13話 四章 魔術師フェニス②
四日後。
レイン達はフェニスに指定された街の酒場に辿り着いた。
外側からでも酒と煙と人の気配が混ざり合うのがわかる。
「……ここだな。」
レインが、踏み入れようとしたとき、アイシャは扉の前で足を止めた。
「……信用できるの?」
当然の反応だ。
レインは低く、はっきりと言う。
「無いな」
信用など、最初から前提にない。
断言したレインは酒場の扉を開ける。
外側から見た印象通り、店内は酒と煙草の匂いに満ち、傭兵や冒険者であろう屈強な男たちが酒を飲んでいる。騒ぐ者、黙々と盃を傾ける者、入店したレイン達に視線を向ける者など多種多様。
レインは真っ先に酒場のカウンターに足を運び、コップを拭うバーテンダーに声をかける。
「……待ち合わせだ。先に誰か来ているか?」
バーテンダーはレインを睨むと、顎で右側を示す。そこは個室までの通路であった。
「どうも……」
レイン達は個室に入室すると、すでにフェニスが席に着座し、部下であろうローブの男が一人佇んでいる。
ローブを纏い、片眼鏡はまだ掛けていない。
机の上には整然と並べられた書類の束。
「時間通りだな」
フェニスは立ち上がらず、軽く顎を引いた。
「では……約束のものを」
余計な挨拶はない。
この場は商談であり、戦場だった。
レインは着席し、懐から布に包まれた金縁の片眼鏡を取り出し、机に置く。
「望みの品だ……解析機構は視覚連動型。装着者の魔力を媒介に対象を測る」
フェニスが目配せをすると、部下の魔導士が片眼鏡を手に取り、虫眼鏡のような魔道具で呪いが無いかを確認する。
数秒後、呪いが無い事を確認するとフェニスは片眼鏡を掛けた。
その瞬間、空気が変わった。
フェニスの視線がレインを通り越し、
無言でアイシャ、ルミナスへと向く。
数秒の沈黙。
「……なるほど」
それだけだった。
「筋力、魔力量、魔法適性、属性偏重……すべて見える。
素晴らしい。相変わらず、道具作りは一流だ」
皮肉とも称賛ともつかぬ声。
「……次はお前だ。約束の物を寄越せ。」
レインが低い声で要求すると、フェニスは書類を部下に出させる。
「対価だ」
机の上に投げ出される、書類の束。
勇者グラン。
聖女エレナ。
守護騎士ヴァロス。
書類に書かれている名前を見るだけで、胸の奥が軋んだ。
密偵の記録。
公に出ていない行動履歴。
現在での地位による影響力――
どれも生きた情報だった。
しかし
「……グランの情報がやけに少ないな……」
他2人と比べるとグランの情報は明らかに少ない。
フェニスが口を開く。
「ああ、腐っても英雄……警戒心が強いのか、差し向けた密偵はみんな帰ってこない。最後の記録は、西方への遠征が最後だ。」
フェニスは酒を上品に飲みつつ答える。
嘘は言って無い。
フェニスがグランに関しての嘘を言う理由も、つくとしても上手な嘘をつくはずだ。
「ところでレイン……お前はオートマタについて、どこまで知っている?」
フェニスの突然の話題変えに空気が凍る。
アイシャが反射的に身構え、
ルミナスは静かにレインの横に立つ。
「……古代に作られた人型兵器。危険すぎて、廃れたと云われている。」
レインの認識に対し、フェニスは淡々と語る。
「概ね、その通り……兵士の代替として重用されたが、性能の危険性以上に、倫理観の問題が原因と言われている。」
「倫理……?お前がそれを語るか……。」
レインの皮肉を無視し、フェニスは続ける。
「最初は機巧人形そのものだったが、徐々に姿形が人そのものへと変わり、思考の追加も計画されたが、実現の前に廃れた。
自律思考、戦闘特化、命令絶対……文献通りだが、お前の従者は遥かに群を抜き、決定的に違う……」
片眼鏡越しの視線が、ルミナスを射抜く。
「戦闘や鑑定眼もちろん、ここまで完成度が高い人型は文献にすら存在しない……」
レインは短く答えた。
「……前の所有者の遺産だ」
