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9話 三章 戦士ブロウ③

辺境の都市 《ブラムス》郊外。


廃墟は、月光を吸い込みながら沈黙していた。

砕けた壁、崩れた梁、散乱した木材。

風が吹くたび、乾いた砂が音を立てる。


レインは、その中に灯した小さなランタンを眺めながら、包んで持ってきていた白布の刀袋を静かに置く。


「それは……?」


アイシャは息を呑み、見下ろしたそれに目を奪われた。


レインが刀袋から、一本の打刀を取り出す。


「白無垢の太刀……今は血を知らぬ刃だ。」


鞘から柄に掛けて、汚れのない純白。


鞘から抜くと、月光が差し込み、未だ染まらぬ刀身が、夜の廃墟に淡く輝いた。


「極東の戦士は刀は人を写す鏡という。

これは言葉通り、使用者の思想や意思……感情に応じて色が染まる。代償付きでな……」

 

彼の声には飾りがない。だからこそ、言葉の重さが胸を打つ。


「代償……?」


アイシャの震える声。

レインは淡々と答えた。


「最初は使用者の体格や能力に合わせ、最善の剣技を引き出す。戦闘を重ねるほど、剣は成長し、使用者を剣豪へと押し上げる。


だが、白い鞘は使用者の色に染まり、最終的には、意識は刀と同化し、取り込まれ、刀そのものに成る。

それでも、この刀を振るう覚悟はあるか?」


アイシャは迷いなく頷く。


「それでも、構わない……私が欲しいのは、復讐を果たせる力。」


レインの目が細まった。


「ならば、持て。」


アイシャは刀を両手で抱きしめた。

その瞬間、雪のように白い柄が彼女の指へ吸い付くように馴染む。


レインはゆっくり立ち上がり、背を向けて呟いた。


「行くぞ……まずは夜の街だ。」


ルミナスが無言で扉を開き、3人は外へ出た。


────────


夜の繁華街は酒と汗と煙草の混じる匂いで満ちていた。

人々の笑い声は濁り、治安は最悪。

ブロウ配下も日常的に顔を出す――情報収集には最適の場所。


ルミナスが小声で言う。


「マスター、酒場三軒ほど回れば、何か掴めるでしょう。」


レインが頷いた、その時。


アイシャの脚が止まった。


視線は前方。

酒場の前。


胸板が厚い戦士三名が、酔って笑っていた。

鎧の刻印は――ブロウ家の紋章。


アイシャの目が燃える。


「……いた。」


レインが口を開くより早く、

アイシャは歩き出した。


「アイシャ。」


呼び止める声も聞こえない。


怒りに血が上り、

世界が狭まり、

視界の中心に三人しか映らない。


脚は勝手に前へ進んだ。


────────


人気がなく薄暗い路地裏に差し掛かり、アイシャは戦士達の前へ立ち塞がった瞬間、

ざわりと空気が重くなる。


「おい、なんだ小娘。」


「遊びか?」


「ガキはもう寝る時間だぞ。」


酔った笑い声。

嘲り。

舐めた態度。


アイシャは震える声で問いつめる。


「……処刑されたシスター。

あれについて……教えろ。」


「は?」


戦士達は顔を見合わせ――


すぐに、にやりと笑った。


「異端女の事か?」


アイシャの呼吸が乱れる。


「シスターエルミナ……私の姉さんよ……!」


その瞬間――戦士達の表情が変わった。


「ああ? 姉?」


「おい小娘、シスターの妹か?」


アイシャは言葉を返さず、

腰の剣へ手を添えた。


白無垢の太刀。


触れた瞬間――

世界が、音を失った。


怒りで荒れていた心が、急に静かになった。

手の震えが消えた。

息が深く吸えた。


ゆっくりと剣を抜く。


白い鞘から、無垢な銀光が滑るように現れた。


戦士達は引きつった顔で笑った。


「やんのか、小娘。抜く以上はもう、覚悟はできてんだろうなぁ」


アイシャは答えない。


動いたのは、戦士達が先。


だが。


アイシャには見えていた。


足運び。

重心の傾き。

腕の高さ。

踏み込み速度。


全てが読めた。


「は……?」


剣が横に揺れた。

ただ、それだけ。


戦士の右腕が、宙に飛んだ。


血が散り、肉が裂け、骨が砕ける音が遅れて届く。


悲鳴が夜に割れた。


もう一人が吠えるように斬りかかる。


アイシャの足は勝手に動いた。

最短距離。

最適角度。

理想の斬撃。


刃が通過した瞬間、胴が真横に割れた。


第三の戦士。

彼は剣を抜く前に、刀の柄で後頭部を叩き、沈めた。


一瞬の事だった。切ったという事実が、頭に入らない。


血が温もりが、肌から伝わり、鉄錆の様な生臭さが鼻を通る。

地面に広がる赤は人間だった肉塊。


