14話 四章 魔術師フェニス③
フェニスの仮拠点となっている研究所。
平凡な外観に対し、内観は異様なほど白く、
石造りの床、作業台、魔導灯の光、すべてが無機質に整えられている。
その中央。
台の上に横たえられているのは、一体の人型。
ルミナスだった。
衣服は剥がされ、普段は隠している首から下、球体関節や無機質な素材でできた姿はオートマタとわかりやすい。
胸部は開かれ、複雑に絡み合う魔力回路と金属骨格が露出している。
人の臓腑に似ていながら、決定的に違う構造。
「……信じられません」
技術者の一人が、息を呑んで呟いた。
「この完成度……設計者はもちろん、修復した者も相当な腕です。
自律思考、魔力循環、自己修復……どれも文献上の理論を超えています」
「もはや芸術の域だ」
別の技術者も頷く。
その言葉を聞きながら、
フェニス・ロウドは腕を組み、興味なさげに見下ろしていた。
「……まだだ」
低く、冷たい声。
「その程度で評価するな。
こいつは、まだ本領を発揮していない」
フェニスは懐から一冊の皮手帳を取り出す。
酒場で拾い上げた、レインのものだ。
ページを捲る。
片眼鏡の構造。
魔力解析機構。
視覚連動式の干渉理論。
「なるほど……」
フェニスの口元が歪む。
「素晴らしい発想だが、使い方が甘い」
技術者たちが息を詰める。
「こいつを改造しろ。
解析だけでなく、ルミナスとも魔力同期しろ。」
作業台の端には、レインが作り上げた片眼鏡が置かれていた。
相手の能力を見抜くための、あの忌まわしい道具だ。
「ど……同期、ですか?」
「そうだ、更に私の神経と直結させる。
視覚・魔力・思考速度を共有するんだ」
フェニスが淡々と、注文する内容に、技術者たちも、沈黙する。
「そ、それは……負荷が大きすぎます。
使用者の精神にも支障がでる可能性も。
それに……」
「やれ」
技術者の忠告に対し、フェニスの有無を言わせぬ声。
「このオートマタと眼鏡を繋げ、支配・解析・強化を同時に行う。これで言葉を出さずとも私の意思に従う完璧な兵器が完成する。」
技術者たちは不安げに視線を交わしたが、
誰一人、逆らえなかった。
「(やはりな)」
フェニスは内心で笑う。
密偵から得た情報。
奈落から生還した修復師。
その傍らにいた、人型の従者。
監視を続けるうちに確信した。
最も厄介なのは、レインではなく、片腕として機能する、このオートマタだ。
だからこそ、レインに近づき、道具を作らせ、
その成果ごと支配した。
すべて計画通り。
「さあ……私の知性で、お前を完成させてやろう」
フェニスは囁き、笑い声が研究所に響いた。
⸻
数日後。
夜明け前の廃村。
崩れた家屋の影で、レインは壁にもたれ座り込んでいた。
左大腿部に走る鈍い痛み。
血は止まったが、動ける状態ではない。
アイシャが、食料と水、最低限の物資を抱え、戻ってくる。
「……まだ、追手の気配はない」
淡々と告げる声。
二人の間には、冷たい距離があった。
「夜が明けたら、移動する」
レインが言う。
「……この状態で?」
「ここに留まる方が危険だ」
その時だった。
轟音。
魔法弾が家屋を吹き飛ばす。
「っ!」
アイシャが反射的にレインを庇う。
家屋が倒壊する前にレインを肩で背負い、外に出る。
瓦礫の向こう。
闇の中から、影が現れる。
先頭に立つのは、軍服を纏った一人の女性。
金色の髪。無表情。
「……ルミナス……」
だが、どこかが違う。
その後ろに、首元から神経に接続された改造片眼鏡を装着した男。
フェニス・ロウド。
さらに、ローブ姿の魔法兵士たちが十数名。
「見つけたよ、レイン」
フェニスは愉しげに言った。
「成果を試すには、最適だ」
「……何をした」
レインはよろめきながらも、立ち上がり、フェニスを睨みつけ、問いつめる。
「強化したのさ。より、こいつの価値を伸ばす姿にな。」
フェニスはルミナスを見る。
「本来は女性の姿である必要も無いが……大切な玩具に殺される方が、君には相応しいだろう?」
その言葉が、レインの胸を抉る。
「……ルミナスっ!正気に戻ってっ!!」
アイシャが斬りかかる。
白無垢の太刀が閃く。
素早い斬撃。
しかし、それ以上の速度で、ルミナスの拳が迷いなく腹部に叩き込まれる。
「……ぐっ……!」
鈍い音と共に、空気が吐き出され、アイシャは膝をついた。
「無駄な事を……無感情の兵器に、迷いはない」
フェニスが冷たく告げる。
ルミナスがトドメの一撃として左腕から刃が飛び出し、振りかざす。
「待て」
ルミナスの手が止まり、
魔法兵士たちがアイシャを拘束する。
「侯爵ブロウ殺害の首謀者……
王国への良い取り引き材料になるかもしれない。」
「レイン……!」
叫びは、届かない。
ルミナスが歩み寄る。
その片腕が、変形する。
金属が軋み、銃身の形を取る。
狙いは、動けないレイン。
勝利を確信したフェニスが、口を開く。
「最後に、言い残すことはあるか?」
ありがちな問いだが、それは余裕の証。
レインは、銃口を向けるルミナスに視線を逸らさず見つめた。
「……すまなかった」
静かな声。
「君は…前任者が失った恋人、"レイナ"を模して作った……彼にとっても恋人や娘に等しい存在だ。
それなのに……俺は利用し、兵器にしてしまった……」
返事はない。
無表情のまま、照準が定まる。
「……それだけだ」
フェニスが笑う。
「発射」
轟音が空に響く。
光が、すべてを呑み込んだ。




