31、side ランディア王国
エルミナとアストレアが出会い、帝国で楽しく冒険者活動をしている頃――
ランディア王国では一歩、また一歩と混乱の足音が聞こえ始めていた。
エルミナが居なくなって初めに影響を受けたのは、聖障壁である。聖障壁は王宮内にある水晶玉を使った大規模結界だ。この障壁は国中を覆っており、瘴気がこの障壁に触れると浄化される仕組みになっている。
そんな大規模結界を可能にしているのが、王宮に置かれている水晶玉だ。この水晶玉が神聖魔道具と呼ばれており、聖障壁を張る道具として使われているのだ。
仕組みは簡単。水晶玉に手を触れると、手を触れた者の神聖魔力を吸収し増幅させる。その増幅させた神聖魔力を使い、水晶玉が自動で聖障壁を補強してくれる、というスグレモノだ。
――ただし、欠点がある。お察しの通り、大量の神聖魔力を使うのだ。
「ダメです! 聖女が全員神聖魔力を込めておりますが、まだ足りません!」
水晶玉を見た神官が悲痛な声で叫ぶ。その場にいた者たちに絶望の表情が浮かぶ。
それもそのはず。水晶玉が完全に稼働するためには、毎日……最低でも二日に一度は水晶玉に神聖魔力を込めないとならない。神聖魔力が足りなければ、水晶玉は赤く光る。一方、充分に込めることができれば青く光る。
以前はエルミナが一人で水晶玉に神聖魔力を込めていた。神聖魔力は使われれば増える、と言われていたため、エルミナは自分の神聖魔力量を増やすために嬉々としてこの水晶玉の業務を担っていたのだ。
現在は大聖女であるエルミナがいなくなった。
侯爵令嬢としては、目の上のたんこぶがいなくなったのである。だから嬉々としてエルミナの業務を彼女が引き継いで行ったのだが……。エルミナを追放した侯爵令嬢や周囲の者たちは失念していた。
エルミナの保持神聖魔力が規格外であることに。そして水晶玉も規格外の道具であることに。
「これでは完全に修繕することができず、数ヶ月で綻びだらけの聖障壁となってしまいます!」
神官が大声を上げても……なにもできなかった。
水晶玉の横には神聖魔力を抜かれて壁にぐったりと身体を預ける聖女や、神聖魔力が足りなさすぎて限界以上に抜かれ……白目を剥いて気絶した聖女、自分を抱きしめながら「ムリムリムリムリ……」と首を横に振り続ける聖女たち。
この中で一番神聖魔力が多いとされている侯爵令嬢でさえ、根を上げていた。
皆一様に顔から血の気が失われている。
そもそも、この水晶玉は元々大聖女ありきで作られた道具だ。大聖女の神聖魔力量が他の聖女と桁外れに違うことから生まれたものなのである。
だから、普通の聖女と呼ばれる神聖魔力量しか持たない侯爵令嬢たちには到底無理な話だ。今までも、神聖魔力の少ない貴族令嬢が大聖女に選ばれたこともある。そんな時は、当時一番神聖魔力を持っていた聖女がこれを担当していたのだから。
第三者が見たらカオスな空間である。
エルミナを追い出した首謀者の一人である侯爵令嬢は、侯爵令嬢としての意地もあったのか、他の聖女のように地面に座ったり、寝転ぶような姿は見せていない。一人だけ護衛が用意した椅子に座っていたが、それでも疲れ切っていて背もたれに身体を預けていた。
彼女はこの業務を顔色変えず、淡々と行っていたエルミナの表情を思い出し、無意識に爪を噛む。
「あの平民聖女に私が負けているとでも?!」
もちろん、その通りなのだが……それを認めたくない侯爵令嬢は唇を噛む。いや、事実どこからどう見ても……誰が見ても、エルミナの神聖魔力には勝てない。貴族である自分を差し置いて平民である彼女が選ばれたという事実を侯爵令嬢は受け入れられなかった。
だから王太子に媚を売るだけでなく、教会や自身の家族にも根回しをした。その地位を奪って安泰だと思っていたのに……。
まさかの事態に侯爵令嬢はなすすべもない。
それはそうだろう。
国のために神聖魔力を磨き上げ、常人の数倍以上もの仕事を毎日こなしていたエルミナと、お祈りはするけれど午後からは仕事をエルミナに押し付け、お茶ばかり飲んでいた聖女。神聖魔力が上がることはなく……むしろ保有量が少なくなっている可能性も否めない。
そんな彼女たちが水晶玉に勝てるわけがなかったのである。
ちなみに歴代の大聖女(もしくはそれに当たる神聖魔力量を持つ聖女)たちは、神聖魔力量もさることながら、回復も早い。そう、普通の聖女とは比べ物にならないほど。
先代大聖女はそれを見越してエルミナを大聖女にしたのだ。彼女はエルミナが国で歴代一の魔力量と回復量を持つ聖女であることを知っていて、彼女を選んだのである。
聖障壁の神聖魔力が足りなくなるにつれて、聖女たちの仕事も増えていった。
しかし、ほぼ毎日のように水晶玉へ神聖魔力を込めている彼女たちは、その他の業務にまで力が残っていない。以前のように優雅なお茶会の時間もなくなり、業務に奔走する時間だけが増える。
侯爵令嬢はプライドがあるので何も言わないが、その下で甘い汁だけを吸おうとしていた聖女たちは、やっとエルミナという聖女の凄さに気がついたのだ。自分たちの数倍以上の仕事をこなした上に、神聖魔力の訓練と称して力を使いまくっていた彼女に。
彼女がいなければ、この国は回らない……そう言わんばかりの光景に、聖女たちの顔から更に血の気が引いていった。
そしてそのことを知った国王が、追放した王太子に「話が違う」と詰め寄っていく。
――そんな王都の混乱が彼女の耳に入るまで、あと……?




