17話 五章 守護騎士ヴァロス②
朝の訓練場に、金属の擦れる音と規律正しい足音が響いていた。
「盾を構えろ。前列は半歩、下がるな」
守護騎士隊長ヴァロスの声は低く、抑えられている。
怒号ではない。ただ、通る声だった。
だが指示の内容は、終始一貫している。
盾の構え。
隊列の維持。
衝撃を受けた際の踏ん張り。
防御、防御、防御。
「(……それだけか)」
列の後方で、誰かが小さく息を吐いた。
攻撃訓練は副隊長格の騎士が進行している。
ヴァロスは横に立ち、口を挟まない。
必要な時だけ、短く補足する。
その姿は寡黙というより、動かぬ柱だった。
訓練は過酷ではない。
だが、達成感もない。
終わりの号令がかかると、騎士達は各々息を整えながら散っていく。
「守り、守りって、他に教えられるものが無いのか?」
「盾以外使わないし、動かない隊長って……案山子みたいだよな」
「本当に《光輪》で活躍してたのか?……」
背後で交わされる声を、ヴァロスは聞かなかったことにした。
「(……分かっている)」
自分が舐められていることも。
期待されていないことも。
だが、どうすればいいのかが分からない。自分にできる事と言えば、持てる技術を教えるだけだ。
昼となり、次の業務に移る。
警邏のため、ヴァロスは先頭に鎧に身を包んだ騎士達が行進する。
市民達は道を開き、頭を下げたが、そこに敬意はなく、寡黙なヴァロスをどこか不気味に見ていた。
行進中、工事の音が響く一角で、足が止まった。
「早くしろっ! そんな運び方で日当がもらえると思うな!」
現場監督の怒声。
土嚢を抱える男達の列。
その中に、ボロボロの衣服に片脚を引き摺りながら、白髪混じりの青年が、ヴァロスの視界に入る。
土嚢を抱え、よろめき、歯を食いしばって進んでいる。
「……っ」
胸が、強く締め付けられた。
次の瞬間、ヴァロスは駆け出していた。
「レイン……?」
青年が顔を上げる。
虚ろな目が、焦点を探すように揺れた。
「……ヴァロス?」
「お前っ……どうしてっ……!?」
両腕で肩を掴んだまま、ヴァロスは言葉を失う。
周囲がざわつく。
部下達が困惑した視線を向ける。
我に返り、ヴァロスは深く息を吸った。
「……警邏は副隊長に引き継ぐ。
この者は、私が引き取る故、他言無用。」
現場監督と部下達に、それだけ告げ、レインを伴ってその場を離れた。
⸻
屋敷の応接室。
湯気の立つ茶を前に、レインは静かに座っていた。
「……本当に、覚えていないのか?」
ヴァロスはレインに色々と質問したが、どれも曖昧な返答。
「痛みは覚えている……うろ覚えだが、戦闘の途中で……落ちたと思う……
奈落から何とか外に出たが……みんなに合わせる顔が無くて……」
淡々とした口調。
どこか噛み合わない記憶。
「あちこちを放浪して、日雇いをしながら……今日まで生きてきた」
重要な部分の記憶が抜け落ちてる。
都合が良すぎる話だ。
しかし、ヴァロスには都合が良い。
「……暫くはここにいろ。いる間は客人として扱う」
「……ありがとう」
レインの言葉に、ヴァロスは胸が苦しくなる。
あの時、庇わず、声を上げなかった。
それに対する贖罪。
エレナの話から、胸に引っかかっていたが、彼を助けた事でヴァロスは少し、心が軽くなった。
⸻
レインがヴァロスの屋敷に客人として滞在し、数日が過ぎた。
ヴァロスは自ら朝の挨拶をし、衣食住を施してくれた。
至れり尽くせりだが、レインが屋敷を移動するだけで給仕など誰かしらが必ず見ており、屋敷から外に出ようとすれば止められる雰囲気もあった。
半ば軟禁に近いものの、ヴァロスは少しずつレインに心を開いて話すようになっていた。
ある日、ヴァロスは屋敷に帰って早々、ヤケ酒をしていた。そんなヴァロスにレインが歩み寄るとヴァロスから喋り始める。
「俺は……隊長に向いていない……部下に舐められているのも、分かっている。
だが、どう振る舞えばいいのかが……」
レインは黙って聞き、やがて口を開く。
「怒鳴る必要はない。明日、皆の前でこう言えば良い……」
レインはヴァロスに耳打ちした。
「……それだけ?」
「ああ、試してみてくれ」
ヴァロスは酔っている事もあり、2つ返事でレインの助言を採用する
翌日の早朝。
訓練所。
騎士達が整列し、訓練の開始を待つ。
普段は副隊長の号令と共に始まるが、今日はヴァロスが真っ先に前に出る。
「今日は案山子が何か話すぞ……」
若年の騎士が数名、小声で笑い、呟く
ヴァロスは息を吸い、低い声を発した。
「ここにいる全員は既に私を超えた騎士だ」
短い言葉。
だが、初めて、彼は前に立っていた。
演説は続く。
「君達は戦いになれば前に立ち、真っ先に攻撃を受け、血を流しながら叫び、死ぬまで敵を引きつけ、味方の盾となり囮となる……それが君達の任務だ」
とんでも無い発言に騎士達だけで無く副隊長格も絶句し、若い騎士達から反抗の表情が見えるが、それでもヴァロスは続ける。
「守護騎士が守るべきものは国家…ひいては市民の命と財産を守るのが責務だ。
君達は様々な理由で騎士を志したのであろう。出世、名誉、大切な人のため。どんな理由であれ守護騎士となったからには、敵を剣で斬る前に護るための盾となるのが役目だ……」
騎士達の目が変わり始める
「お前達は役目として簡単に死んではいけない。
お前達が今、努めるべきことは敵を殺す術では無い!
守るべき者を護るための盾となる事だ!
《光輪》の盾であった私が、お前達がみんなを護れる盾になるまで、教えられる事を全て教え、私も盾になるっ!」
沈黙。
それまで、軽口を叩き、上官を舐めていた青年達の目は騎士となっていた。
「……話は以上だ。訓練を開始する」
訓練はこれまでで1番、真剣さが伝わり、皆が達成感を得て、訓練が終わる。
誰も、陰口を叩かなかった。
若年の騎士達が、静かに敬礼する。
副隊長は何も言わず、一歩下がった。
ヴァロスは、確かな手応えを感じていた。
「(……進めた)」
屋敷に戻り、レインを見る。
「……レインっ!君の言う通りにしたら上手くいったぞ!!
皆が私に敬意を示していたっ!」
レインは、小さく頷いた。
「それは良かった……旅をしていた時の、誰かの受け売りだったが役にって良かった。」
「いや、間違い無く君のおかげだっ!
これからも私に助言してくれっ!!」
ヴァロスはレインの手を掴み、褒め称える。
レインは微笑み応えた
「……俺で良ければ、協力するよ」
その目の奥に宿るものを、
ヴァロスは、まだ知らない。
静かに。
確実に。
歯車は、噛み合い始めていた。




