6、初めての配膳仕事
女将さんの名前はモリー、というらしい。
彼女は夕方になると二人を食堂に案内してから、仕事の説明を始めた。挨拶やテーブルへの案内……一連の流れを動きながら説明していく。
「最後に料理はアタシの旦那担当、飲み物を作るのと会計はアタシの担当。ミナとレアの二人は、まず注文を受けた後メモを取るんだよ。一番上にテーブル番号を書いて、その下に注文をひとつずつ並べてくれるかい? 見やすいからね。そして出てきた飲食をお客のテーブルに運んでおくれよ。もし作れるか分からない物がある場合は、大声でアタシに聞いとくれ」
「分かりました」
「え、えっと……?」
ミナはモリーの話を理解できたのか、頭を縦に振る。
一方でレアは……「え……あの説明を一回で理解できるの?」と言わんばかりの表情でミナの顔をじっと見つめていた。モリーさんもどちらかといえば、レア寄りだったようだ。目を見開いてミナを見ている。
モリーさんはレアへと顔を向けて訊ねた。
「仕事内容はミナが覚えていそうだから、分からなかったら聞きな。まずはテーブル番号さ。覚えられたかい?」
「は、はい! 大丈夫……デス……」
少し心配なのか、段々と小声になるレア。モリーは笑いながら、背中をドン、と叩いた。
「ははは! 最初は間違えても大丈夫さ! アンタたちは可愛いから、お客も許してくれるだろうよ! 他の接客はミナに任せて、レアは出された食事を指示されたテーブルに運ぶことをやっとくれ」
「それなら……! 頑張ります!」
握り拳を作って気合を入れているレア。ミナはそんな彼女を微笑ましく見守っていたその時。彼女は何故か後ろを振り向いた。すると、そこにはひと足先に食事をしようとやってきたお客の姿が。
彼女はスタスタと足音なく入り口まで歩いていく。
「女将さーん! もう開店してるー?」
「はい、お待たせいたしました。何名様でしょうか?」
「え……えっと?」
美人に声を掛けられて、声を上げた男性はしどろもどろになっていた。そんな彼の姿を見て、モリーさんは腹を抱えて笑っていた。どうやら、彼らはいつもこの時間に食べにくる常連さんらしい。
「あー、面白かったじゃないか。あんなにアンタが狼狽えるところなんて初めて見たよ!」
「いや、だってさ! こんな……こんな……ビジンサンがいるなんてオモワナイジャン……」
語尾の音量が段々と小さくなっていく彼に、またモリーさんは声を上げて笑う。
「はいはい、今日からうちの看板娘二人だよ! よろしくしておくれよ!」
「え! マジで? 毎日来るよ!」
「アンタたちは今でも毎日来てるじゃないか!」
「そうだった!」
頭を抱える男性に、ミナもレアも思わず吹き出してしまう。お客たちもモリーも全員が笑いに包まれたのだった。
「いらっしゃいませぇ〜!」
「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
太陽が完全に沈んだ頃。二人が働いている食堂は賑わいを見せ始めていた。
最初は狼狽していたレアも、最初の様子はどこへやら……いつの間にか満面の笑みでテーブルの間を飛ぶように動いている。二人は役割分担をうまくこなせていた。ミナの主な担当はお客の誘導と注文取り、レアの主な担当は料理運びと空のお皿の片付けである。
もちろん、担当の手が空いていなければ、そこはもう一人が行うのだが、二人は臨機応変に対応することができていた。
モリーも、まさか二人が一日目からこんなに動けるとは思っていない。思わぬところで良い拾い物をしたじゃないか、と内心喜びであふれていた。夜営業の中でも一番忙しい時間帯ではあるが、非常に順調だ。ここまで円滑に夜の営業をまわせたのはいつぶりだろうか。
それに今日は普段よりもやはりお客の入りが良い気がした。これはきっと二人のお陰だろう。
店の中をまるで羽が生えているかのように……軽やかに動く二人を見て、モリー自身も元気をもらっていた。娘がいたらこんな感じなのだろうか、という思いも胸に浮かんでくるが……アタシに娘がいても、こんな優秀じゃないね、とモリーは思った。
食堂が男ばかりになり、お酒の提供も増えてくる。そろそろ酔っ払いが現れるだろうな、と思われた時、モリーは声を荒げた。
「この子たちはウチの看板娘さ! アンタたち! 触るんじゃないよ! 触ったら出禁一択!」
「えー、そりゃないよー!」
「アタシのケツなら触っていいけどさ!」
「いや、女将さんに触ったら、料理長が出てくるだろうが!」
お酒も少し入り、気分が良くなっているのか、モリーの言葉に腹を抱えて笑う男たち。しばらくして笑いが落ち着くと、お客の視線はミナとレアへと注がれる。二人に向けて誰かが「よっ! 看板娘!」と音頭を取った。すると、それに追随するかのように、次々と辺りから声が上がっていく。
「可愛くて美人な嬢ちゃんたちをツマミに何杯でも飲めるな!」
「ああ、お嬢ちゃん二人のためにも、お金を沢山落としな! お嬢ちゃんたちは冒険者登録もしてるからさ」
「お、掛け持ちか? 頑張れ看板娘!」
何故か周囲から看板娘と連呼され、ミナは困惑した表情を浮かべていた。
「いや、看板娘なんてそんな恐れ多いです……」
「これから、よろしくお願いしまーす!」
一方でレアは満面の笑みで楽しそうに答えていた。そんな正反対の二人の様子を見て、客たちはさらに盛り上がる。そして、その日だけで内密にミナとレアを遠くから見守る(たまに配膳してもらう)会というのが設立されたのだが……二人は知る由もない。




