8、ピッカピカ
しばらくすると水の流れる音が耳に入ってくる。
どうやら地下水道に到着したらしい。再度設置されていた木の扉を開けると、目の前には水が流れていた。ミナは様子を確認するため、明かり魔法を周囲へと動かす。どうやらこの地下水道は半円の形を取っていて、真ん中を水が流れ、その両端に歩道のような場所があった。
どうやらレンガで作られているらしいこの地下水道だが、長年放置されていたからか、汚れで黒く見える。天井のレンガを見るに、昔は赤茶色のレンガだったのだろうと辛うじて判断できるくらいだ。
中心の水の流れも確認してみる。水面や水中には枝や木、葉などゴミが溜まっていた。このまま増え続けていくと、水の流れが滞るだろう。こちらもきちんと回収した方が良さそうだ、と二人は話し合う。
レアは再度周囲を見回すと、ミナに言った。
「川の中のゴミは取るとして、壁の汚れとかはどうしよう? これ、掃除するの大変だね……あ、だからギルドの受付さんが少し渋い顔をしていたのかな?」
「確かに、最初の依頼がこれだと嫌になってしまうかもしれないな」
汚れは落ちない、川の中のゴミは取らなくてはならない……範囲を指定されているとは言え、骨の折れる仕事であることには変わりない。レアが「大丈夫かな……?」と弱音をこぼしていると、ミナがふふん、と鼻を鳴らした。
「レア、壁の汚濁は任せてくれ。魔法でどうにかなるはずだ」
「え、大丈夫なの?」
「ああ、浄化魔法は得意だ!」
神聖魔力を使用する浄化は瘴気の浄化に特化しているのだが、魔力を使用する浄化魔法は汚れ落としに特化していた。このような不衛生な場所を綺麗にするのであれば、浄化魔法一択だ。
ミナは明かり魔法を増やしていく。明かり魔法は壁際へと綺麗に並んでいき、まるで街灯のように辺りを照らしている。
今回依頼で指定されていた範囲を照らし終えたミナは、明かりで見えている地下水道を見ながら、右手の人差し指を上に掲げた。
すると、指先から光が現れる。その光が段々と膨れ上がり、周囲を呑み込んでいく。
そのとき、レアは目を瞑っていた。彼女としてはミナがどうやって魔法を使うのか、最後までしっかりと見届けたかったのだが……その願いは叶うことなく。次に目を開けたときには、半分以上黒ずんでいた地下水道内の黒ずみが全て無くなっていたのである。
レアは、ミナの魔法に感動半分、残念半分な複雑な気持ちで、まるで最近作られたような地下水道を見つめていた。
「これで壁は終わりだ。あとは水の中のゴミを……レア、どうした?」
眉間に皺を寄せ、口角が上がっているという何とも可笑しな表情をしているレアにミナは声を掛ける。
「ミナが魔法を使っているところ、眩しくて最後まで見られなかったから……見たかったなぁ」
唇を突き出して話すレアに、ミナは目を丸くしたあと笑い出した。
「てっきり掃除場所を残して欲しいと言うのかと思ったぞ」
「掃除場所は残さなくても良いよ。だって、楽に終わった方がいいし!」
「まあ、そうだな。これからゴミは回収しなくてはならないからな」
「そうそう! 使える物は使わないと! ……あ、そういう意味じゃないからね?」
慌てて否定してくるレアに、最初は首を捻っていたミナだったが、彼女がしどろもどろに話す言葉を聞いて理解した。
どうやら、使える物は使わないと、という言葉で気を悪くしたのではないか、と思ったらしい。
ミナは、申し訳なさそうにしているレアに声を掛けた。
「気にしていない。レアは、そういうつもりで言ってないだろう?」
「で……でも……」
「でも?」
両手の人差し指同士を何度も触れさせつつ、レアはミナをちらりと見る。
「私、何の役にも立ってないんじゃないかって思ってぇ……。それに魔法はミナのものでしょう? 私がアテにするのは違うと思うの」
ミナは口を半開きにしたまま、レアを見た。そしてある時、先代大聖女に言われたことを思い出す。
『あなたの力は国もの。全てを国に捧げなさい。国民が瘴気の影響を受けることなく生活できることが……私たちの使命であり幸せよ』
