29話 六章 聖女エレナ⑨
レインが廊下を突き進むと、突き当たりに、荘厳な扉があった。
彫刻と金箔で飾られた両開きの扉。
かつて祈りの場であったことを示す名残が、嫌というほど残っている。
レインは一度だけ息を整え、重い扉に手を掛けた。
押し開くと同時に、濃密な静寂が流れ込んでくる。
中は、聖堂だった。
高い天井、長く伸びる赤い絨毯。
祭壇の奥、段差の上には、玉座のような椅子。
そこに、彼女は座っていた。
「……久しぶりね、レイン」
不敵な笑み。
懐かしさすら感じさせる声音。
聖女エレナは、玉座に足を組み、まるで来訪を待っていたかのように微笑んでいた。
「数年ぶりかしら? それとも……もっと?」
「3年だ……1度も忘れた事はない……」
レインは杖を突き、ゆっくりと歩みを進める。
「今回は随分と派手ね。正面から教会に殴り込むなんて……今までは、もっと、念入りに準備していたでしょう?」
レインはシャービスに譲られた足の補助器具に視線を落とし、エレナに淡々と答えた。
「……借りは作らない主義だ。
それに……時間がないんでな」
「あらら……貴方がそんな義理堅いとはね。」
エレナは肩を竦める。
「でも、道具の修理しか出来なかった無価値なあなたが、禁術に手を出すなんて……」
その言葉に、レインは足を止め、エレナに対し、問い詰める。
「……お前は《光輪》にいた頃から計算高い女だった……だが、こんな一線を越えるほど狂ってはいなかったはずだ」
レインの言葉に対し、エレナは口を開く。
「私は、今も昔も変わらないわ」
エレナは、微笑みを崩さず、はっきりと言い切る。
「私は価値の無いものが嫌いなの……この街も、貧民も……放置したら、朽ちるだけのゴミでしかなかったわ……」
エレナは語り続ける。
「価値がありながら、使わないのも論外……禁術も、倫理や恐怖を理由に、誰にも使われず、大教会の地下に封じられていた……
私はそれを、放っておけば、朽ち果てるゴミと掛け合わせて、価値を生んだだけ」
エレナは悪びれず、堂々と高説を垂れた。
「あなたも同じでしょう?」
沈黙するレインにエレナが指を差す。
「あなたがこれまで作り、使ってきた呪具……法から外れているだけで、大きな括りでは禁術で復讐をしている」
エレナが立ち上がり、腕を広げて語る。
「さながら……“外法の呪具師”…かしら?」
「…………」
静寂。
レインは沈黙するも、目線はエレナを外さず、緊張は続く。
「あの赤髪の娘が扱ってる刀……あれも貴方が作った呪具でしょう……あれでブロウを斬ったらしいけど、彼女の復讐心を煽って利用した……違う?」
エレナの指摘に、レインは口を開いた。
「……確かに、彼女の復讐心を利用した……だが、彼女は目的を果たす為、代償も承知で自分の意思で選んだ」
レインは視線を逸らさない。
「俺もそうだ……呪いで蝕まれる事を承知で……《光輪》への復讐を誓ったんだ」
次の瞬間。
杖を捻る。
すると、杖の構造が解け、細身の鞘が落ちる。
引き抜かれた刃は、鈍く黒光りしていた。
「これも、俺が作った呪具だ……刃には、強い毒を塗ってある。
お前の所業に比べれば、生易しいがな……」
エレナは、楽しそうに目を細めた。
「あら怖い……でも、貴方の相手は私じゃない……とっても、貴方に会いたがっている人がいるの」
その瞬間。
聖堂の上方、天井が軋む。
何かが、這いずる音。
「……!?」
落下。
轟音が聖堂に響く。
床を叩き割り、現れたのは、巨大な人型の肉塊。
地下を襲撃した異形に似ているが違う。
上位互換であろう、黒く異様な皮膚に、より禍々しく棘が乱立した両腕を持っていた。
「異形……地下であった奴より遥かに大きいな」
レインは即座に構え、距離を取る。
「よく見なさい……」
目を背けたくなるような悍ましい見た目の為、エレナに指摘されてやっと違和感に気付く。
肉塊の中央。
そこには、顔がある。
いや、かつて“人”だった痕跡。
潰されたはずの目の部分には、水晶が埋め込まれ、
裂けた口が、不自然に開いた。
聖堂の空気が、ひどく重くなる。
「レェエエイぃぃぃぃン……」
歪んだ声が、聖堂に響く。
レインの瞳が、僅かに見開かれた。
「……フェニス……」
エレナが、満足そうに告げる。
「保護したのよ……手足もなく、目も耳も潰れてるのに、あなた達への憎しみが、とても強かったから……素敵な素材になったわ」
復讐相手とは言え、かつての仲間により変わり果てた魔術師の姿に、レインは構えは解かずとも、動揺を隠せない。
そんなレインを他所に、エレナは淡々と話す。
「貴方の仲間が相手しているコリアとスージャ……悪いけど、勝てる見込みなんて無いわ。彼女達も禁術で整えて……かつての《光輪》に負けない実力にした」
