序章
湿った空気の中、壁に刻まれた魔法刻印が青白く揺れていた。
迷宮《呪焉霊宮》最奥手前――
深紅の扉の前。
勇者パーティー《光輪》の誰もが、沈黙していた。
その中心で、修復師レインは工具バッグを抱え、ただ立ち尽くしている。
「……レイン。ここで、お前を外す」
勇者グランの声は、妙に落ち着いていた。
「外す……?いきなりどうして……」
レインは信じられず、聞き返す。
「俺達は王国から、きたる災に対抗する為、招集が決まった……英雄としてな……。
だが、役立たずの修復師が混じっていると、俺達の格が落ちる」
パーティーメンバーは誰も、否定しなかった。
斥候ライルは手持ちのサイコロを転がし、嫌な笑みを浮かべる。
戦士ブロウは腕を組み、睨みつけたまま立っている。
盾役ヴァロスは怯えた様子で、視線を逸らしていた。
聖女エレナは無表情で、ただ見ているだけ。
そして、魔術師のフェニスが嘲るように笑いながら口を開く。
「道具が不要になれば捨てる……当たり前の事だ。そんな事も理解出来ないのか……」
仲間達の冷たい視線と言葉。
何を言っても無駄だとレインは理解する。
「……わかった……この任務が終わったら、俺は抜けるよ。それでいいだろ……」
レインは苦渋の決断をした。
しかし
「抜ける?
いつから、パーティーを抜けろなんて言ったか?」
グランが剣に手をかけ、微笑む。
次の瞬間、胸を裂く衝撃。
赤い血が石床に散った。
突然の攻撃に驚き、痛みと出血により、レインは膝をつき、胸を抑える。
「“事故死”にしてやるんだよ……俺たちのある事、ない事を悪評にされたら、たまったもんじゃない……」
これは“追放”ではない。
――処分だ。
レインは逃亡を図るも、激痛で思うように動けない。
グランがレインに近づき、見下ろしながら口を開く。
「計画があるんだ……俺たちの栄光に、お前は要らないんだよ。」
抵抗する暇もなく、身体が蹴り飛ばされる。
背後は、光を飲み込む奈落。
落ちていく中で、
仲間だった者たちの顔が、遠ざかっていった。
叫びは、出なかった。
闇がすべてを覆い尽くす。
その時、誰も知らなかった。
この奈落の底で、
“外法の呪具師”が生まれることを。