視界を支配する。


アイシャの手から力が抜ける。


怒りと高揚で無我夢中であったが、我に帰り遅れて理解する。


胃が反転した。


「うっ……!」


嘔吐。


地面に胃液と涙が落ちた。


「……なんで……」


声にならない。


世界が揺れた。

耳鳴りが響き、視界が滲む。


死体が見える。


自分が殺した人間たちが。


恐怖が遅れて襲う。


その瞬間。


足音。


刀の柄で沈めた戦士は短剣を片手に吐いているアイシャに不意打ちをする寸前であった。


「無茶をしますね、貴女。」


ルミナスの蹴りが、背後から迫る戦士の顔面を砕いた。


レインが蹲るアイシャへ近づく。


少女の震えを無言で見下ろし――

目だけが語る。


これが自分の進もうとする道だと。


そしてレインは、倒れた戦士の襟を掴み上げた。


「シスターの処刑について教えろ……」


戦士は震えながら顔を背け、惚ける。


「だ、誰のことだ……」


「姉さんのことよ!」


嘔吐していたアイシャが息を整え、喉を潰す勢いで叫ぶ。


鬼気迫る顔に、戦士は怯えた。


「ま、待て!言う!言うから!」


戦士は吐き捨てるように喋る。


「処刑なんて建前だっ!

先にブロウ様が殺したんだよっ!!」


レインは驚きつつも、淡々と問い詰める。


「……理由は?無礼でも働いたんか……?」


「知らねえよっ!

駆けつけた時には斬り捨てて、ブロウ様が異端だと言ったんだっ!」


アイシャの呼吸が止まる。


「人手不足で、治癒もできるシスターは重用されてたんだ!

ブロウ様にも気に入られ、よく出入りしてたっ!

俺が知っているのは、ここまでだっ!!」


戦士が半ば、命乞いに近く、涙目で話し切る。


そこへ、ルミナスが囁く。


「マスター。この者の発言に対し、脈拍は正常。虚偽は申してないそうです。」


レインの表情が変わる。


「(異端での処刑は建前……

重用されていた?それなのに自らの手で殺した……矛盾にも程がある……)」


煙管タバコを取り出し、火をつけながら、

煙を吐き出す。


アイシャが震える声で言う。


「その匂い……思い出した。

姉さん、それと同じ匂いの乾燥植物を調べてた……」


レインの目が細まり、思考する。


「(シスターの前でこれを吸った事はない……だが、調べていたという事は……)」


線が繋がる。


真実が近い。


「……行くぞ、計画は決まった。後は確証を得るだけだ。」


レインは背を向けると、ルミナスが戦士を当て身で気絶させる。


一行はそのまま、騒ぎになる前にその場を後にした。


────────


3人は仮拠点の廃墟へと戻った。アイシャは嘔吐と遅れてきた疲労により、木箱に腰掛ける。

レインも椅子に腰掛け、口を開いた。


「計画は大方決まったが……準備がいる。

まずは1週間後……来週に実行する」


その言葉にアイシャは反論しようと立ち上がる。


「1週間……そんなに待てない!」


レインが落ち着いて語る


「待て。お前は今日、2人殺した。

あれで震えるような、弱い心のまま戦場に立つつもりか?


それに俺たちは重要な証言を得たが、反面ブロウの配下を殺した事でしばらく警戒されるだろう。


まずはブロウ本人を表に出す必要がある。」


アイシャがレインの言葉に首を傾げると、ルミナスが口を開く


「戦霊祭……本来は戦場に散った戦士達を弔う為の行事ですが、ブロウが侯爵となり赴任して以降、戦士と試合して己の武勇を誇るだけとなった独りよがりの行事……それが来週に開催されます」


ルミナスの説明にアイシャも気づき、納得した表情を確認したレインが説明を続ける


「あの祭はブロウにとっては権力誇示として欠かせない行事だ。

アイシャ……お前はそこに飛び入り参加でブロウと戦え。


戦士であるブロウを一対一で且つ、大衆の前で堂々と切り捨てられる機会だ。」


アイシャは声を失い、驚きが顔に出た。

今日人を殺したばかりで、豪傑と名高い戦士との決闘。緊張の反面、姉の仇を斬るある事への高揚も混じり、手が震える。


「……祭りは来週、それまでお前はその刀をもっと扱える様になれ。今日の様な有様だとすぐに死ぬ……ルミナスが教える」


ルミナスは両手を揃えてアイシャに会釈する。


アイシャ「あなたは何するの……?」


レイン「俺は調べる事がある……お前は戦う事に専念しろ」


レインの一言にアイシャは強く頷く。


「(1週間後……これがブロウの命日だ)」


レインの計画は決まり、本格的に動き始めた。

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