エレナは、玉座に腰掛け直す。
「さあ……あなたの価値は証明できるかしら」
肉塊の怪物が、ゆっくりと動き出す。
聖堂に響くのは、
歪んだ呻き声と、名を呼ぶ呪詛。
感情は、もう必要ない。
ただ処理するだけだ。
⸻
大広間 アイシャ vs コリア
「私が司教様に、仕えている理由を話そう……」
コリアは拳を下ろし、どこか懐かしむように息を吐いた。
「私は、かつての聖都市のように、名前も残らない貧民街の生まれだ」
アイシャは太刀を構えたまま、黙って聞いていた。
「子供の頃、口減らしで家族に捨てられた……それから先は地獄だ。
働いて、稼いで、何かを成しても、力のある男達に、全部持っていかれる……成果も、金も、尊厳もな」
コリアの唇が歪み、鎧籠手を打ち鳴らす。
「私は弱い女だった……いや、女というだけで男に見下され、搾取されていたんだ」
アイシャの視線が、僅かに揺れる。
「そんな私を拾ったのが、司教様だ」
コリアの声に、熱が宿る。
「他の貧民と同じように保護され、そして……禁術の実験を受けた」
巨体が軋む。
「だがっ、他の奴らが死ぬ中、私は生き残った!!私は男以上の筋肉っ、男以上の力っ、もう、誰にも奪われないっ!!」
コリアは誇らしげに胸を張った。
それに対し、アイシャが怪訝な表情で問う。
「仲間も実験で死んで、悲しく無いの……」
コリアは間をおかず答える。
「仲間っ!? 死んだやつはみんな無価値だから死んだのさっ!!
だが、私は力を得て、価値を証明したっ!! 司教様は価値を与えてくれたんだっ!!」
そして、真っ直ぐにアイシャを見る。
「お前も同じだ。
仮に私に勝ったとしても、主導権を握るのは、あの男……レインだろ?」
「……」
「なら、もっと強くなれ。
その為に禁術で限界を越えろ。男より価値がある事を証明しろ」
差し出される、誘い。
沈黙ののち、アイシャが口を開いた。
「……私の姉は理不尽に殺された……殺したのは侯爵だった男……そいつの身勝手な秘密保持のために……」
アイシャの語りに、コリアも手応えを感じ、口角が上がる
「だから、私はレインにこの力を……代償を承知で受け取った……
でも、全部、自分で選んできたっ!!」
アイシャは白無垢の太刀を強く握りしめ、低く、はっきりと言う。
「戦う理由も、誰の隣に立つかも……全部だっ!!」
太刀を握り直す。
「くだらない価値観とイカれた禁術に縋って、やっている事は、あんたが見下した男達と同じっ!!
あんたは、自分で選んだつもりで、檻に飼われてるゴリラ女だっ!!」
一拍。
空気が、凍った。
「……あ?」
コリアの瞳が見開かれ、顔や腕の筋肉が膨張し、張り詰めたシスター服が破け、血管が浮き出る。
「いま……なんて……いったッ!!」
コリアの怒りが爆発する寸前となり、肌でピリピリとした威圧をアイシャは感じた。
⸻
廊下 ルミナス vs スージャ
「はははっ!!」
甲高い笑い声が、廊下に反響する。
スージャは距離を保ったまま、両腕を振る。
見えない刃が、次々と空間とルミナスの給仕服を裂いた。
「どうしたの? 逃げるだけ?」
斬撃が重なり、死角から襲う。
「……」
ルミナスは最小限の動きで回避し続け、一歩、半歩、角度をずらす。
「ほらほら! これで終わりよっ!!」
スージャが高く跳び、右腕を振り抜く。
渾身の一撃。
「――ッ!」
だが。
ルミナスの腕が、空を掴んだ。
ギチ、と嫌な音。
「……捕捉」
掴まれていたのは、斬撃の正体そのもの。
「……なっ!!」
視線が、スージャの腕へと走り、驚く。
異様なまでに細く、長く、蛇のようにうねる、伸びた腕。
「驚きました……これが禁術の成果ですか?」
遠距離攻撃の正体は、目にも止まらぬ瞬発力で伸びた腕を鉤爪で斬り裂いていた。
ルミナスは伸びたスージャの手首を掴みつつ、観察する。
「禁術で“整えた”のよ。
伸びて、裂いて、戻る……便利でしょう?
掴まれたのは初めてだけど……」
余裕の表情を崩さないスージャに対し、ルミナスは淡々と言う。
「私はオートマタです。鑑定できなくても、観測した事象の学習は可能です。」
掴んだ腕を、切断。
刃が走り、肉片が飛ぶ。
「ぎゃあああっ!!」
スージャの叫び。
だが。
「……なんてね」
切断面が蠢き、肉が再生する。
新たな腕が形成され、スージャは予備の鉤爪を装着した。
「能力がバレたからって、勝てるとは限らないのよ?」
歪んだ笑み。
廊下の空気が、粘つくように変わる。
「さあ……お人形さん。
どこまで耐えられるか、試しましょう?」
ルミナスは無言で刃を構えた。
戦闘は、まだ、本当の段階に入っていない。




