表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/49

24話 六章 聖女エレナ④

闇夜の保護院に警鐘が鳴り響く。

シャービスは独り、闇の中を進んでいた。


シャービスは、一度だけ振り返り、レインの姿がないことを確認する。


「……悪いな」


レイン達が聖女団を引きつけている間、

保護院の警備は一時的に分散される。


シャービスが向かっているのは、案内した棟とは正反対。

最も忌避され、同時に最も重要な場所だった。


扉を押し開けた瞬間、異臭が鼻を突く。


死臭。

そして、薬品の刺激臭。


薄暗い室内には、乱雑に置かれた器具、血痕の残る手術台。

胸を開かれたまま放置された死体。

臓器の欠けた骸が、物のように積まれている。


棚には薬品と書類。

実験記録、投薬経過、適応・不適応の判定。

人を人として扱っていない文字列が並ぶ。


だが、シャービスはそれらに目もくれず奥へと進む。


「……変わってなければ、こっちだ」


吐き捨てるように呟き、扉を開けて牢部屋へ。


鉄格子の向こうに、まだ生きている人間がいた。

衰弱し、怯えているものの、確かに息をしている。


「……動けるか」


シャービスが声をかけると、

何人かが、信じられないものを見るような目でこちらを見た。


「シャ……シャービス?」


「今はいい。出るぞ」


鍵をこじ開け、次々と人を解放する。

肩を貸し、支え、導く。


「なあ、アメリアは何処か知らないか?」


シャービスが牢屋から出てきた1人に聞く。


返答が返る間もなく、

その瞬間、大きな音と共に断末魔が響く。


先に牢屋から出た男が袈裟斬りにされて倒れた。


「止まれ! そのまま牢屋に戻れっ!!」


聖女団の私兵が血に濡れた剣を構えて、シャービス達に、にじり寄る。


シャービス達は追い詰められる。


その後、鈍い音が響き、私兵が顔から倒れる。


「シャービス……」


息を切らしたレインが杖を握りしめ、立っていた。その後ろにはアイシャも息を切らし、シャービスを睨みつける。


「あんた等っ……! 生きていたのかっ?!」


これにシャービスも驚きを隠せない。


アイシャはシャービスに睨みつつ、その後ろにいる囚われていた人々を見る


「彼らは誰なんだ、シャービス……シャービス……?」


レインが問い詰めるも、シャービスの視線は部屋の隅に積まれた死体の山に向き、佇むレインとアイシャを押しのけて走り込む。


彼の足が死体の前で止まり、微かな声が、奥から聞こえた。


死体が収められた一角。

積み上げられた布の下から、見覚えのある指先が覗いていた。


震える手で、布をめくる。


そこにいたのは、

胸を切り開かれ、事切れた一人の女性。


「……っ」


シャービスは膝から崩れ落ちた。


彼は、ようやく辿り着いた“答え”を前に、何も出来なかった。


その手を取り、額を寄せる。


「……うぅ……うぁあ…あ……」


声にならない嗚咽が、喉から漏れる。


牢から解放された一人が、震えながら呟いた。


「……あの人……シャービスの奥さん、アメリアさんだ……捕まった時、一緒だった……」


その言葉が、場を凍らせた。

しかし、アイシャは違い、背中越しでも伝わる殺気と怒りが漏れていた。


そこへ、剣を手にした聖女団が5名ほどなだれ込んでくる。


「逃がすなっ!」


「汚物どもを始末しろ」


レインが杖を構える次の瞬間、

白い閃光が走った。


「へっ? 私のから…だ……」


聖女団の私兵達は自分の首が落ちたことを理解する前に、世界を失った。

遅れて、体が崩れ落ち、肉塊と血の海のみが残る。


アイシャは白無垢の太刀を納刀する。

彼女の心情が投影されるかのように、真っ白な鞘が薄紅色に染まる。


レインも沈黙し、静寂の中、アイシャがシャービスに足を運び、睨みつける。


「……どういうつもり?」


シャービスは、妻の手を離さず、顔も上げない。


「……憎いなら、憎めばいい」


掠れた声で、言う。


「俺みてぇな奴も、あそこにいた連中も……誰も助けちゃくれねぇっ!!

綺麗事じゃ、何も変わらねぇんだ……」


遺品を握りしめ、続ける。


「誰かを騙さなきゃ……利用しなきゃ、目的なんて、果たせねぇ……」


その背に、怒りが立ち上る。


アイシャだった。


震えるほどの怒りを抱えながら、彼女はシャービスの胸ぐらを掴み、言い放つ。


「……私も、姉を理不尽に殺された……

家族を失う気持ちは、分かる……

だが、私たちを騙した事は別だっ!!」


拳を握りしめ、声を荒げる。


「理解してほしいなら……向き合え!

