2話 一章 修復師レイン②
工房に落ちてから、三年が経った。
三年間、レインは復讐のために手を動かし続けた。
金属を削る音、魔力の火花が散る匂いの中で、レインは煙管煙草を一服し、煙を吐く。
呪具の製作工程はニ通り。
一つは、魔物や瘴気由来の、呪われた素材を元に作る呪具。
製作自体は簡単だが、素材入手の困難さや、呪いの効果が不安定なもの。
もう一つが、作り上げた道具に術者が魔力を込めて"呪紋"を彫ること。
道具の調達や製作工程含め、多少の知識があれば手軽で、技量にもよるが望む効果を出せる。
しかし、作る程に術者の体を、呪いが蝕み、最後は衰弱して死ぬと言われている。
レインが採用しているのは後者。
前任者の遺した資料を読み解き、独学ながらも習得し、実践として呪具製作を続けていた。
確実に、報復を成すために。
鏡の代わりに壁の釜の銀板に映った自身の姿は、三年前とは別人だった。
かつて黒かった髪は、半分以上が白く染まり、
頬はこけ、手足は細くなり、指には常に黒い煤がこびりついている。
「……上出来だ」
声には、自分の身体が削れていることへの恐怖も嫌悪も、もう残っていなかった。
呪具を作るほどに、呪具製作の技術が磨かれていくことを、レインは自らの身体が削れることで実感していた。
だがレインは気にもしなかった。必要なことだと理解していたからだ。
作業台の上には、今日仕上げたばかりの呪具が並ぶ。
「……悪くない」
呟く声は、三年前より少し低く、冷たくなっていた。
前任者の資料本には“呪具師”が残した無数の設計図が載っているが、
レインは読み尽くし、“改良”を始めていた。
鍛治と修復の技術を組み合わせ、
誰も知らない呪具を、独自に作り上げていく。
その時──工房の扉が静かに開かれた。
「マスター、戻りました」
滑らかな声とともに、ルミナスが姿を見せた。
黒を基調としたゴシックロリータのメイド服。
長袖に長いスカート。
上からは濃紺のローブを羽織り、フードを深く被っている。
その装いは単なる趣向ではない。
長い手足に中性的で整いすぎた顔立ち。
オートマタだと気づかれぬよう、球体関節を隠す。
貴族の従者と誤解されていれば、余程のことがない限り、無用な詮索はされず、元々の容姿を活かした情報収集も容易い。
ルミナスが荷物を置き、ローブを脱ぐ。
露わになったメイド服は奇妙なほどよく似合い、
工房の禍々しさの中で、彼女だけがやけに清潔な存在に見えた。
「食料品と希望された道具の調達。
それと、元《光輪》者達の現在の情報も」
レインは煙草を一吸いし、煙を吐いて聞き続ける。
「電報や新聞、王都から来訪された商人や旅人によると、勇者グランは現在、国王直属の近衛師団を正式に指揮し、名実共に英雄として崇められています。
聖女エレナはこれまでの功績と王国からも評価されたことで、教会では異例の若き司教として発言権を持ちました。
魔術師フェニスは魔術師学会でも賢者として名誉を得て存在感が増し、魔術師の間でも影響力があります。」
ルミナスは淡々と報告を続ける
「戦士ブロウは侯爵に封じられ、辺境の魔物を一掃したり、外敵を倒すなど猛威を奮っており、盾役のヴァロスは全都市の守護騎士長として、都市の守護と後裔の育成に勤しんでいるとのことです。
最後に斥候のライル──現在は遊撃部隊長として各地を転々とし、状況に応じての索敵や援軍、時には討伐や報告などをしているそうです」
レインは淡々と聞く。
「らしいと言えばらしいが……ライルだけが他の連中に比べて、随分とパッとしない。」
「はい。旅人の噂ですが、元々が盗賊だった為か得られた地位が低いことに不満があるようで、賭博、酒、女性問題など、素行の悪さが目立つそうです。
勇者の右腕を自称し、遊撃部隊長として部隊を率いながら徴収と称して町や村で金銭を要求するなど、元勇者パーティーとは思えない所業を行っているそうです。」
ルミナスは表情を変えず、得た情報の報告を終えた。
「ライルの悪癖は今に始まったものじゃ無い。パーティーにいた時もあいつには困らせられたが、今となっては変わって無いようでありがたい限りだ」
「ありがたいとは?」
ルミナスは首を傾げると、レインはゆっくりと立ち上がり、作業台に並べられた呪具を選抜するように眺める。
「復讐しやすいと言う意味だよ。
ライル……今度はお前が地獄への斥候となる番だ。」
呪具師として、初めての“狩り”が始まる。




