1話 一章 修復師レイン①
金属の響きは、いつだって俺の居場所を教えてくれた。
仲間が振るった剣はすぐ刃こぼれし、盾は凹み、魔道具は魔力漏れを起こす。
その度に俺は駆け寄り、工具を構えて、仲間の武器や魔道具を蘇らせた。
俺は鍛治師。
だが、本業はその場で損傷した武器・防具、魔道具を修復するだけの地味な役割。
戦闘中は無防備。
攻撃力もない。
派手な魔法も使えず、勇者のような奇跡も起こせない。
それでも、あの頃の俺は必要とされていた。
「助かった、レイン!」
「お前のおかげで持ちこたえたぜ!」
そう言って笑ってくれる仲間がいた。
あの頃は、それで十分だった。
だが
仲間全員が強くなるにつれ、持つ武器も防具も質が上がった。
名匠の業物、王国製の魔道具、上級の素材で作られた逸品。
一度の戦闘くらいでは壊れない装備ばかりになり、俺が“修復する機会”は減っていった。
そしていつの間にか、俺の仕事は──
荷物持ち、雑用係。
それでも俺は、必要とされていると思い込みたかった。
でも、あの日……はっきり言われた。
『役立たずの修復師が混じっていると、俺達の格が落ちる』
言葉の主は、幼馴染で勇者のグランだった。
必死に言葉を探した。
だけど、彼は静かに、絶対者のような声音で言った。
『“事故死”にしてやるんだよ……』
突き刺さる痛み。
腹の奥に熱い衝撃が走り、全身の力が抜けた。
彼が握っていた聖剣の切っ先が、俺の腹を切り裂いていた。
その一言を漏らす暇もなく、グランに工具ともども俺の身体は奈落へ蹴り落とされた。
視界が暗転し、重力が身体を引き裂くように掴む。
落下する瞬間を仲間たちはただ、見ていた。
ああ、そうか。
俺はもう“仲間”じゃないんだ。
そんな走馬灯が、暗闇に飲まれる直前まで続いた。
そして────落ちた。
⸻
「……ッ、は……!」
息が漏れた。
肺が焼けるように痛む。
喉から血の味が広がり、視界が赤黒く滲んだ。
全身を叩きつけた衝撃と出血で、死んでも不思議ではない高度だ。
けれど生きていた。
グランに斬られたが、咄嗟に身を引いたためか血は流れているが内臓に達していない。
手の中には、俺を象徴する工具が握られている。
床は冷たい石で、どこか湿った空気。
「ここは……迷宮の底?」
レインは状況を確認し、自らの応急処置を終える。
そして手探りで壁を伝い、歩を進めた。
まずは脱出が頭によぎった。
しかし、戻る場所はもうなかった。
再会でもしたら、また、殺しに来るだろう。
そんな絶望がよぎりながらも、足を運ぶ内に、目が暗闇に慣れた。
「……何だこれ?」
手を通して壁伝いに感じる質感が、岩壁から別の素材である事に気づく。
見つけたのは、
古びた木製の扉。
表面に刻まれた呪文と、禍々しい札。
嫌な気配がする。
でも──ほかに行く場所はない。
年季の入った音を立てて扉を開けた。
⸻
そこは異質な空気を漂わせた、工房だった。
壁一面に魔法陣や古代文字。
棚には錆びた工具や血のような色をした瓶。
中央の作業台には、黒鉄の器具と奇怪な呪符。
そして──隅に“誰か”が倒れていた。
「……人?」
急いで近づく。
だが違う。
触れると肌は冷たく目が開いたまま、球体関節の肢体。それは、人形だった。
陶器のような白い肌。
金髪が床に散らばり、体の各所が薄汚れており、所々が砕けている。
魔力で動く、精巧な人型の自動人形。
レインも古い文献から、存在自体は聞いたことがあったが実物を見るのは初めてであった。
しかし、砕けた箇所から覗く内部構造には既視感があった。
「修理……できるかもしれない」
無意識に、工具を構えていた。
手探りながらも、欠損した部分を補修し、外れた銅線を繋ぎ合わせ、破損した部品を直していく。
「これでいい筈……」
初めて触れる物であったが、見た目と欠損箇所から、レインは構造を逆算し、オートマタを修復した。
最後に、胸部の魔力炉に、魔力を少量込める。
やがて、瞳の奥で青い光が灯り、ゆっくりと立ち上がった。
「……起動。
マスター認証……完了しました」
陶器の唇が動き、無機質な声が響く。
綺麗だ。
だけど、どこか人ならざる冷たさがあった。
「え……マスター? 俺が?」
レインは驚き、オートマタに聞き返す。
「はい。前任者による最後の起動がデータ保存期間より前の為、システム更新もなくスリープモードに移行され、データも初期化されました。100年単位で起動更新が無かった場合は再起動の為に魔力を入れた方が、新規マスターとして登録されます・・・」
レインは首を傾げる。
「わかりやすく申しますと、長く放置されていたため、最初に修理したあなたが正当な主という扱いになります。質問があれば、どうぞ」
レインは恐る恐る聞く。
「ここは……なんなんだ?」
「前任者の工房です。主に作られていたものは呪具、災厄を生むために造られた場所です」
呪具──?
思わず周囲を見る。
禍々しい装飾。
異形の道具たち。
黒い鉄の匂い。
明らかに善なる者が使う場所ではない。
「……これは、その前任者が使ってたのか?」
「はい。前任のマスターは、呪具師でした。
彼は裏切られ、この場所で呪具を作り、製作や効果などが記載された記録があります」
「裏切られ……?」
胸に嫌な感覚が灯る。
工房の奥、机の引き出しに、布に包まれた古い革本があった。
開くと……日記だった。
『私はかつて、王家に仕える鍛治師だった。
名匠と褒めそやされ、武器を作れば称賛の雨。しかし――
私が本当に欲しかったものは、ただ一人の女の笑顔だけだった。
レイナ。
彼女は、私の隣に立ってくれた。
だが、貴族の気まぐれは彼女を“所有物”にした。
反抗した彼女は、作られた罪で処刑された。
あの日、私の世界は終わった。
私は鍛治師を捨て、“呪具師”になった。
奪われた者が、ただ沈黙する世界に抗うために。
これは私の全てだ。
呪具の製作書、未完の研究、そして……
レイナを模したオートマタ《ルミナス》。
私が二度と失わぬように造った、唯一の救い。
もしこれを読む者が、私と同じ苦しみを味わったなら――
どうか。
泣き寝入りするな。
呪具とは、“奪い返すための牙”だ。』
『呪具は願いを叶える。
だが同時に代償を伴う。
望みが強ければ強いほど、業は濃くなる』
『願いを叶えるほどに、代償は深くなり、
最後に残るのは……たったひとつの想いだけだ』
ページを閉じると、胸の奥に落ち着いた熱が灯った。
裏切られ、全てを奪われ、ここに流れ着いた前任者。
それは──俺と同じだ。
「……あんたも、仲間に殺されたのか」
工房の冷たい空気の中で、思わずこぼれた声は震えていた。
「なら──俺はもう迷わない」
手の中の工具を見つめる。
ただの道具だったはずのそれが、闇の中で淡く光る。
「これから俺は、武器を“修復”するためじゃなく……
外法の“呪具”を生み出すために使う」
静かな決意が言葉になる。
レインの目は鋭く歪む。
「あの日俺にくれた痛みの分だけ、ゆっくり……壊れてもらう」
その瞬間、暗い工房の奥で、
まるで何かが笑ったような錯覚がした。
呪具師の物語が、ここから始まる。




