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11話 三章 戦士ブロウ⑤

深夜。侯爵邸は静まり返っていた。


しかし、その静寂を破る呼吸音があった。


ブロウの寝室。


豪奢な天蓋付きベッドの上で、ブロウは全身を硬直させ、白目を剥きながら布団を握りしめていた。


「ッ……ッ、あ、あア……ッ!」


治癒師三名が取り囲む。


魔法光が室内に波のように揺れ、

治癒の痕跡は完全。


肉は塞がり、出血もなく、傷痕もない。

致命傷はどこにも残っていない。


治癒師の一人が震え混じりに呟いた。


「完治はしている……それなのに……」


別の治癒師が首を振る。


「痛みが止まらないと言っています……魔法は間違ってないはず……!」


側近たちが困惑した顔で汗を拭った。


「治っているのに苦しむなど有り得ん……!」


ブロウは噛み締めた歯を軋ませ、

獣のように呻いた。


「近寄るなァッ!!!」


魔法光が触れただけで身を震わせ、

治癒師の手を乱暴に払いのける。


側近が叫ぶ。


「ブロウ様! 治療を続けねば――!」


「触れるなと言っているッ!!!」


怒号が邸内に響く。


治癒師が吹き飛ばされ、床に転がる。

側近は恐怖で動けなかった。


治癒魔法すら拒絶する痛み。

治った肉を治癒が焼くような矛盾。


そして――叫びはやがて静寂へ落ちた。


ブロウは肩で呼吸をしながら、ゆっくりと身体を起こし、荒れた視線で周囲を睨みつけた。


「……出ていけ。」


低い声。

もはや命令ではなく、唾を吐くような音だった。


治癒師も側近も、その声を聞き次第、逃げるように部屋を去った。


扉が閉まる音が落ち着くと、

ブロウはすぐにベッドを降り、震える足で、執務室へ向かう。


部屋に灯りを点ける。

薬棚、机、引き出し、全てを乱暴に開き、物を掴み、投げ、叩きつける。


「ない……どこだ……」


吐き捨てるような声。


探しているものだけが見つからない。

焦りが渦を巻き、呼吸は早鐘のように乱れ、

血走った眼が机を引き倒す。


「クソッ……クソォォッ!!!」


そんなとき


執務室の隅の影。


暗闇から声が落ち、執務室の空気が変わった。


部屋の隅の闇が、形を持ち、影が立ち上がる。


黒いローブ。

黒いベール。

頭には冠のような異様な装飾。


それは人間離れした輪郭を持つ存在だった。


低く響く声が落ちる。


「探し物は、これか?」


袋が宙を揺れた。


ブロウが顔を上げる。

震えた。


背を壁へ預け、片手で袋を軽く振りながら、煙管タバコをふかす。


ブロウの顔が歪む。


「貴様……誰だ……!」


壁に飾られていた剣を掴む。

震える腕を無理に引き絞り、構えを取った。


黒衣の男は袋を見せつける。

布袋からわずかに漏れた香りは、覚えのある刺激。


「ゾマニフェル……鎮痛作用があるが、依存性の高さから違法薬草に指定されているやつだ。


俺も呪具で蝕んでいる痛みを消す為に、普段から吸っている煙草と同じ薬草だ。」


ブロウの全身が凍りつく。


「……それだけじゃない。

筋肉増強、痛覚鈍化、精神高揚……名前をあげればキリがない……違法薬物の晩餐会だな。


材料費だけでも馬鹿にならない……金は公費の横流し……最近、奪った土地も、薬草の群生地らしいな……裏を取るのに時間はかからなかった。」


黒衣の男は淡々と語る。

全てを見抜かされ、ブロウの顔に痛みだけでなく、焦燥の表情が浮かび上がる。


「あんたの体が治癒術で悲鳴あげた理由……治癒術は、外傷を治し、毒を浄化するもの……だが、毒物として逆に蓄積した毒や薬で誤魔化してきたものが浄化され、痛みが襲っている………」


袋を軽く投げた。

だがブロウは掴めない。

震えて、手が閉まらない。


黒衣の男の声は、終始変わらず静かだった。

その静けさに、ブロウの動きが止まる。


「そしてアイシャの姉……エルミナは、薬草の知識から、あんたの薬物の使用と流通を調べていた。」


ブロウの顔から血の気が引いた。

胸に焼けるような痛みが走る。


「だからあんたはエルミナを処刑した。

自分の依存と醜さを隠すために……。」


「黙れっ!

あの女は知り過ぎたっ!!

