顔へと歪む。
ルミナスの攻撃は止まらない。
分離した下半身が跳ね上がり、スージャの鳩尾を、正確に膝蹴り。
「がっ……!?」
スージャは酸素の逃げ道が無くなり、体勢が崩れた瞬間。
ルミナスは、上半身のみで跳ね上がり、両腕の刃が、閃く。
一瞬で、スージャの身体は正確にバラバラに解体され、輪切りにされたものが地に落ちた。
ルミナスはスージャの体が解体された事を確認すると、分離した下半身と接続し、何事も無かったかのように立つ。
ルミナスは接続部分を確認しつつ、自身の体と背中を見回し、スージャの斬撃により破けた給仕服とそれにより、露出した肌部分を確認する。
「軽微な損傷を確認。戦闘の継続に支障なし」
ルミナスが自身の確認を終え、視線を落とす。
輪切りにされた肉が蠢き、再生を始めるのを見つける。
「ま、待って……!」
声の方向には、スージャの首のみが喋っていた。
「もう……貴方のご主人様には、手を出さない……!
心を入れ替えて、人殺しもやめるから、見逃してっ!!」
心にもない命乞い。
ルミナスは、首を傾げた。
「首だけでも生きるのですね……ですが、命乞いは不要です」
右腕が、奇妙な形状の筒へと変形する。
「フェニスにより、追加された強化改造のなかで、この機能は無駄だと思っていましたが……」
筒の先端が赤く灯り、気体の放出音。
首だけのスージャは、それが理解出来ずとも、恐ろしい物と本能的に察する。
「今の状況に最適解な機能です。」
ルミナスが右腕をスージャの首と蠢く肉塊に向ける。
「!!……まっ!!」
スージャが何かを言う前に、ルミナスは筒から噴射させたのは炎。
火炎放射により、スージャは悲鳴を上げる間もなく炎に包まれた。
業火により、廊下は肉が焼ける匂いが充満し、肉塊は再生が追いつかず、焦げていった。
「焼却処分を確認。
マスターへの危険分子を排除完了。」
ルミナスは、スージャの生命活動の停止を確認すると、何事もなかったかのように、立ち去った。
⸻
聖堂 レイン。
改造されたフェニスにより、レインは窮地に立たされていた。
杖の剣を構えるも、フェニスの巨躯が迫り、
一撃一撃が、重く致命になりかねない。
刃を振るうも、見透かされるかのように防がれ、毒も効いているのか分からない。
「……レェエエイぃぃぃん……」
名を呼ぶ声が、
耳ではなく、頭の奥を削る。
「五月蝿いな……傲慢に語るお前が、恋しく思う日が来るなんて思わなかったよ……」
レインは軽口を叩くも、呼吸が乱れる。
その様子をエレナは、玉座で微笑んでいる。
「さあ……どうするの?」
レインは、杖剣を握り直した。
膝が、僅かに震える。
まだ、あの女の笑みを消していない。




