3、肩の荷が下りたな
関所がある辺境の街で御者から投げやりに渡されたのは、幾ばくかの硬貨。
侯爵令嬢からも情けで今日分の宿代は渡されていたようだ。自分を追放した者たちからの恵みであっても「お金に罪はない」そう思ったエルミナは、一切の躊躇なく袋に入ったお金を受け取った。
その姿を御者が白い目で彼女を見ていたけれど、彼女は涼しい顔をする。王太子がくれると言ったものを、もらう権利はエルミナにあるのだ。今まで聖女として働いた分の手切金くらいもらっていいじゃないか。
むしろこれでいなくなるんだから安いものだ。聖女時代は現物支給で、お金なんてもらってないからな。そんな状態で放り出されたら、それこそ野垂れ死ぬ。
ふとその御者の手に新しい傷が残っていた。血が滲んでいることから、最近付いた傷のようだ。エルミナは傷の上にそっと癒しの魔法を掛けておく。
「ここまで乗せて来てくれた感謝の気持ちです」
淡い光が消えると、傷が消えて無くなっていた。その光景を見た御者は、気まずいのかバツの悪い表情をうかべている。「偽物の大聖女」と王太子から言われたが、エルミナが「聖女」であることには変わりない。神聖魔法を使える者が聖女と呼ばれるのだから。
まごつく相手の返事を聞くことなく、エルミナは頭を下げてから、御者に背を向けた。後ろから何か言いたげな雰囲気を感じるけれど、別に感謝をして欲しいわけではない。聖女として当たり前なことをしただけだからな。
その後最初に貰った硬貨を確認する。うん、この金額だと数日分あるかどうかの値段だろう。幸い今日は、侯爵令嬢の金銭で宿を探して泊まることができたが……今後は野宿も考えないといけないな、と思いながら宿で眠りについた。
そして翌日。
普段と同じように太陽が顔を出す頃、エルミナは目を覚ます。元々鞄ひとつでここまで来ているため、軽く身だしなみを整えた後、宿屋を後にする。早いうちにこの国を出てしまおう、と思ったためだ。
今のところはないだろうけれど……いつ「気が変わった、戻ってこい!」と言われるか分からない。それならば、早々にこの国と別れを告げるのも良いかとエルミナは思ったのだ。
関所へ朝一に到着したエルミナ。
彼女が歩いて隣国まで行くことを告げると衛兵たちは驚いていた。親切な衛兵が教えてくれたのだが、この関所を抜けて行くことのできるグランテ王国・ノクスフェルド帝国の街は歩いて丸一日以上かかってしまうのだとか。そのため、大体が数時間後に発車する馬車へと乗って隣国に向かうらしい。
そんな彼らの忠告に感謝を告げてから、エルミナは関所を抜けた。目の前に見えるのは、国外に真っ直ぐ伸びる道。遠くまで続く道を見て気合いを入れたエルミナは、右足を一歩前に踏み出した。
しばらく歩いたエルミナは、ふと後ろを振り返った。
もう既に衛兵の姿を捉えることはできないほど、歩いたらしい。彼女の場所からは関所の上部しか見えなかった。
周囲を見回す。
どうやら衛兵の言う通り、歩きで隣国へと向かう人は少ないようだ。先ほどからふたつほど馬車に抜かされてはいるが、それ以外で人の姿を見かけていない。
道の上に一人ぽつんと立っていた彼女だったが、次第に靄がかかっていたように重かった頭がすっきりしたように思えた。
段々と周囲の音が耳に入ってくる。
それは風の音だったり、動物の鳴き声だったり……それはエルミナが聖女となる前に聞いていた音。懐かしさから彼女は耳を傾けた。
聖女になってからは、自身の力を高めようと目の前にある事柄にしか目を向けていなかった。やはりエルミナにとって大聖女という肩書きは手に余る……重いモノだったのだ。
彼女は自然の音を聞きながら、何度か深呼吸をした。その度に背負っていた荷物がひとつずつ降りていくような気がした。
むしろその重責がなくなって、心が軽くなったまである。
エルミナは鼻歌を歌いながら、道を歩いていく。その姿は国から追い出されたとは思えないほど、楽しそうなものだった。
また何度か馬車を見送った頃、エルミナは分かれ道に到達した。
真っ直ぐに進むと隣国のグランデ王国に、左へ曲がるとノクスフェルド帝国へと通じる道に繋がっている。ちなみにエルミナの出身国はランディア王国という名前だ。
グランデ王国にも聖女はおり、現在次期大聖女の選定中だと聞いたことがある。グランデ王国の大聖女最有力候補は、貴族令嬢だと大司教が言っていた。
一方でノクスフェルド帝国は元々聖女が少ない国らしい。
そのため、瘴気に対抗するための神聖道具と呼ばれる物が作り出されているとかいないとか。帝国に関しては、話に上がらなかったこともあり……実は詳しくは知らない。
エルミナは歩きながら考える。
今の所、彼女は聖女の仕事しか勤めたことがない。だから、生活するだけであれば教会でお世話になる……これが一番良いのだ。
けれども、もう権力争いは懲り懲りだ。また追い出されたりしたら、面倒だし。
グランデ王国とノクスフェルド帝国。
どちらを選ぶかによって、エルミナの未来と運命が決まる。
歩きながら真剣に悩んでいたエルミナは、はたと顔をあげた。するとグランデ王国へ続く道から彼女と似たような鞄を持った同年代くらいの女の子が、こちらへ向かって歩いてくるのが見える。
その瞬間……まるで何かに惹かれあったかのように、相手とエルミナの視線がぶつかった。そして一瞬で理解する。
――彼女が聖女であることを。
目の前にいる彼女も呆然とエルミナを見ていた。相手も何かを感じ取ったのか、エルミナ同様に足が止まっている。
しばらくして我に返ったのは、彼女が先だった。
相手は嬉しそうにエルミナの元へとやってくる。そしてエルミナの右手を両手で握りしめると、満面の笑みを浮かべた。
「ねえ、一緒に来ましょう?」
「もちろん」
間髪入れずにエルミナは返答した。まさに運命の出会い、とエルミナが感じたからだ。
グランデ王国から聖女が鞄を持って歩いてきた……それに加え、彼女はエルミナと同等の力を持っている。「大聖女だ」と告げられても、納得するほどの実力者だ。
そんな彼女がなぜこんな場所に?
――きっと碌なことではないだろうな。
そう思いながら、エルミナは彼女の手を優しく包み込んでから、彼女に向けて微笑んだ。