どの道、脅されて弱みになる前に先手を打っただけだっ!!」


核心を突かれ、ブロウの喉から言葉の形にならない呼吸が漏れ、振り翳した剣をレインに振るう。


剣を虚空を斬り、執務室の机を両断した。


「……お前は薬で作った虚像だ、ブロウ。」


黒衣の男はブロウの背後に回りこむ。


ブロウの首に針の痛みが走り液体が注入される。

普段のブロウであれば後ろを取られる事など無いが、今となっては痛みと錯乱により今のブロウは隙だらけだった。


「がっ……何をしたっ!!」


ブロウは剣を落とし、首を抑えながら距離を取り、怒号する。


黒衣の男の冷たく低い声が変わらず響く


「確かに彼女は首を突っ込み過ぎた……だが、人を哀れむことができる彼女が、脅すためにこんな物を用意すると思うか……?」


「どういう事だっ!!」


ブロウは黒衣の男を睨みつけ聞き返す。

男も淡々と続ける。


「お前に打ち込んだのは、治療薬だ……彼女が薬物依存を治療する為に、色々調べ、治療薬を完成させていた……


最も……シスターが死んだ今となっては、それが、哀れみなのか……どんな目的で作ったかはわからないがな……。」


黒衣の男が言い切ると、ブロウは再び苦しみ始める。今までと違い、床に爪が剥がれるほど引っ掻きながら転げ回り、声にならない掠れた声が執務室に響く。


打ち込まれた治療薬により解毒が進むブロウの体は、毒物で増量した筋肉が縮み始める。

薬物の副作用のためか、逞しくなった体は痩せ細り、年齢以上に老化している。


「ぐっ――がっハッ――――お……前は……だれ……だっ――」


掠れた声でブロウが問うと、黒衣の男は、一瞬だけ間を置き、ゆっくりとベールを脱ぎ捨てた。


ブロウは言葉を失った。

そこには殺されたはずのレインが冷たく、見下していた。


「なっ!?お前っ――死んだはずじゃ……まさか、ライルもお前がっ……」


ブロウは目を見開き、驚愕する。


「ああ……簡単には死ねないさ。

あの時の絶望を全員に味合わせるまではな……」


レインは語りながら、ゆっくりと足を運ぶ。

ブロウは過呼吸で痩せ細った体を何とか立ち上がり、執務室から飛び出る。


「誰かっ!いないのかっ!!侵入者だっっ!!」


人払いしたブロウ本人により、怒号は城内に虚しく響く。

聞こえるのは、戦士として見る影を失ったブロウとゆっくりと足を運ぶレインの足音のみだった。


ブロウは恐怖に駆られ、老人の様に細くなった手足を必死に駆け、兵舎のある区画まで辿りついた。


ブロウは兵舎の扉を体当たりで開き、待機していた兵士達の目線が一箇所に集まる。


「え?誰?」


「その格好、まさかブロウ侯爵?!」


息を吐く老人の様な姿に兵士達は動揺を隠せない。


「お前らっ!俺を守れっ!!

侵入者に毒を盛られてこんな姿にされたっ!!」


「侵入者とは?」


兵士達はブロウが入った扉の方向を見るも、人影は無い。


その瞬間、兵舎の窓が一斉に開き、突風が入った。


その場にいる全員が目を瞑った一瞬、風に乗って書類が何枚も舞っていた。

兵士の1人が拾い上げ、読み上げる。


「この書類……全部、違法薬草の取引が記録されています……しかも、ブロウ侯爵の捺印付きです。」


書類は全部、ブロウの裏取引の記録。違法薬物の取引、更に武器の横流しと横領、占領した土地からも薬草を集めた記録などブロウの捺印付きでばら撒かれた。


「いやっ――これは偽物だっ!!

俺は国のために………」


ブロウは釈明しようとするも、兵士達の目は疑心に満ちていた。


「俺の言う事が信じられないのかっ!!

侯爵の命令は絶対だっ!!」


ブロウは兵士に拳を打ちつける。しかし、軽い音が兵士の頬に触れた程度であった。


「……確かに、すぐに手が出るところ……ブロウ侯爵の様ですね。」


「今までの自分の為に俺たちに命令してたのか?」


「国のためと思って戦ったのに……」


兵士達は冷たい目を向け、ブロウを囲む様に足を運んだ。

ブロウは圧倒され、腰を抜かし転んだ。


「まっ……待てっ! 話せばわかるっ!!」


ブロウは必死に釈明する。しかし、


「先程、侵入者がいたそうですね……」


兵士の1人が呟くと、みんなが武器を持ち始め、ブロウに近づく。


「まっ、待てっ!!やめてくれぇぇぇぇ――」


城内にブロウの断末魔が響き渡った。


────────


翌朝。


レインとルミナスはブロウの領地を抜け出した。

追手には警戒しつつ、早歩きで黙々と街道を歩んでいた。


「マスター。アイシャ様にお別れはいいのですか?」


「………」


レインはルミナスの問いに答えない。

ブロウへの復讐は果たした。しかし、アイシャの意思とはいえ、呪具により運命を歪ませた事は間違いない。


戦士としてもブロウは死に、数々の不正も明かされ、アイシャの姉の名誉も晴れるであろう。


「(白無垢の太刀は使わなければそのままだ……彼女がこのまま刀を捨て、普通の人生を歩めば、少なくとも、悲惨な運命にはならないと信じたい……)」


レインが内心、僅かに残る罪悪感に苛まれながら、領地の境に差し掛かる。


領境の木に人影が佇んでいた。


ローブと革鎧に身を包み、赤いセミロングヘア腰には白い鞘の刀を指している……


「アイシャ……?

もう、俺たちと連む必要は無い。その刀を捨てたいのか?」


レインは思わず声に出た。


「……姉さんの仇は取れた。もう、あの土地で生きる理由もない……。

お礼というわけじゃ無いけど、貴方の前でもう少しこの剣を振るわせてくれますか?」


レインは一考し、口を開く


「その刀の効果は聞いたはずだ……それでもいいのか?」


アイシャは間を置かず答える


「ブロウに挑む時、元々死ぬつもりだったから、問題ない。」


「……嫌になっても後悔するなよ」


レインの口角が少し上がった。


レインの血塗られた復讐の旅路に1人加わり、足取りが少し賑やかになった。


しかし――

そんな一行を、遠くから静かに追う影があった。

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