一人で全部背負って、他人を利用して……

自分達だけが被害者だと思うなっ!!」


アイシャは目を離さず、シャービスを睨み、シャービスも目を見開き、沈黙する。


その瞬間。


再び、重い足音。


瓦礫を踏み砕きながら、現れたのは、浅黒い肌で筋骨隆々の女。


「へぇ……随分やってくれたじゃねぇか」


聖女団隊長の一人、コリアが床に転がる死体を見回し、笑う。


「これは、誰がやった?」


答えるより早く、アイシャが斬りかかる。


だが、籠手が、刀身を掴んだ。


「うらぁっ!」


コリアは口角をあげ、余裕を見せる。

そのまま、アイシャは振り回され、壁に叩きつけられた。


壁に打ちつけられる鈍い音と共に、アイシャは倒れる。


「アイシャっ!」


レインが駆け寄ろうとした瞬間、空気を裂く音。


どこからか斬撃。

レインは咄嗟に身を翻すも、肩に痛みが走り、血が滲む。


「……っ!」


視線の先。離れた距離に影の中で、痩せた女。もう一人の聖女団隊長、スージャが立っていた。


「あの距離から……?」


レインはスージャの位置からどうやって攻撃したかと警戒する。


スージャは鉤爪についた血を、舐めながら、笑う。


「……ふふ…思ったよりいい男。」


コリアがシャービス達に、指を鳴らしながら、ゆっくりと近づく。


「次は……」


だが、再び、白刃が走る。

アイシャがコリアを斬りつけ、血が飛ぶ。


「……ほう」


コリアは、斬りつけられ、傷のついた腕を見て、痛みに悶えず、感心したように笑った。


その瞬間。


「退くぞ!」


レインが煙幕を叩きつけ、白煙が、建物内を覆い尽くす。


視界が奪われる中、

レインは棚から資料を一式掴み取る。


「シャービスっ……俺達を囮にする計画なら、他の逃げ道も用意してあるな?」


レインの一言に、シャービスは無言で頷き、先導した。


煙が晴れる頃、そこに、レイン達の姿はなかった。


そこにあったのは、倒れた聖女団の死体と、

荒らされた実験室だけだった。


「……クソがぁッ」


コリアが激昂し、瓦礫を蹴り飛ばし、拳を壁に叩きつける。

石が砕け、粉塵が舞った。

床に転がる仲間の死体を見下ろし、

怒りを隠そうともしない。


「囲んでたはずだろ……!あのガキ共……!」


感情のままに、周囲を破壊し始める。

棚が倒れ、器具が砕け、血の跡がさらに広がる。


その背後で、スージャは静かに立っていた。

鉤爪についた血を、じっと眺めている。


「あらら……引き際は心得ているようね。

捕まえれば……いい声で鳴きそう。」


指先で血をなぞり、舐め取りながら、呟く。

そんなスージャに、コリアが振り返り、怒鳴る。


「笑ってんじゃねぇぞ、スージャ!

目の前にいながら――」


その言葉が、途中で止まる。


室内の空気が、変わった。


静かで、

圧倒的な存在感。


足音ひとつ。


聖女団の者たちは、反射的に振り向き、

その瞬間、全員が膝をついた。


「……司教様」


白い衣をまとい、

柔らかな微笑を浮かべた女。


エレナが、そこに立っていた。


「…………」


無言の圧力、その場の誰一人、顔を上げられない。


コリアも、歯を食いしばりながら頭を垂れる。


「……申し訳ありません。

侵入者を、取り逃がしました」


スージャも、静かに跪く。


「……私達の不手際です」


しばしの沈黙。


エレナは、ゆっくりと室内を見渡す。


壊れた実験台。

散乱した資料。

倒れた聖女団。


そして、スージャの鉤爪に残る、まだ乾いていない血。


エレナは、ふと足を止める。


「……それは?」


スージャが、指先を掲げる。


「侵入者の血です。少し、掠りました」


エレナは、微笑んだ。


「……そう」


優しく、満足そうに。


「問題ありません」


顔を上げた者はいない。

だが、その言葉の意味は、はっきりと伝わった。


「この街にいる限り、逃れることは、できません。」


エレナは、静かに言葉を続ける。


「今度はこちらから……」


ゆっくりと踵を返しながら、告げる。


「聖女団は負傷兵の治療と再編成を。

それと……“狩人”の準備を」


最後に振り返り、微笑む。


その声だけが、

死と血の残る室内に、静かに響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