それを願って研磨を続けた自分がどうなったか……まあ、今がその結果だ。
ミナは思った。先代大聖女の考えも正しい。聖女としてあるなら、彼女のような考えでいるべきだ。でも今は……。
「レア、私は君のおかげで今、とても楽しい。一人だったらきっと教会に顔を出していただろうし、もしかしたら追い出されていたかもしれないな。レアがいてくれて良かったと思ってる」
「ミナ……」
不安そうな表情のレアに、にっこりと笑いかけた。
「『冒険者にならない?』って誘ってくれたのはレアだろう? 今だって、レアが魔法を誉めてくれて嬉しかった。レアと一緒だと、楽しいことや嬉しいことばかりだ」
王国でそんな場面が無かった、とは言わない。けれども、今が一番楽しいのは事実なのだから。
レアの目を見て話せば、その言葉が嘘ではないと気がついたのか、彼女は同意するようにゆっくりと頷いた。
「それにレア。もう旅は終わりなのか?」
「え?」
「これからずっと一緒に旅するんだろう? そのときお互いの力がきっと必要になる時が来ると思うんだが?」
「そうだった! そうだよね! これからも一緒に旅できるんだもんね! 私、ミナの役に立てるように、頑張る!」
先ほどの暗い表情は一転し、まるで羽が生えているかのように飛び跳ねるレア。そんな彼女の背中を見ながら、ミナは言葉を漏らした。
「今だって充分――」
「ミナ、何か言った?」
「いや、言ってない」
ミナはこの後もその続きを言うことはない。彼女は楽しそうに川の中のゴミを拾っているレアの元へ向かった。
「終わりました」
お昼の喧騒が落ち着き始めた頃。
二人は地下水道を出て、ギルドの受付へと姿を現した。ミナから差し出された依頼表を受け取ったギルド嬢は、その依頼内容を見て目を剥く。二人が差し出したものは、一日以上掛かる地下水道の掃除だったからだ。今は昼過ぎ、今朝受注している依頼が終わるには早すぎる。
彼女は少し考えて、鍵を受け取った。
「少々確認をしてまいります。時間が掛かりますので、申し訳ございませんが……二階の待合室でお待ちいただけますか?」
「「分かりました(はーい)」」
彼女は二人を見送ってから席を立つ。そして他の職員に一声かけてから、裏の地下水道へと足を運んだ。そして――
「ギルド長!」
その十分後。彼女は肩で息をしながらギルド長の執務室を訪れていた。中で業務をこなしていたギルド長と副ギルド長が、大声を上げた彼女をジロリと睨みつけた。
「何ですか、アニー。最近はお淑やかになったと思ったら……廊下は静かにしなさいとあれほど――」
副ギルド長の説教が始まりそうになるが、アニーは彼女の話を遮って話を続ける。
「副ギルド長! それどころじゃありません! 見てください! これ!」
アニーが差し出したのは、地下水道掃除の依頼表だった。しかも今朝受注されているもの。
副ギルド長が訝しげに依頼表をまじまじと見つめる。首を傾げた彼女の様子の変化に気がついたギルド長も、彼女の横から顔を覗かせてから呟いた。
「これは……地下水道の依頼表じゃないか」
「そのようですね。ですが、ギルド長……よく見てください。受注印が今朝になっていますね。今は昼過ぎ……依頼完了だとしても持ってくるのは早すぎますよ」
眼鏡の位置を直しながら副ギルド長は告げる。その言葉にアニーは首がもげそうになる程首を振る。
「そうなんです! 私も同じように思ったので、地下水道の様子を見てきたのです! そしたら……」
「そうしたら?」
副ギルド長が聞き返す。
「ピッカピカだったんです!」
「ピッカピカ……」
思わぬ言葉に呆然としたのか、ギルド長はアニーの言葉を繰り返した。そんな彼の様子を気にすることなく、アニーは話を続ける。
「そうです、ピッカピカです! とにかく、実物を見てください!」
アニーは地下水道を見せようと、二人の背中を押した。アニーの言葉が気になった二人は、彼女を先頭に地下水道へ向かったのだった。




