40、ベルド
「女性を相手にするのが苦手なんだろうなと思った」
なんて事のないような口調で、ミナは答えた。彼女の声色には励ますような温かみも、突き放すような冷たさもない。単に事実を伝えていると言わんばかりの会話。
ベルドはミナが何故ここまで踏み込んでくるのだろうか、と最初は思ったが……表情のない彼女の横顔を見て気づく。彼女はただ単に疑問を持ったから、彼に訊ねただけなのだ。
「私やレア以外の女性から声を掛けられる時、普段に比べて表情が固い。でもきちんと相手をするだろう? いつも偉いなと思っていた」
「……僕そんなふうに見えていた?」
普段のような軽妙な調子は影を潜め、ベルドの声はまるで自信が無くなってしまったかのように、沈んでいた。ベルドからすれば、貴族として培った『心中を見せない』。今までウル以外には見破られることなどなかった。
だが、彼女は出会ってから数週間ほどで、気がついてしまった。驚きのあまり、金魚のように口をパクパクと開いては閉じるを機械的に繰り返すベルドに、ミナは次の言葉を続けた。
「他の人は知らない。少なくとも私から見たらの話だ」
そんな彼の変わりように触れることなく、ミナは言葉を続ける。
「ただ……窮屈ではないか、と思ってな」
「窮屈……はは、慣れたとは思っていたけど、まさか君にそう言われるとは思わなかったな」
ベルドは遠くを見ている。けれども、その目は何も景色を捉えていない。それもそのはず。彼は自身の過去を思い起こしていたのだから。ベルドは無言のままだ。目の前ではレアとウルが引き続き、金属音を立てながら訓練を続けている。
ミナはベルドの言葉を待っていた。二人の間には静寂が漂うけれど、不思議と嫌ではないなと彼女は思う。
しばらくして過去を振り返り終わったのか、ベルドがぽつりと口を開いた。
「昔から女性に対応する時はあんな感じだったから。そうでないと、いつ言質を取られるかわからない世界だったからね……」
「貴族は本当に大変だな」
そう言いながら、ミナは大聖女候補の一人だった侯爵令嬢を思い出していた。
彼女もそのようなしがらみがあったのだろう。大聖女として王太子と婚約することが、彼女から見れば至上の価値だったのかもしれない。それをぽっと出の平民に掻っ攫われたのだ。なんとしてでも蹴落としたいと思うのは不思議ではない。
まあ、ミナからすれば……大聖女を決める前にきちんと先代にそのことを伝えておいて欲しかった、とは思うけれど。
ミナの言葉にベルドは乾いた笑いをあげた。
「だから僕には社交会での立ち回りがどうにも合わなくてね。幸いほら、僕は三男だからさ。家を継ぐわけでもないし、国を影から支えられればいいなって思って冒険者になったんだ。ほら、騎士として国に所属しちゃうと、自由に動けないからね」
「そうだったのか」
「紫級冒険者なのも、あまり目立たないようにってことで、特例でこのままにしてもらってるからね。指名依頼が多くなりすぎないようにって」
内緒だよ? と言わんばかりに唇に人差し指を当てるベルド。
彼の行動にミナは、やはりと納得しつつ頷く。一緒に依頼を何度か受けて思うが、ベルドもウルも相当な実力者である。そんな彼らが紫級というのは、少々引っかかっていた。そういう理由があるのなら、理解できる。
「まあ、言いふらす人もいないからな。安心してくれ。いてもレアくらいだ」
そう言って戦闘を終えたのか、こちらに向かっているレアを指差す。最初はミナの言葉に目を瞬かせたベルド。そして彼女の言葉を理解したのか、声をあげて笑う。
その笑顔はいつものようなどこかぎこちない笑みではなく……何か吹っ切れたような笑いだった。こちらに戻ってきたウルは、ベルドの様子に目を丸くしている。
「ベルドさん、どうしたの?」
レアが不思議そうな表情でベルドに声をかける。彼は少しだけ目に溜まった涙を拭う。
「大丈夫だよ。ちょっとミナさんとの話が面白かったから」
「……私は全く面白い話なんてしていないのだが」
困惑しながら話すミナに、レアが手を叩いて告げる。
「笑いのツボが私たちと違うんですね!」
「……なるほど」
レアの言葉が腑に落ちたのか、ミナはまるで珍獣を見るかのようにベルドを見つめる。一方でウルは笑いを堪えているのか……口角を引き攣らせている。混沌とした空気の中、レアがそれを引き裂いた。
「訓練も終わりましたので、一旦街に戻りませんか?」
「そうしようか。ウルもそれでいい?」
「ああ、問題ない」
ミナもレアの言葉に頷く。四人は街へ向かった。
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「先ほど……何を話されていたのですか?」
ミナとレアは少し先を歩いている。ウルは二人に聞こえない程度の声の大きさで、ベルドに訊ねた。まるで雲ひとつない空のように……彼の晴れやかな笑顔を見るのは久しぶりだったからだ。
「ミナさんに『無理しているように見える』って言われたんだ」
「……!」
ウルはその言葉に驚きを隠せなかった。
ベルドはウルが見る限り、貴族内で一二を争うほど心情が顔に出ない男だ。ちなみにベルドの兄たちも、『ベルドは心を隠すのが上手い』と絶賛するほどである。ウルだって最初は気が付かず、ベルドから教えられて初めて知ったのだから。それをまさか数週間で察するなんて……と彼女の観察眼に目を見張った。
「そう言われたのは初めてだったから驚いたよ。けど、同時に嬉しかったな」
ベルドの周りに寄ってくる女性は、皆彼の容姿や地位、権力などに惹かれている者たちばかりだ。ベルド自身を見てくれる者など今まで誰もいなかった。だから、新鮮でもあったのだ。ミナとレアはベルドとウル自身を見ているのだから。
「確かに、あの二人は我々が貴族出身と言っても、態度は変わらなかったですね」
「うん。それがどんなに嬉しかったか。だって僕らの出自を聞いた後に『それより』って言われたからね?」
ウルもベルドの言葉に口角を上げた。自分たちの出自を突き詰めるより『訓練がしたい』と言ったレアも、それを微笑ましく見守っていたミナも、やはりどこか他の女性たちとは違う気がしていたのは、ウルだって思っていたことだ。
ウルは目の前を歩いている二人を見る。楽しそうに訓練について話すレアと、それを微笑ましいと言わんばかりに笑って聞いているミナ。不思議な二人だな、と思う。
そんな時、隣にいたベルドが小さな声で呟いた。
「本当に……嬉しかったんだよ……」
ベルドはミナを見ていた。彼女を見る目は陽だまりのような温かさを湛えている。そして心の底から込み上げたような微笑みを浮かべていた。それはウルが長年共にいて、一度として見たことのない表情だった。




