21話 六章 聖女エレナ①
晴天の昼下がり。
街道を進む、屋根のない馬車が、レイン一行を乗せ、静かに軋む音を立てていた。
御者の手綱の音と、車輪が地を踏む振動だけが続く。
誰も、言葉を発さない。
レインは杖で指を組み、遠くを見つめていた。
沈黙はいつものことだったが、今は重い。
ヴァロスの末路、その結末が胸に澱のように残っている。
ルミナスはレインの横で静かに前方を見据え、アイシャは何度か口を開きかけては閉じていた。
やがて、耐えきれなくなったように、アイシャが声を張る。
「あっ、見て! 綺麗な鳥!」
遠くの空を、わざとらしいほど大げさに指差した方向に、白と青の羽を持つ鳥が、優雅に羽ばたいていた。
だが、レインは反応しない。
視線すら、動かなかった。
気まずい沈黙が流れる。
「……あれは《蒼環翼鳥》。希少種です」
沈黙の空気を切ったのは、ルミナスだった。
淡々と告げる。
「へぇ……」
オートマタに気を使われ、アイシャが目を瞬かせる。
「鑑定眼で確認しました。
行動、生態、羽ばたき――すべて記録済みです」
ルミナスは手のひらを上に向ける。
淡い光が広がり、立体映像が浮かび上がった。
さきほどの鳥が、滑らかに再生される。
「えっ!何これ、鳥がルミナスの手の上に……?!」
アイシャが身を乗り出す。
「基本機能として、私が見たものや聞いたものは自動的に録画・録音され、このように再現する事ができます。
専用媒体を接続すれば、大画面でも確認可能です。」
「よくわからないけど、すごい……」
仕組みや用語に関してアイシャは意味を理解できなかったが、感心しきりで笑った。
ひとしきりの雑談が終わり、再び静寂が戻る。
その沈黙を、今度はレインが破った。
「アイシャ……」
名を呼ばれ、彼女は背筋を伸ばす。
「……気を使う必要はない。選んだのは俺だ」
アイシャは何も言わず、ただ耳を傾ける。
「それより、次の標的はエレナだ。
これまでと違い、油断ならない……」
レインの声は低く、硬い。
「彼女には、俺の存在も復讐している事はバレている……
俺に対する対策も講じているはずだ。」
一瞬、視線が鋭くなる。
「あと2人……復讐を果たすまでもうすぐだ。
今まで以上に、慎重に行く」
アイシャは小さく頷いた。
やがて、目的地の手前で馬車を降りる。
そこから先は、徒歩だった。
街道の先に見えるのは、白い城壁と、陽光を反射する尖塔群。
「聖都市 《ホーリームース》……」
ルミナスが呟く。
「エレナ・クロード。
《光輪》時代よりも聖女として崇められ、現在は異例の若き司教。
三年前に聖都市の教会に赴任して早々、移民や経済格差による貧困問題が混在した街を私財を投げ打って解決。
その功績で大きな支持を得ており、今では教会、民衆、都市機能を掌握。
その影響力は無視できないと言われています。」
「……話だけ聞くと凄い善人だね」
アイシャが小さく言う。
「……彼女が《光輪》に加わったのは、俺が奈落に落とされる一年程前だが、あっという間に古参のように馴染んでいた……」
足を引き摺りながら、レインは語り続けた。
「主観だが、治癒師としては中の上止まりだ。
だが、人心掌握に長けた奴で、ヴァロスやブロウは勿論、傲慢なフェニスも本人は気づいて無かったが手玉に取られていた……
《光輪》に所属したのも、今の成功を考えれば、将来的に出世できる事を計算したんだろう……思い返せば、1番の曲者だ。」
心無しか、エレナに対する評価は辛口で、レインの口数も多かった。
語っているうちに、三人は人の流れに紛れ、聖都市へと足を踏み入れる。
街は、とても美しかった。
石畳は磨かれ、建物は白く、ゴミ一つ落ちていない。
清潔な服に身を包んだ人々の表情は穏やかで、祈りの言葉が自然に交わされる。
「……すごい、綺麗な街」
アイシャが素直に感嘆する。
だが、レインの胸には、別の感情が湧いていた。
「(綺麗すぎる……それに……)」
息苦しいほどの整然さ。
まるで、誰かの理想をそのまま押し付けたような街。
生活をする人々の表情は笑顔だが、こちらを監視している視線も感じる。
「……ひとまず、宿を探すぞ。」
レイン達は仮拠点として、宿屋を探そうと足を運んだ、その時だった。
前方、後方から若い男女の集団が、静かに道を塞ぐ。
兵士ではない。
だが、化け物を見るように、レイン達を睨みつけ、手には包丁、鍬、鋤を構えている。
アイシャが戸惑い、ルミナスもレインの側で立ちつつ、構える。
「……何の用だ?」
レインの問いに、誰も応えない。
観察すると、男女の首からは、教会の証。
「……悪魔だ」
誰かが呟く。
「エレナ司教様が言っていた通りだ……杖をついた悪魔に、給仕と従者の姿をした眷属がこの街に入ってくると」
「捕えて、エレナ様に引き出せっ!」
次の瞬間、叫び声と共に男女数名が同時にレイン達に襲いかかってきた。
「くっ!」
アイシャは白無垢の太刀、ルミナスは両腕、レインは杖で、包丁や鍬などを防ぎ、彼らをいなした。
「数が多すぎる……!」
「排除しますか? マスター?」
アイシャは咄嗟に白無垢の太刀を抜こうとし、ルミナスも両腕から刃を飛び出す。
「……扇動されてる馬鹿共だが、殺せば、エレナの思う壺だっ!」
レインの一言にアイシャは我に返り、抜いた刀身で相手の鋤や鍬の柄を斬り、峰打ちや鞘の柄で無力化する。
ルミナスも両腕の刃を収め、無駄のない動きで相手を押さえ込む。
レインも杖で1人ずつ対処するが、息が途切れ、ルミナスに何度か救われる。
そのまま三人は応戦するも、
力を抑え、急所を外し、無力化を繰り返す。
だが、数が多い。
「このままじゃ、きりがない……」
アイシャが歯噛みする。
「……逃げるぞっ!」
レインが路地裏への道を見つけ、叫び声と共に飛び込む。
路地を駆け抜けるが、今日入ったばかりの街で入り組んだ裏道の奥。
迷いに迷い、行き止まり。
背後から足音と怒号が迫り、これまでかと、三人は覚悟を決め武器を構える。
その時。
ガタン、と音がして、足元の石蓋が持ち上がった。
「……こっちだ。早くしろ」
低く、掠れた声。
レインは一瞬だけ、背後を振り返った。
迷っている暇はない。
三人は、闇の中へと滑り込む。
下水の匂いが鼻を貫き、手探りで暗闇を探る。
すると、ランタンの光が揺れ、目の前に現れたのは、聖都市に似つかわしくない、ローブに身を包んだ、小太りの醜い小男だった。
「ついて来な。ここじゃ、長居は出来ねぇ」
男は笑っているのか、歪んでいるのか判別のつかない口元で言い、地下へと歩き出す。
レイン達は顔を見合わせる。
「……行くしかないか」
選択肢はない。三人は小男についていく。
ランタンの光が、闇を切り裂く。
聖なる街の裏側へ、三人は、足を踏み入れた。




