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16話 五章 守護騎士ヴァロス①

準都市 《アーガス》。


夜更けの執務室に、紙を捲る音だけが響いていた。


守護騎士隊長ヴァロスは、机に積まれた書類に目を落としながら、無意識に肩を回す。

 

この職に就いてから三年。

まだそれだけしか経っていないというのに、体感は倍以上だった。


「(……慣れないものだな)」


大柄な体格を活かし、盾を構えて前線に立つ方が、よほど性に合っていた。

だが今は違う。守るべきは戦場ではなく、この準都市そのものだ。


そんな時、控えめなノックが扉を叩いた。


「……入れ」


ヴァロスは咳払いをしつつ慣れない言葉遣いで入室を許可する。

入ってきたのは部下である騎士であった。


「ヴァロス隊長、夜間に失礼します。

先程、教会よりエレナ司教が訪れ、隊長との面会を希望しております。」


ヴァロスは目を見開いて立ち上がり、騎士に問う。


「今、どこにいるっ?」


「応接間にてお待ちいただいております」


騎士の報告を聞き終えると、ヴァロスは早足で応接間へ向かった。


扉の前で胸元と髪を軽く整え、応接間に入室する。


応接間の来賓用ソファには白い修道服に身を包んだ一人の女性だった。


「夜分に失礼します、ヴァロス様」


司教にして聖女エレナ。

彼女も元《光輪》のメンバーにして、治癒と聖魔法の使い手。

そんな彼女が微笑むとヴァロスも緊張が解ける


「ここに誰もいないから、呼び捨てで構わない。こんな夜更けにどうした?」


向かい合って腰を下ろすと、エレナの表情は曇り、唇を噛む。


「……最近、胸騒ぎが止まらないのです……」


その声音は、怯えを含んでいた。


「ライルは行方不明。

ブロウ侯爵は不審な死を遂げ、

そして……公表はしておりませんがフェニスは無惨な姿で発見され、今は私の教会で治療中……昔の仲間たちが……」


ヴァロスの指が、無意識に強張る。


「……悪くは言いたく無いが、ライルやブロウは誰かしらに恨み買ってたんじゃないか?

フェニスもあの性格だから敵が多いだろう。」


「短期間に《光輪》のメンバーが3人……偶然とは、思えません……」


震える声。

エレナは両手でカップを包み込むようにしながら、続けた。


「《光輪》時代の私たちに……恨みを持つ者の仕業でしょうか……」


ヴァロスは一瞬、言葉に詰まった。


「(恨み……あの3人やグランは確かに、知らない所で何していたかわからない……俺は悪事を働いた記憶は……)」


ふと脳裏に、かつての仲間の顔が浮かぶ。

そして、奈落。


修復師の男。

傷だらけの武具を直し、文句も言わず支え続けていたレインの顔。


「(……いや、そんな事ない。彼は死んだ。)」


首を振り、同時に思い出す。

あの時、追放宣言で庇わなかったこと。

奈落に落とされた際も、傍観を選んだ自分。


「(動機なら、レインがあり得るが……

でも、あの3人を倒せる力はない……あいつには身内はいない筈だが、誰かが仇を取ろうとしているのか……)」


ヴァロスの脳内で、思考が反芻する。

そんなヴァロスにエレナは、そっと立ち上がり、ヴァロスの前に回った。


細い指が、ヴァロスの両手を包み込む。


吐息がかかるほどの距離に、ヴァロスは一気に顔を赤くした。


「グランは西方に遠征し不在……頼れるのは……あなたしか、いないのです」


目を潤わせながら、しおらしく訴える彼女にヴァロスは奮起し、

 

「お、俺に任せてくれっ! どんな奴が相手でも俺が守ってやるっ!!」


その声には、確かな決意があった。


「ありがとうございます。やはり貴方に頼んでよかった……」


エレナは、ほっとしたように微笑む。


「(本当に、単純で扱いやすい。)」


その黒い内心を、彼は知る由もない。



同じ夜。


準都市の一角にある宿屋の一室で、レインは目を覚ました。


薄明かりの中、まず感じたのは左大腿部の鈍痛だった。


寝返りを打とうとして、杖に手を伸ばす。


「……まだ、引き摺るか」


左大腿部の神経を傷つけた影響か、完全には戻らない。

フェニスとの一件が、確かな傷として残った。


部屋の隅では、ルミナスが新調した給仕服に身を包み、静かに佇んでいる。

以前と変わらぬ姿だが、どこか柔らかい。


アイシャもまた、装備を新しくしていた。

白無垢の太刀に合わせた銀色の軽装鎧。

無駄がなく、それでいて美しい。


「……次は、ヴァロスだな」


レインの言葉に、二人が視線を向ける。

ルミナスが書類を出し、フェニスより手に入れた、密偵からの情報をまとめた書類を片手に語る。


「守護騎士隊長ヴァロス。準都市アーガスの守備を任されている守護騎士の隊長。


集められた情報によりますと、業務は真面目にこなし、悪評はありません。

しかし、一方で目立った功績も無く、良い評判もありません。


市民や騎士からは印象が薄く、頼りない存在とされている様です。」


レインは杖に体重を預け、椅子に腰掛ける。


「あいつは、恵まれた体躯に対し、自己評価が低く主張もしない……《光輪》に入る前からタンクだったらしいが、口下手で主張しない事で二つのパーティーを解雇されている……

タンクとしてなら優秀だが、人を率いる器には程遠い。」


「同じ戦士のブロウとは大違いだね」


アイシャが笑いながら言う。


しばしの静けさが、部屋を包む。


やがて、レインは提案する


「今回は……俺一人で行く」


「……え?」


アイシャが眉を吊り上げる。


「冗談でしょ? 装備も新調して、戦う気満々だったのにっ!」


「理解不能です。不本意ですが私も戦闘力は向上しています。」


アイシャとルミナスが詰め寄るが、

レインは、決定を覆さない。


「ヴァロスは……あいつはタンクという役目から、《光輪》の中で1番、装備を傷つけてた……

特別親密でもなかったが、最後までまともに相手してくれた……だから、俺が自ら手を下す」


ルミナスが静かに問う。


「単独行動は、危険度が上昇します」


「分かってる……だからこそだ」


それでも、とレインは続けた。


アイシャは口を開きかけ、閉じる。

フェニスの一件を経て、レインの覚悟がただの独りよがりではないことを、理解してしまっていた。


「……無茶は、しないで」


それだけを、絞り出す。


レインは、小さく笑った。


「約束はできないな」


夜が、静かに明けていく。


次の標的を胸に刻みながら、

復讐の旅は、新たな局面へと踏み出していた。

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