48、sideミナ 再会
目が覚めると、目の前には見たことのない天井が広がっていた。
天井は板張りではなく、見たことのない素材が使われている。茶色い長方形の……質感としては石のようなものだ。しかし、石にしては形が揃っているので、人の手が入っていると思われる。
そして床も同様だ。背中が触れている場所はとても冷たい。
ミナは周囲の様子を確認するために、身体を持ち上げようと腕を動かそうとした。けれども、思い通りに動かない。なぜかと思ったミナは、腕を持ち上げて今の状況を確認する。よく見ると彼女の手には見覚えのない腕輪が付けられており、それが両手の動きを束縛しているようだ。
彼女は身体を左に向け、拘束されている手を地面につける。そしてなんとかゆっくりと身体を起こすと、周囲を見まわした。
窓はない。
そして出口は一箇所。目の前にある扉のみだ。
ベルドから借り受けた腕輪もない。
その代わりに、拘束のための腕輪が付けられているようだ。
ミナは部屋を一通り見回してから、身体を確認する。すると右膝に転んだような擦り傷があった。
血がじんわりと滲んでいるのを見て、彼女は魔法で水を生成しようと考えた。怪我で血が出ている部分を清潔に保つためだ。ミナは両手で深皿のような形をとった後、魔力を手に集めようと目を瞑る。しかし――
「魔法が使えない」
ミナの眉間には深い皺が寄る。
幾度魔力を貯めても、霧散してしまう。魔力を手元へ集めなければ、魔法は発動しない……それを理解したミナ。どうやら何か……多分腕輪辺りが、魔力の流れを止めているようだ。
「いや、これは魔力を吸収しているのか?」
腕輪を観察するミナ。どうやらこれは、腕輪が魔力を吸収することで、完全に魔法が使用できなくなる魔道具だと思われる。
外す方法はあるだろうか、そもそもここはどこだろうか……頭の中で明確な答えが出ないまま時間だけがすぎていく。そんな時、金属がどこかに差し込まれる音がした。
音は扉から聞こえる。
鍵か……。
そう思った彼女が顔を向けたのと同時に扉が開く。そこに現れた人物を見つけて、ミナは目を見開いた。そこにいたのは――
「はっ、くたばっていなかったようだな!」
「殿下……」
鼻を鳴らし、ミナを見下ろす男はランディアの王太子……元婚約者だ。
追放した男がなんでここに?
ミナは言葉にこそ出していないが、目の前の男は蔑んだ表情を隠すことなく、ミナの求めている答えを話し出した。
「お前を追放してから、王国の守りが脆弱になっていてな。追放処分を取り消して、王国の聖女として再度働いてもらうことが決定した! だから、俺がわざわざこんな辺境に迎えに来てやったんだ! 感謝しろ!」
あ、残った聖女たちだけでは無理だったのか……とミナはため息をついた。
なんだか目の前の男に振り回されている気がしてならない。それに追放前だったら……大聖女の地位を降りて聖女として働くように、と指示されればそう動いただろう。けれども、自由を知った今、また拘束される環境に戻るのは御免被りたい。
目の前の男は、こう言えばミナが喜んで教会へと戻るはずだと思っているようだ。満面の笑みでこちらを見ている。
どうやら相手は自分に酔っているのか……ミナの白けた視線には気が付かない。
「侯爵令嬢様はどうなさったのでしょうか?」
大聖女の称号が剥奪されたのだから、多分次の大聖女に指名されるとしたら侯爵令嬢だろう。そう思って訊ねたが、彼は眉間に皺を寄せて話し始めた。
「あの令嬢はそこまで魔力が多くない。今では守護壁のための水晶玉の前に立つことを怖がっているくらいだからな」
まあ、あれ大量に魔力を吸われるからな……。
魔力が少ない者には苦痛を伴うと聞いたことがあったミナは、水晶玉を避ける理由もなんとなく理解できた。
「でもお前が戻るのであれば、全て元通りだ! 現在大聖女は体調不良と国民には伝えているからな。お前は民に顔を見せていないのが幸いだ。大聖女は体調不良で職を辞したことにして、侯爵令嬢を大聖女にすれば問題ない。お前は聖女の一人として戻ってもらい、大聖女の仕事も侯爵令嬢の代わりに兼任してもらう! これで今まで通りに国は守られる……なんと素晴らしいではないか!」
これで全てヨシ! と言わんばかりに、声高らかに理想を語る王太子。
けれども、相手は気づいていない。そこにミナの感情が入っていないことに。平民の聖女など雑に扱っていいと言わんばかりの言葉に、ミナは小さく肩を落とした。
やはりこの男は変わらない。
期待するだけ無駄である。まあ、期待もしていなかったが。
ミナは諦めて、逃げる方法を考える。まずはこの腕輪を外すためにどうするか……と考えたが、その思考を邪魔するのは王太子だった。
「まあ、お前はこの王国のモノだからな! これから馬車馬のように働いてもらわなくてはならない。そのために……」
王太子は指先を鳴らすと、男性が一人部屋へと入ってくる。そこにいたのは、肩より少々長いお盆を持った執事らしき人だ。彼はお盆を恭しく持ち上げて、上に乗っていた紙を王太子の前に差し出す。彼はそれを手に取ると、彼女の前においた。
目の前で渡されたのは、一枚の紙。
ミナはそれに見覚えがあった。
聖女になる前、両親が書いていた紙に似ている。
「一度契約を破棄してしまったからな。再度契約を結ぶぞ!」
王太子はミナの前で楽しそうに笑いながら告げた。