フェニスは、口角を上げた。
「なるほど……さぞ、優れた技術者であろうな。
だが、そいつもお前同様、道具の価値を理解していない」
その言葉が落ちた瞬間。
フェニスが手を前に出す。
「マスターっ!!」
ルミナスがレインを引っ張り、魔法攻撃を警戒して盾となる。
「《魔力干渉》 《支配》」
空気が震えた。
ルミナスの瞳から光が消え、糸の切れた人形膝から崩れ落ちた。
「ルミナスっ!!」
アイシャが叫ぶ。
フェニスは席から立ち上がり、ルミナスの頭に手を当てると、
数秒でルミナスの目に光が戻る。
「初期化完了。現所有者フェニス・ロウド。ご命令をどうぞ。」
無機質な声。
その様子に、フェニスは笑みを浮かべ、口を開く。
「命令だ。あの2人を抹殺しろ」
「了解しました」
フェニスの命令に淡々と応じるルミナスに
アイシャは理解が追いつかず、刀を抜く事ができない。
ルミナスの視線が、レインとアイシャに向く。
一瞬。
ルミナスが目に止まらぬ速さで踏み込み、二人は胸ぐらを掴まれ、壁へ投げつけられた。
酒場の喧騒をも打ち消す、轟音が響く。
個室の壁を突き破り、大勢が酒を飲んでいる場所へと放り込まれる。
肺から空気が抜け、視界が白く弾ける。
「ぐっ……!」
アイシャは腹を抑え疼くまる。
レインも朦朧としながら何とか立ちあがろうとすると、破られた壁からルミナスが無表情でゆっくりと迫る。
酒場の異変に、威圧感のある用心棒や傭兵が、ルミナスに突っかかる。
「おい! 揉め事なら他所で…」
次の瞬間、骨が砕ける音が響く。
ルミナスは無表情のまま、体格の優れた用心棒の首を折る。抵抗する間もなく、次の男の胸を素手で貫いた。
血が床を濡らしても、瞬き一つしない。
そこには、兵器としてのオートマタの姿。
無表情、無感情のまま淡々と、時には手のひらで男の頭蓋骨を握り潰し、巨漢の殴打も通用せず腕を折る。
酒場は一瞬で、阿鼻叫喚の地獄と化す。
「……撤退だ、アイシャ!」
混乱の中、レインは歯を食いしばり、アイシャを起こし、逃走を選ぶ。
その瞬間。
床に落ちたナイフを、ルミナスが拾い上げた。
氷のように冷たい目でレインを捉え、投擲する。
「っ………!!」
投げられた短剣は、レインの左大腿部に突き刺さり、激痛が走る。
レインは体勢を崩し、荷物を散乱させながら、床に倒れ込む。
「レイン!急いでっ!!」
アイシャが咄嗟にレインに肩を貸す。
二人は血と悲鳴の中を抜け、裏口から街へ飛び出した。
ルミナスは襲いかかってきた、傭兵や冒険者達の排除を終え、追撃に動く。
その時、フェニスがルミナスに命令する。
「いい。戻れ」
酒場は男たちの死体で溢れる。
そんな中、フェニスの視線は、床に散乱したレインの荷物。
その中にある、一冊の皮手帳を拾い上げ、ページを捲る。
中身はレインの差し支えない日記。しかし、新しいページをめくる。
内容は、片眼鏡の製作過程、構造、魔力回路。
「実に興味深い……やはり、あいつは道具の有用性に気付いてない。」
フェニスは笑った。
⸻
夜明け前。
レインとアイシャは息を切らしながら、街外れの廃村に辿り着き、一軒の廃屋に逃げ込む。
レインは壁にもたれ、荒い息を吐く。
アイシャが必死にレインの大腿部を布で縛り、止血を試みる。
「……助けに行こう」
アイシャが言う。
「……ダメだ」
レインは首を振った。
「どうしてっ!?ルミナスは仲間でしょ!
貴方が奈落に落ちてからずっと一緒だったんでしょ!!」
アイシャは激昂するも、レインは表情を変えない。
「彼女を失った事は大きい損失だ。だが情報は手に入れた。」
アイシャの手が震える。
「……最低……」
震える声。
「貴方も、奈落に落とした連中と同じよ……」
レインは答えなかった。
アイシャは距離を取り、背を向けて横になる。
夜風が、二人の間を冷たく裂いた。
失われた片腕。
生まれた亀裂。
復讐の旅は、
最も危険な局面へと踏み込んだ。




