27話 六章 聖女エレナ⑦
聖都市 《ホーリームース》
真夜中だというのに、聖都市は昼のように明るかった。
街中に篝火が煌々と焚かれ、石畳に揺れる炎が不気味な影を落とし、重装兵の足音と鎧の擦れる音が、低く街に満ちていた。
完全警戒態勢。
そんな中、三つの影が、再び正門をくぐる。
隠れることも、迂回することもなく。
夜の闇を裂くように、堂々と。
「来たぞっ!」
門を守る領主兵の一人が確認する。
先頭を歩くのは、杖を手にした男。
隣には、白無垢の太刀を腰に提げた赤髪の女。
そしてその後ろに、淡く発光する瞳を持つ人ならざる少女。
三人の足取りは、迷いがなかった。
開門されている門前には三人の兵が立ち塞がっていた。
「止まれ!」
兵士が声を張り、槍を構える。
「これより先は――」
レインが、一歩踏み出す。
ただ一歩。
それだけで、空気が変わった。
言葉にならない圧。
殺気でも威圧でもない、“覚悟”そのものが、門前を満たす。
「……うっ」
兵士たちは、誰も槍を振るえず、圧に屈し、道を開ける。
⸻
レインたちが堂々と教会へと足を運ぶ。
街の中は、さらに異様だった。
レインたちがこの街にきたばかりの時同様に、
教会の証を首に下げた信者たちが集まっている。
鋤、鍬、包丁、斧など、生活の道具を武器代わりに持ち、松明を掲げていた。
男も女も、老いも若きも、その瞳は、狂信に濁っている。
「悪魔めっ! 懲りずにまた来たかっ!!」
「汚れた異端者め!街から立ち去れっ!!」
アイシャの目が、鋭く細められた。
胸の奥で、何かが音を立てて軋む。
最前列の数人が、叫びながら突っ込んできた、その瞬間。
アイシャが抜刀し、一閃。
狂信者達に傷は付かず、血は出なかった。
代わりに、金属音が連なり、
鍬、包丁、斧、武器だけが、次々と宙を舞った。
地面に落ちた刃を見下ろし、狂信者たちは凍りつく。
「次は無いわよ……」
アイシャの低い声。
恐怖が連鎖し、狂信者たちは、後ずさりし、道を開けた。
だが――
その奥から、領主兵が槍衾で迫る。
訓練された隊列と構え。
「悪魔の手先めっ!武器を捨てて止まれっ!
これ以上、進むのなら攻撃も厭わんぞ!!」
隊長であろう重装兵士の勧告を無視し、レインたちは足を止めず、武器を構える。
「警告したぞっ!
全兵っ! 突撃っ!!」
隊長の号令と共に兵士が迫る。
その瞬間――
「やめろォッ!!」
横合いから、石が飛び、兵士の何人かに当たる。
レインたちの背後から大勢の怒号が聞こえた。
「悪魔の手先は手前らだっ!!」
「もう、私達も黙るのは終わりよ!!」
「俺たちの意地を見せてやれっ!!」
現れたのは、地下から逃げ延びた貧民たちだった。
棍棒やフライパンを振るい、兵士に縋りつき、隊列を崩す。
屋根の上からも石が降り、街中は瞬く間に乱戦と化した。
戦う貧民の内の1人がレインたちに叫ぶ。
「レインさんっ! ここは私たちに任せて行ってください!!
シャービスさんの……みんなの仇を果たしてくださいっ!!」
レインたちは迷わなかった。
「……ありがとう」
三人は、街中を一気に駆け出した。
⸻
聖都市の中心。
初見でも確認できる教会の屋根を確認し、街の大通りを駆けた3人は教会にたどり着く。
扉の前には、待ち構えていたように聖女団が並んでいた。
白と金の装束。
剣を抜き、迷いのない目で無言で構える。
レインは杖を構える。アイシャも白無垢の太刀の鯉口を切り、ルミナスも両腕から刃を出す。
「お前らに遠慮は要らねぇな……」
レインが呟くと一斉に聖女団が襲いかかり、火蓋は切って落とされた。
潜入でも、不意打ちでもない。
完全な敵としての殲滅戦。
アイシャの太刀が閃き、流れるような剣技が聖女団の剣士を斬っていく。
ルミナスも無駄のない動きで両腕の刃を扱い、時には攻撃魔法を放出し、空間を歪め、確実に敵を減らす。
2人に比べ、レインは派手さは無いものの、シャービスの補助器具により以前より動けるようになり、杖で1人ずつ的確に打ちのめし、無力化していく。
数十名いた聖女団は男の騎士に引けを取らない精鋭部隊。
しかし、覚悟を決めたレインたちにより、数を減らしていった。
その様子をエレナが見下すように、高層から窓越しに眺める。
「思った方法とは違うわね……愚かか、覚悟か……」
エレナが無表情で眺める。
今までのレインの行動から、不意打ちなどを想定していたため、真正面の襲撃は想定外であった。
聖女団隊長のコリアとスージャがエレナの背後で待機している。
一拍おいて、エレナが口を開く。
「……貴方達は不届者を潰してきなさい」
「司教様は……?」
スージャが問いかけると、睨みつける。
コリアとスージャは萎縮して、部屋を退室する。
「……あれを用意するよう通達を」
エレナが、側近の若いシスターに命令する。
「ですが、あれはまだ……」
若いシスターの表情は強張ると、エレナは再び睨みつける。
しかし、貼り付けたような笑顔を作る。
「万一の為です。私達は悪魔に屈する訳にはいきませんから……頼みましたよ。」
エレナは命令を残し、部屋を後にした。
聖女団は次々と倒れ、最後の1人をレインが杖で打ちのめして、打ち止めとなる。
ルミナスが教会の扉を開け、三人は、教会へ踏み込んだ。
静まり返った聖都市の夜に、
確かな音が刻まれた。
もはや、逃げも、隠れもしない。
向き合うために。
復讐の刃は、まっすぐにエレナの喉元へ向けられた。




